執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

ECサイトの商品ページを作り込んでいるのに、なぜか手応えが薄い。広告費をかけてもコンバージョンの伸びが鈍い。そんな感覚を覚えるEC事業者の方は、多いのではないでしょうか。
その原因の一端が、エージェントコマースと呼ばれる購買行動の構造変化にあるかもしれません。AIエージェントが消費者に代わって商品を検索・比較・購入まで完結させるこのモデルは、現時点ではまだ先進ユーザー層や一部の実証実験にとどまっています。
しかし、技術的な基盤は整いつつあり、ShopifyではAIチャットボット経由の参照トラフィックが前年比で7倍に拡大し※1、B2B領域では2028年までに購買の約90%がAIエージェントを媒介する取引へ移行するという予測も出ています※2。消費者が自分でカートに入れるという行為が当たり前でなくなる日は、想定より早く来るかもしれません。
本コラムでは、EC事業・サプライチェーン・マーケティングの3つの領域でこの変化がどう進もうとしているかを整理したうえで、今から着手すべき準備を考えます。
※1:出典「GEO & AI SEO for Shopify: How to Get Your Store Visible in AI Search」(The Hope Factory・2026)
https://thehopefactory.com/blogs/ecommerce-insights/geo-ai-seo-shopify-store-visibility
※2:出典「Gartner Unveils Top Predictions for IT Organizations and Users in 2026 and Beyond」(Gartner・2025)
https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2025-10-21-gartner-unveils-top-predictions-for-it-organizations-and-users-in-2026-and-beyond
AIエージェントでの購買行動は、一気に進むわけではありません。消費者の行動変容は、おおよそ3段階で進んでいくと想定されます。
消費者がAIに「どちらが安いか」「評価はどうか」と問い、最終判断は自分でおこないます。この場合、ECサイトへの回遊も発生します。現在多くのユーザーはこの段階です。
「洗剤が減ったら自動で補充して」という形で実行をAIに委任します。意思決定の枠組みは人間が設定し、実行だけをエージェントが担います。日用品・消耗品カテゴリでは、先進ユーザーを中心にこの段階への移行が始まっています。
実際、北米のInstacartは在庫状況に応じた代替品の提案を機械学習モデルで自動化しているほか、過去の購買履歴に基づき「よく買う商品」をワンタップで再カート投入できる仕組み(Buy It Again)も提供しています※3※4。
過去の購買履歴・嗜好・予算・在庫状況を学習したエージェントが、設定の更新すら不要で最適購買を繰り返します。Amazonの「Alexa for Shopping」のように音声アシスタントと購買を統合する取り組み※5は、この方向への布石と見ることができます。
注意すべきは、STEP1から3への移行を、消費者自身が意識しにくい点です。便利さに引き寄せられる形で、購買の主導権が水面下にエージェントへ移っていきます。先行研究では、AIの検索から生まれる回答の約73%はAIが合成した即時回答によって構成されており、元のECサイトに直接クリック遷移するユーザーはわずか12%にとどまると報告されています※6。
消費者の行動が変わる前に、構造を理解しておく必要があります。
消費者行動の変容がEC事業者に突きつける初期の課題は、「自社の商品ページはAIに正しく認識されているか」という点です。これまで商品ページは、人間が読んで魅力を感じるよう設計されてきました。しかしAIエージェントが購買を代行する場面では、評価基準が異なります。
エージェントは感情を持たず、こだわりのコピーも、ブランドのストーリーも読みません。仕様・価格・在庫・配送条件を構造化されたデータとして解析し、条件に合う商品を瞬時に選びます。仕様や素材などの製品事実が構造化されていなければ、AIはその商品を無視し、競合の正確なデータを優先します※1。
具体的な対応として求められるのは、以下の点です。
商品カテゴリ、成分・素材、対応規格、アレルギー情報、サステナビリティ認証などをSchema.orgやJSON-LDで機械可読な形式で記述します。情報を画像カルーセルやPDF内に埋め込むのではなく、HTMLのテキストとして表示することが基本です。
AIクローラーはページ冒頭の60〜120語以内(英語の場合)でユーザーの質問に直接回答する構造(citation-first構造)が重視されており、AIによる引用の44%はテキストブロックの最初の3分の1から生成されるとする研究結果が報告されています※7。ページの最上部に「何であり、何ができ、どんな問題を解決するのか」を60〜120語で簡潔に記述することが、AIに正しく認識されるための第一歩です。
エージェントによる購買プロセスで決済直前に欠品が発覚した場合、そのECサイトはAIから信頼できないソースと判定され、将来の推奨リストから除外されるリスクがあります。在庫情報のリアルタイム連携は、もはや運用の問題ではなく、AIに選ばれ続けるための信頼インフラです※8。
これはいわばエージェント向けのSEOです。検索エンジンが登場したとき、クローラーに読まれるページ設計が重要でしたが、今後は「エージェントに解析されるデータ設計」が、ECサイトの新しい競争優位になろうとしています。
なお、AIとの会話だけで購買が完結する世界への変化については、以下のコラムで解説しています。
関連コラム:AI×ECは「検索」を終わらせるか?会話型AIが変える購買体験
エージェントによる購買の変化は、小売の側だけでなく、サプライチェーン全体の前提にも影響を与えます。
従来の需要予測モデルは、「人間の気まぐれ」を前提に設計されていました。セールの山、衝動買いのスパイク、季節イベントによる駆け込み需要。これらが需要の揺らぎを生み出し、在庫管理の難しさを形成していました。
ところがエージェントが購買を代行し始めると、こうした揺らぎが収束に向かう可能性があります。エージェントは感情で動かないため、セールに飛びつかず、特売情報に引きずられず、必要な量を必要なタイミングで発注します。需要が機械的に平準化されることで、長年磨いてきた予測モデルの前提が崩れるリスクがあります。
一方で、自律型AIを在庫管理に取り入れた先行企業のデータは、別の可能性を示しています。在庫コストの20〜35%削減、欠品防止率の30〜40%改善、在庫再配置にかかる時間の90%短縮といった成果が報告されています※9。
これはAIが、IoTセンサーやPOSデータ、ソーシャルメディアのトレンド、地域の天候などのシグナルをリアルタイムで統合し、需要スパイクを事前に予測して自律的に発注・在庫移動・プロモーション発動まで行っているためです。
さらに注目すべきは「需要シグナルの上流移動」です。従来は販売データを後追いで分析して需要を推測していましたが、エージェントが設定した「補充ルール」や「再注文トリガー」はリアルタイムの一次情報となります。
エージェントと直接接続できるサプライヤーは、需要を後から知るのではなく先に読むことができます。B2B領域では2028年までに15兆ドルを超える調達資金がエージェント間で処理されると予測されており※10、この接続品質の差がサプライヤーの選別基準になる日は遠くありません。
AIエージェントが購買を代行するなら、ブランドへの愛着や感情的な訴求は、その役割を終えるのでしょうか。結論から言えば、失われることはないですが、ブランドパワーが効いてくるタイミングは、AIに購買を任せるよりも前の段階へと前倒しされます。
AIエージェントは消費者が事前に設定した「好みのパラメータ」に従って動きます。価格上限、ブランドの優先順位、配送速度の重みづけ、環境配慮の有無。こうした設定を決める段階では、人間の意志と記憶が介在します。エージェントが比較を始める前の、消費者が「このブランドを優先して」と設定するその瞬間に、ブランドは想起されていなければなりません。
つまり、ブランド戦略の核心は「購買の瞬間の訴求」から「設定の瞬間の想起」へと移動します。体験型イベント、SNSでの深い共感、リアル店舗でのブランド体験。これらは「購買の背中を押す」手段ではなく、「エージェントへの設定を促す」手段として再定義されていきます。
広告投資の配分にも変化が求められます。AIエージェント時代のマーケティング予算配分として提唱されているのは「70/20/10ルール」です。70%を既存のSEO・メール・高インテントPPCなどの実証済みチャネルに、20%をAEO(回答エンジン最適化)や会話型広告などの成長領域に、残り10%をMCPなどのAI接続インフラや自社エージェント開発といったイノベーション投資に振り向けるという考え方です※11。
ChatGPTが2026年2月から「Sponsored Suggestions」のテスト提供を開始したことに代表されるように、AIとの会話内における広告の形も変わりつつあります。ユーザーがバナーをクリックするのではなく、AIが文脈に沿った提案を会話の流れのなかで差し込む形式です※12。こうした新しい接点を早期に理解し、実験する姿勢が、マーケターには求められています。
エージェントコマースが進むなかで、EC事業者がもっとも意識すべきリスクがあります。それは、AIプラットフォームに顧客データを奪われる「disintermediation(ディスインターミディエーション)」、いわゆる仲介者の排除です。
消費者がAIエージェントに依存し始めると、ECサイトを直接訪問しなくなります。事業者は顧客データや再アプローチの手段を失い、単なる注文履行の物流パイプに降格するリスクがあります。このリスクを回避するために重要な考え方が、「チェックアウト(決済・顧客データ)の主導権をどこが持つか」です。
興味深いのがWalmartの判断です。ChatGPTのAIネイティブ決済機能を用いてチャットボット内で直接決済を完結させたところ、自社サイトに誘導して決済させた場合に比べ、コンバージョン率が3分の1に低迷しました※13。
この結果を受け、WalmartはChatGPT内に自社制御のチェックアウト導線を独自に構築する方針に転換しています。Shopifyも同様の設計を採用しており、AIエージェントには商品の検索と比較のみを担当させ、決済はShopify自社のカートシステムに遷移させることで※14、マーチャントが顧客データとブランディングの主導権を保持する仕組みを整えています。
技術的な基盤整備も急務です。エージェントと事業者がシームレスに取り引きするための共通プロトコルとして、GoogleとShopifyが共同開発したUCP(Universal Commerce Protocol)、AnthropicのMCP(Model Context Protocol)、OpenAIとStripeが開発したACP(Agentic Commerce Protocol)といった標準規格が相次いで登場しています。
これらへの対応は、エージェントから「接続できる事業者」として認識されるための、技術的な最低条件になっていきます。
| 比較項目 | MCP (Model Context Protocol) |
UCP (Universal Commerce Protocol) |
ACP (Agentic Commerce Protocol) |
| 主導 | Anthropic | Google、Shopify | OpenAI、Stripe |
| 一言でいうと | AIと外部データをつなぐ汎用規格 | 商品発見から購入までをつなぐ統合規格 | チャット内決済に特化した規格 |
| 対象領域 | データ連携・ツール実行(コマース以外でも利用) | コマースワークフロー全般 | 決済・トランザクション特化 |
| 主な特徴 | 企業の社内データベースや外部APIに安全に接続できるようにする | 外部ECに離脱させず購買行動を完結させる | ユーザーに代わって自律的に決済を実行する |
| ユースケース | エージェントが在庫・商品スペックをリアルタイムで取得 | Google検索からそのままGoogle上で購入完了 | ChatGPTの会話のままチャット内で決済完了 |
EC事業・サプライチェーン・マーケティングという3つの領域に共通する変化は、「誰に向けて設計するか」という問いの転換です。
これまでのデジタル施策は、最終的に人間の感情と判断に訴えかけることを前提に設計されていました。エージェントコマースはその前提を変えますが、エージェントの背後には引き続き人間の意志があります。エージェントに「このブランドを選べ」と設定するのは人間の役割であり、エージェントは人間の意志の代理人に過ぎません。
だとすれば、求められるのは「エージェントに最適化すること」と「人間の記憶に残ること」の両立です。購買の直前ではなく、意志が形成される上流で、消費者の「好みのパラメータ」に書き込まれること。そして書き込まれたパラメータをエージェントが正確に実行できるよう、データとAPIを整備すること。この二層を設計することが、エージェントコマース時代を生き残るためのポイントです。
「自社の商品ページはエージェントに読まれているか」「自社のブランドは消費者のエージェント設定に選ばれているか」「チェックアウトの主導権は自社にあるか」。この3つの問いをEC・サプライチェーン・マーケティングの担当者が部門を越えて共有するところから、準備は始まります。
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