執筆者紹介

株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
DXやAIの導入が進むなかでも、日本企業の現場では「この業務はあの人しかできない」という状況がいまだに根強く残っています。暗黙知や属人的な判断に依存した業務プロセスは、AIにとって解釈・処理が難しく、ブラックボックス化してしまうのです。技術的な遅れよりも、この業務構造そのものがAI活用の障壁になっています。
アクセンチュアのレポートによれば、日本企業ではデータ活用の成熟度に大きなばらつきがあり、特に中小企業の62%が「KKD(勘・経験・度胸)」の段階にとどまっていると推計されています。大企業でも「統計的な分析」段階にあるのは38%にとどまり、半数以上が本格的なデータ分析に至っていないという現状があります。
このように、ファクトやデータに基づく意思決定が根づかず、属人的な判断が組織の意思決定を支配している構造が明らかになっています。さらに、「業務プロセスが未整備、あるいは個人依存である」「属人的な判断がファクトを排除している」といった属人化の構造的な課題も、AI活用の大きな足かせになっていると指摘されています。
背景には、「徒弟制度的な技術継承」や「文化的こだわり」により暗黙知が形式知化されず、標準化が進まないという問題があり、加えて経営層・現場ともにAIリテラシーが十分でない点も、業務改革を困難にしているのです。
製造業向けにAIソリューションを提供するNew Innovations社がおこなった調査では、製造業従事者の約9割が「設計業務は属人化している」と回答しています。「ノウハウが継承されない」「設計意図が共有されていない」「過去図面の活用が難しい」といった声が多く挙がり、現場のナレッジが人に依存し、分断された状態がAI活用の足かせになっている実態が浮き彫りになりました。図面の検索に1時間以上かかるケースも報告されており、検索作業そのものにも高い属人性が残っていることがわかります。
一方で、情報の整理や環境の整備を進めたうえでAIを導入した企業では、8割以上が「操作しやすい」「生産性が向上した」と肯定的に評価しています。属人化を解消し、ナレッジを共有可能なかたちに整えることが、AIを効果的に活用するための土台づくりとなる──そのことを、現場の実践が証明しつつあると言えるでしょう。
いかに高度なAIを導入しても、業務が構造化・標準化されていなければ活用は進みません。求められるのは、「AIと人が協調できる構造」です。つまり、属人的な業務を可視化し、AIが処理しやすい形に置き換えること。それがAIワークフローの取り組みの第一歩です。
属人化された業務を見直し、AIと人が協調して業務を担う構造に組み直す。この取り組みがAIワークフローの本質です。単なる業務のデジタル化ではなく、AIが活きる構造を前提に、業務そのものを見直すことが求められています。
AIワークフローの実装は、以下の3段階で段階的に進みます。これはDXの一般的ステップと似ていますが、Human-in-the-Loop(人間との協調)という思想をいかに実装できるかが決定的な違いです。
現状、多くの日本企業は第2段階にとどまり、AI導入の壁に直面しています。
観点 | 従来型ワークフロー | AIワークフロー |
主体 | 人が主導(経験・感覚) | AIと人の役割分担(提案+判断) |
判断基準 | 暗黙知、属人的判断 | データとルールに基づく標準判断 |
処理 | 手作業、Excel、メール | 自動化+人による監督 |
柔軟性 | 固定フロー、例外処理は人に頼る | 学習による動的フロー、例外は人が補完 |
関連コラム:ヒューマン・イン・ザ・ループの実践法-完全自動化ではなく「共創型」へ
ビジネスのなかでAIを活かすためには、業務プロセスそのものを「AIにとって解釈可能なかたち」にしなければなりません。以下の3つの観点でワークフローを見直すことが、その第一歩になります。
この要点が押さえられていなければ、どれほど高度なAIを導入しても成果は限定的なものにとどまります。「AIが活きる構造をつくる」ことこそが、業務改革の土台であり、効果的な実装を加速させるのです。
AIワークフローは、現場で実装される取り組みへと広がりつつあります。では実際に、属人化された業務をどのように見直し、どのようなプロセスでAIとの協働に臨んでいるのか─具体的なケーススタディを見ていきましょう。
取り上げるのは、行政、製造、営業、R&D、顧客対応、全社業務など多岐にわたる領域です。それぞれの組織が抱えていた課題に対し、業務を可視化し、標準化し、AIと人が役割分担できるかたちへと組み直していく。その一連のプロセスがAIワークフローの実践です。実践に裏づけられた取り組みから、事業規模や業種業態が違っても応用可能なヒントが見えてきます。
課題と取り組み
神奈川県横須賀市は、福祉相談窓口業務において、職員の経験やスキルに依存した対応のばらつきや、相談内容の手入力による残業負担が課題となっていました。これに対し、市は「AI相談パートナー」を導入。相談の音声データをAIがリアルタイムにテキスト化・記録し、キーワードに基づく注意喚起や要約機能を実装することで、業務の可視化と均質化を図りました。ベテランと若手職員の経験差を補完する目的で、相談業務における生成AIの段階的活用を進めています。
AIワークフローの実装と効果
実証期間中に1,000件以上の相談記録が蓄積され、記録票の作成時間を大幅に短縮。業務の標準化と記録の引き継ぎ精度が向上し、市民サービスの品質も安定化しました。職員個々の「判断」は維持しつつ、AIが前処理やリスク抽出を担うHuman-in-the-Loop型の行政業務を実現し、自治体におけるAIワークフローの先進事例となっています。
課題と取り組み
研究開発(R&D)部門では、業務における技術資料の検索効率の低さが課題でした。そこで、生成AIを活用した社内情報検索システムのPoCに着手。具体的には、ナレッジ検索ツール「saguroot」にMicrosoftの「Azure OpenAI Service」を組み合わせ、PDFやWord、PowerPointなどの社内技術文書を横断的に検索・要約できる仕組みをつくりました。生成AIが100文字程度の要約文を自動生成し、技術文書の事前理解を支援することで、研究者の情報収集負荷を軽減します。
AIワークフローの実装と効果
目的の文書を選定するまでの時間が大幅に短縮され、過去の研究成果へのアクセス性が向上。研究者は資料の「読む・探す」時間を減らし、「分析・応用」に集中できる環境が整いました。文書の要約には生成AIが対応し、最終的な判断や知見の応用は人が担う構造とすることで、R&D業務におけるHuman-in-the-Loopを実現しています。
課題と取り組み
グローバルに展開するプロジェクト・タスク管理ツールAsanaでは、部門ごとにAI導入が進む一方で、活用方法のばらつきや知見の共有不足が課題となっていました。これに対し、社内のAIリテラシー向上を目的に「AI Mindsets」というフレームを整備し、Slackチャネルやワークショップを通じて実践知の共有を促進しました。また、ノーコードでAIワークフロー(Smart workflows)を組めるツール「AI Studio」を導入し、各部門が自らの業務に合わせてAI+人の協調型ワークフローを開発・運用できる体制を整えました。
AIワークフローの実装と効果
ベータ導入企業であるMorningstarでは、AI Studioの活用により、ワークフローの組み立てにかかる期間が従来よりも2週間短縮されたと報告されています。Asanaでは、人による判断や例外対応を残しつつ、繰り返し処理や情報整理をAIが担うHuman-in-the-Loop型のワークフローを各部門が自律的に実装。AIを単なるツールではなく、業務文化として根づかせる取り組みが進んでいます。
課題と取り組み
品質管理やナレッジ活用において、熟練者の判断に依存する属人的な業務が課題となっていました。過去の事例や品質文書へのアクセスが分散・非構造化されていたことで、情報の検索性や再利用性が低く、判断の再現性にも限界がありました。
この課題に対して、同社は全社員向けの生成AIアシスタント「ConnectAI」を導入。自然言語による質問への応答、社内規定の検索、品質対応の参照、ナレッジ要約、さらにはプロンプト添削機能の提供までをカバー。2024年には自社特化の非公開ナレッジ(品質管理11,743ページ分)とも連携を開始し、業務データをAIが扱えるかたちで構造化する基盤づくりを進めました。
AIワークフローの実装と効果
ConnectAIは、品質・人事・IT支援など多様な業務ドメインに拡張され、AIが情報探索や判断支援を担う一方、最終的な判断・対応は人がおこなうHuman-in-the-Loop型の運用を実装。AI回答には情報源を自動で付記し、説明責任と現場の信頼性を確保する工夫も導入しています。
導入から1年間で、全社合計18.6万時間の業務時間削減を実現。生成AIの活用によって、ナレッジ共有の効率化が進んだだけでなく、AIを活用した業務改善提案が増加。社員のAIに向き合う意識が高まったことが伺えます。AIワークフローの全社実装例として、構造化ナレッジの利活用と業務判断の分担を両立させた事例といえます。
課題と取り組み
アサヒビールの営業部門では、外食業界の市況を把握するためのデータ整備に課題があり、提案内容が属人化しやすい状況で。POSデータも限られた飲食店の月次データにとどまり、市場分析や戦略立案のエビデンスとしては不十分でした。
こうした課題に対応するため、Lazuliの「外食AIリサーチ」を導入。1,500店舗以上のPOSデータを自動でクリーニング・統合することで、たとえば「ビール」「生中」「生」といった表記の揺れを吸収。販売数・客数・客単価などのリアルタイム分析を可能にしました。データの取得から分析までをAIが担い、可視化された市況データをもとに営業戦略の立案や提案資料の作成に活用しています。
AIワークフローの実装と効果
AIによる市況レポートは経営層の意思決定にも活用され、現場では「勘・経験」によらない提案型営業が可能となりました。営業担当者はAIが可視化したインサイトをもとに提案内容を考え、交渉に集中できるようになります。データドリブン型AIワークフロー、すなわちデータ統合・整備からAIによる分析・可視化を経て、人が価値提案に注力する仕組みへと移行したことは、属人化解消に貢献する有効な業務改革のアプローチと言えるでしょう。
課題と取り組み
米大手銀行Bank of Americaでは、FAQや手続き案内といった顧客対応業務が属人的で、対応品質にばらつきが見られるという課題がありました。こうした課題に対し、同社は2018年にAIバーチャルアシスタント「Erica」を導入。自然言語処理と予測的対話機能を備えたEricaは、Webサイトやモバイルアプリを通じて24時間顧客対応をおこない、手続きガイドや支出通知、FAQ対応などに活用されています。個人向けサービスに加え、法人向けチャットサービス「CashPro」などでもEricaの基盤技術が展開されています。
AIワークフローの実装と効果
2023年末時点でEricaのアクティブユーザー数は1,850万人に達し、累計インタラクションは19億回に到達。さらに2025年2月時点では、累計25億回、年間インタラクションは6.76億回にまで拡大しています。顧客の問い合わせに対して、98%以上がEricaのみで解決に至っており、高い自己解決率を実現。FAQや口座情報案内などの定型業務をAIが即応し、複雑案件に人が対応するというHuman-in-the-Loop型のAIワークフローが、大規模なデジタルチャネルに定着しています。
事例企業 | 従来の属人的課題 | AI+人の協調ワークフロー | AIワークフローへの対応 |
横須賀市(福祉相談) | 窓口対応が職員の経験・スキルに依存、記録業務も手作業 | AIが相談内容をテキスト化・要約・リスク提示/人が判断と引き継ぎを担当 | ・デジタイゼーション:相談履歴のデジタル化 ・インテリジェント:キーワード抽出+文書要約 |
アサヒビール(R&D) | 技術資料の検索が属人化し、過去ナレッジの活用が進まない | AIが文書群を要約・整理/人が内容を読み取り判断・応用へ展開 | ・デジタイゼーション:資料アーカイブ整備 ・インテリジェント:AI要約+探索支援 |
Asana(業務横断) | 業務改善が部門任せで、AI導入に一貫性と共有知見が不足 | 各部門がノーコードでBotを作成/AIが処理し、人が判断・実行 | ・デジタイゼーション:業務構造の明示化 ・デジタライゼーション:社内コミュニティ+Bot自動化 ・インテリジェント:AI+人による判断協調設計 |
パナソニックコネクト(品質管理) | 品質情報が属人化し、判断も技術者に依存。情報の検索性が低い | AIが品質文書・過去事例を要約・検索/人が例外判断と対応を担う | ・デジタイゼーション:社内ナレッジの統合 ・デジタライゼーション:ナレッジアクセスの自動化 ・インテリジェント:AI推奨+人の判断による品質管理 |
アサヒビール(営業) |
市況理解・提案内容が経験に依存。POSデータも分断されていた | AIが販売データを統合・分析して提案を支援/営業が判断・交渉 | ・デジタイゼーション:POSデータの統合基盤整備 ・インテリジェント:AI分析+人の戦略判断 |
Bank of America (顧客対応) |
FAQ・手続き案内が属人的で、対応品質にばらつきがあった | AIアシスタントが音声・テキストで自動対応/人が複雑案件を対応 | ・デジタイゼーション:問い合わせ対応の自動記録 ・インテリジェント:AI対話ナビゲーション+人による判断補完 |
これら6社の実践からは、AIワークフローが単なる業務の効率化手段ではなく、現場の思考様式や組織文化そのものに働きかける構造設計の起点であることが見えてきます。特にAsanaやパナソニックコネクトのように、AIを内製し、活用を現場で再設計する文化を育てる取り組みは、プロンプトやワークフローの設計が、思考の質や意思決定スタイルに直結することを示しています。AIワークフローを導入する際には、単なるツールの実装にとどまらず、「組織の考え方をどう変えるか」という問いかけと、それに向けた取り組みが欠かせません。
6社の事例に共通するのは、「AIの導入=ツールの導入」ではなく、業務構造そのものをAIと人が協調できるかたちに組み直しているという点です。AIの活用とは、単なる自動化ではありません。業務の可視化・標準化、さらには組織の構造や文化の変革を伴う、抜本的な業務変革のプロセスです。
この構造転換の旗振り役を担うのが、DX推進部門です。従来、業務システムの導入はIT部門が主導してきましたが、AIワークフローは業務そのものに踏み込む取り組みであり、現場と組織全体をつなぐDX部門の関与が不可欠です。重要なのは「AIに任せる判断領域」と、「人が責任を持って引き取るべき領域の見極め」です。この視点を踏まえて、DX推進部門に求められる4つの役割を整理しました。
特に重要なのが、「AIと人の役割分担の再考」です。どこまでをAIが担い、どこからを人が引き取るか。この境界の設計が曖昧なままでは、誤判断のリスクが高まります。
AIがどのようなデータやルールに基づいて意思決定しているのか、その「AIが見ている世界」を組織として理解しなければ、協働はブラックボックス化し、信頼性の低下にもつながりかねません。そのためにも、AIの判断ロジックやインプット条件を可視化し、人によるレビューや例外検証を組み込んだ「監視可能なワークフロー」として設計することが重要になります。
業務の属人化を解消することは、組織が「持続的に進化する知識活用体制」へと移行するための出発点です。AIワークフローとは、単に処理を自動化することではありません。ナレッジが特定の人に依存せず、組織全体で共有・継承され、活用され続ける――そんな知識基盤としてのワークフローを実装することにほかなりません。これは、業務効率化にとどまらず、組織の知性そのものを再構築する取り組みです。
本記事のケーススタディで分析したように、AIが定着している企業には共通点があります。それは、「現場主導」と「全社横断の基盤整備」を両立させた構造です。現場の自発性と全社的な経営思想が交わるとき、AIワークフローは単なる実験や部分最適にとどまらず、組織全体の知能として機能し始めます。
AIワークフローの設計は、単なる業務最適化を超えた意味を持ちます。AIに対してどのような問いを投げ、どんな判断ルールを設計するか。その一つひとつが、組織の意思決定の質や思考様式に影響を与えるのです。つまり、プロンプトやフローの設計は、「どう考え、どう動く組織であるか」を形づくる営みでもあります。AIを単なる自動化ツールではなく、組織知の一部として捉える視点が、DXの推進は不可欠なのです。
こうした問いに組織として答えを持てるかどうかが、AI活用の成果を大きく左右します。属人化の先にあるのは、AIワークフロー、つまり「再現性ある知識活用モデル」です。人に頼るのではなく、組織として知を活かす仕組みを築くこと。それがAI時代における業務改革の要諦です。
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「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。