執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。


生成AIやDXの導入に向けて、多くの企業がPoCを実施しています。多くの場合、「技術的には実現できる」ことまでは確認できており、AIが業務上の課題解決に寄与しうる手応えも得ています。それでも、ROI(投資対効果)の説明や社内での合意形成、継続的な運用体制の構築といった、次の一歩で立ち止まってしまう企業が少なくありません。
ガートナーは2024年のレポートで、「2025年末までに、全生成AIプロジェクトの30%がPoC段階後に放棄される」と予測しました※1。この数字は、PoC疲れが一部の企業だけの問題ではなく、グローバルに共通する構造的課題であることを示しています。
ガートナーによると、PoC段階でプロジェクトが停滞する主因は次の3点に集約されます。第一に、明確なビジネスケースやROI指標が設定されていないこと。第二に、PoCが技術実験にとどまり、業務フローや意思決定プロセスに統合されていないこと。第三に、AI導入後のリスク管理やガバナンス体制が整備されていないことです。
PoCの成果が現場や経営層に実感として届かず、投資対効果を定量化できないまま時間だけが過ぎていく。つまり、関係部門間の合意形成にも時間を要し、実装フェーズに入る前に失速してしまうということです。
この「PoCの壁」を越えるには、技術が動くかを確かめるだけでなく、その技術が実際にどんな価値を生むのかを確かめる段階へ踏み出す必要があります。つまり、PoCの先にあるべきPoBへの転換です。
多くの企業は、新技術を導入する際にPoCを実施します。その目的は、AIやデジタル技術が「技術的に実現可能かどうか」を確認すること。しかし、この段階で止まってしまうケースが後を絶ちません。
ここで注目されているのが、PoBという考え方です。PoBは、単に技術が動くかを確かめる段階ではありません。「その技術が業務やビジネスでどれだけの成果につながるのか」を、実際の現場で確かめる取り組みです。PoCの次に位置づく、より実務寄りのステップといえます。
PoCとPoBはしばしば混同されますが、その目的とスコープは明確に異なります。PoCが「テクノロジー主導の検証」であるのに対し、PoBは「ビジネスとして成立するかを確かめる検証」。言い換えれば、PoCはDXプロジェクトのスタートラインであり、PoBこそがDXを動かすフェーズの始まりです。
| 観点 | PoC(Proof of Concept) | PoB(Proof of Business) |
| 目的 | 技術的な実現可能性を確認する | 事業として成立するかを検証する(便益・コスト対効果・運用性を含む) |
| 主な評価軸 | 動作可否、精度、アルゴリズム性能 | コスト対効果、時間の削減、業務効率、顧客価値、ROI |
| 実施環境 | 検証環境・限定的スコープ | 実業務に近い環境・限定運用 |
| 関係者 | 技術部門中心 | 業務現場・経営層を含む実行チーム |
| 成果物 | 試作品、デモ | 運用可能な仕組み、実データによる事業性の証拠 |
| 目的の終点 | 「できる」ことの証明 | 「事業として成立し得る」ことの証明 |
PoBは、PoCの延長線上にある「次の検証」ではありません。検証の焦点を「技術が動くか」から「事業として成立するか」へと切り替えるフェーズです。ここで得られる定量・定性のデータは、コスト対効果の判断、社内合意の形成、そして本格的な導入への意思決定を支える根拠になります。
世界的にも、PoCで終わらせず、実業務への統合を通して事業としての実現性を検証する流れが加速しています。McKinsey & Companyの調査では、「DXおよび生成AIの導入において、成果を最大化する鍵はワークフローの再設計にある」と分析されています※2。
AIを単なるツールとして扱うのではなく、業務プロセスのなかに組み込み、継続的に測定可能な形で運用する企業ほど、事業成果が伸びているという指摘です。生成AIのプロジェクトでも同様に、PoBが目指す「業務への統合」こそが、投資対効果を左右するドライバーであることが明らかになっています。
PoBを前に進めるのは、壮大な変革構想ではなく、現場で確かめられる事業の成果です。生成AIのような新しい技術を定着させるには、「ここが少し良くなるだけで助かる」という不便を素早く解消し、業務のなかで実際に効果が出ていることを見せることが欠かせません。
この積み上げを生むのが「マイクロ自動化」です。大規模な業務改革ではなく、日々の作業フローの一部分をピンポイントで自動化し、短期間で確かな成果を出す取り組みです。こうして得られた現場の実証データが、PoB(Proof of Business)――つまり事業として成立するかどうかを判断するための基礎となります。メンバーズが支援したPoB事例でも、このマイクロ自動化が現場主導の実証を支え、ビジネスとしての判断材料を生み出しています。
メンバーズは、公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(以下、WWFジャパン)さまの広報業務における生成AI活用の指針づくりと開発・実装を支援しました。現場の声を起点に、SNS投稿の文面作成や画像変換といった“小さな手間”を素早く改善し、現場に根づく形で活用の幅を広げています。
“高橋氏:成果創出に向けて特に意識したのは、派手な部分ではなく見落とされがちな小さなタスクに目を向けることでした。ディスカッションを重ねるなかで、ウェブサイト更新に伴う画像変換など、一見地味ながら実は時間を大きく消費する作業があると気づき、こうした細かなプロセスを見逃さず、改善ポイントとして設定できたことが、短期間で成果を出すうえで有効だったと感じています。”
“高橋氏:印象に残っているのは、私の何気ない「ぼやき」が課題として拾われ、すぐに改善ツールのプロトタイプとして形になったことです。「もうできたの?」という驚きとともに、ちょっとした要望を伝えると次の週には形になっている。そのスピード感に、個人的にも強く感動しました。”
こうした取り組みを通じ、画像変換ツールやSNS文面作成支援ツールは現場に定着し、AI活用への信頼と期待が広がりました。こうして得られた実務データ(作業時間の短縮や業務負荷の軽減など)は、PoBにおける重要な判断材料になります。つまり、ビジネス実証の裏づけとして機能し、次の改善や投資判断を支える基盤になっていきます。
メンバーズは、日本ハム株式会社さまの全社DX・AI利活用推進を支援しました。AIディレクター・エンジニアが伴走し、生成AIを活用した分析手法「GC分析※3」のWebアプリケーション化など、複数のテーマでPoC/PoBの技術支援を実施。これにより成功事例を創出し、アプリ開発の内製化と内製化体制の構築に貢献しました。
※3:GC分析(Generative Customer分析):AIを用いてさまざまな属性を持つ仮想生成顧客(ペルソナ)を作成し、それらにアンケートや質問をおこなって反応を解析することで、顧客ニーズや行動傾向を把握する分析手法
“アプリの性能面においても、1,000件のアンケート生成を10分以内で完了させることに成功しました。さらに、社内のDX推進を加速する内製化体制を構築し、新たなDXテーマの取り組みや、応用に向けた重要な足がかりを築くことができました。”
PoBとは、「技術が動くか」ではなく、「ビジネスとして成立し得るか」を確かめる段階です。日本ハムの取り組みは、内製化とPoBが相互に加速し合い、現場主体の改善が事業判断につながっていく好例です。
PoBは一度きりの成功で終わらせては意味がありません。重要なのは、そこで得た成果を再現できるプロセスとして整えること。そして、事業としての効果を継続的に生み出す仕組みを組織のなかに育てることです。メンバーズが企業支援のなかで蓄積してきた実践をもとに、PoBを確実に機能させるための4つのステップを整理します。
WWFジャパンの事例でも、日々の投稿文作成という小さな不満を可視化することが出発点でした。PoBの始まりは、「またこれか」「これ、何とかならない?」という現場の声です。このぼやきを感覚ではなく、時間・頻度・影響度(波及範囲)の3軸で整理することで、ビジネスとして判断できる材料に変わります。
属人化や手戻りが多い業務ほど、改善効果が顕著に表れます。「誰が、どの作業に、どのくらいの手間を費やしているか」を定量化することが、PoBの設計精度を高め、ビジネスとして成立するかどうかを確かめる基礎情報になるのです。
PoBをPoCと分ける最大のポイントは、「検証を始める前に、何をもって成功とするか(評価基準)を明確にする」ことです。AIチームと業務担当が協働し、「この施策が成功したと判断できる状態」を、定量・定性の両面で整理します。
定量指標:作業時間の削減率、コスト低減額、エラー削減率など
定性指標:業務満足度、判断スピード、チーム間連携の改善など
目的とスコープを最小限に絞ることで、1サイクルの検証速度は格段に上がります。PoBで問われるのは、技術が動くかどうかではなく、業務や事業としてどの程度の価値が生まれたかをたしかに測れるかどうかです。
PoBの検証段階では、Step2で設定した成功基準を軸に、成果を定量と定性の両側面から測定します。作業時間や工数、コスト削減などの数値的効果に加え、現場担当者の満足度や意思決定スピードなど、業務運営に影響する改善点も評価対象になります。。
ROIや生産性指標を提示するだけでなく、「誰の、どんな課題が、どう変わったのか」をストーリーとして伝えることが効果的です。成果を「数字」と「ストーリー」の両輪で共有することで、経営層や他部門の共感が生まれ、次フェーズへの合意形成が進みやすくなります。
PoBで得られた成果は、単発で終わらせず、再現できるプロセスとして組織に組み込むことが重要です。ここが、PoCでは到達できない「事業として続けられるDX」への分岐点になります。
PoBは、課題を見つけ・成果を定義し・効果を共有するという検証サイクルを回し続ける文化です。この循環が組織に根づくと、現場で生まれた改善が次の検証へとつながり、DXが止まらず回り続ける「自走型の仕組み」へ進化します。
PoCが「できるかどうか」を試す実験だとすれば、PoBは「事業として継続できるか」を確かめる実践です。では、あなたの企業ではこの役割をどのように設計し、日常の業務に根づかせていくべきでしょうか。
たとえば、マーケティング部門がデザイン思考で新しい顧客体験の仮説を立て、IT部門がAIやIoTを活用してそれを具現化する。その結果を、収益モデルや業務負荷、顧客満足度といった現実のデータで検証する段階に進む。この「技術から事業性へと視点を移す流れ」を支える取り組みがPoBです。
PoBの形は企業によってさまざまです。一部ユーザーを対象にした限定検証、社内での試験運用、取引先とのクローズド実証。形は違っても、実際の利用データをもとに事業性や便益を測り、小さな成功を積み重ねる点は変わりません。その積み重ねが、組織全体の判断力と再現力を育てていきます。
スモールウィン(小さな成功)の蓄積は、現場の誇りを育て、経営層にも説明しやすい納得の成果を生み出します。そうした成果が組織に共有されるたびに、企業は「AIを導入する側」から「AIを運用し続ける側」へと確実に踏み出していきます。
こうした考え方は外部のレポートでも示唆されています。たとえばベイン・アンド・カンパニーは、AI導入の原則として「プロトタイプから開始し、アジャイルなテストと学習を通じて継続的・反復的に改善する」アプローチを推奨しています※4。PoBの実践が、改善の循環を企業文化として根づかせる道筋であることを裏づける見解といえます。
PoBは、成果を見える形で蓄積し、その都度改善のサイクルをまわすための実行プロセスです。小さな成功を確かめながら前に進むことで、DXは「続く取り組み」へと変わります。PoC止まりの状況を変えたい企業にとって、PoBへの移行は最初に取り組むべき具体的な打ち手になります。
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