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株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

OpenAIが2025年9月に発表した「Instant Checkout」は、ChatGPT上で商品の相談から購入までを完結できる新機能です。EC体験の重心は、これまでの「検索」から「会話」へと大きく移行しつつあります。
米国商務省国際貿易局の分析によると、世界のEC市場は2027年に約5.5兆ドル規模へと拡大する見通しが示されています。そうしたなか、購買導線の主導権をAIが握るようになることは、単なる技術革新にとどまらず、市場構造そのものを変える大きな転換点になるといえるでしょう。
本記事では、このInstant Checkoutを起点に、AIが再構築しつつある購買体験やビジネスモデル、そしてプラットフォーム競争の構図について、多角的に紐解いていきます。

2025年9月、OpenAIが発表した「Instant Checkout」は、ChatGPTのチャット画面上で商品の検索から相談、決済までを完結できる機能です。Stripeと共同開発した「Agentic Commerce Protocol(ACP)」というオープン仕様を基盤に、AIとECプラットフォームが安全に連携する新たな購買体験を提供します。
この仕組みを一言で表せば、「チャットの中で買い物が完了する」ということ。アプリを切り替える必要はなく、ユーザーは会話の流れのなかで商品を探し、そのまま決済まで進むことができます。
2025年11月現在は米国ユーザーを対象に段階的に展開されており、最初の提携先はハンドメイド商品を扱うオンラインマーケットプレイス「Etsy」。今後はShopify加盟店を中心に、対象が拡大される見通しです。
たとえばユーザーが「100ドル未満のランニングシューズを探して」とChatGPTに相談すると、AIが条件に合う商品を提示。そのまま「購入」ボタンを押せば、配送先や支払い方法を確認する画面がチャット内に表示され、Stripeを通じてスムーズに決済まで完了します。
検索から決済までの一連のフローが、すべて「会話」で完結する──この購買体験は、ECの常識を根本から塗り替える可能性を秘めています。
Instant Checkoutは、あくまで出発点にすぎません。その先では、AIによる購買支援がすでに実証段階に入り、売上を動かす購買エージェントとして機能し始めています。
Salesforceが2024年に発表した「Shopping Index」では、生成AIやエージェントを活用するデジタル小売業者において、パーソナライズされた商品推薦やプロモーション、高度なカスタマーサービスを通じて、全世界の注文のうち17%がAIによって生み出されていると分析されています。
また、Shopifyの2025年公式統計では、全体の平均コンバージョン率が1.4%前後であるのに対し、上位20%のストアでは3.2%超、トップ10%に至っては4.7%という水準を記録しています。
これらの高パフォーマンスストアに共通するのは、AIを活用したレコメンドやパーソナライズ施策の導入が進んでいる点です。AIをいかに購買導線に組み込み、最適化するかが、売上を左右する新たな競争軸になりつつあります。
Instant Checkoutの登場によって、EC市場の根幹的な構造が大きく揺らぎ始めています。eMarketerの最新予測によれば、2025年の米国EC市場において、Amazonは40.9%という圧倒的なシェアを維持する見込みです。
Amazonが「検索から決済までの導線」を独占してきたなかで、AIという新たな購買導線が、この支配モデルに変化をもたらそうとしています。
現在の米国EC市場では、AmazonとShopifyが対照的なモデルを展開しています。
Amazonは、物流・在庫・決済を一元管理し、「スピードと信頼性」を武器に顧客を囲い込む集約型のモデル。一方でShopifyは、数百万におよぶブランドやD2C事業者に販売インフラを提供する、分散型エコシステムを構築してきました。
Instant Checkoutのような会話型購入導線の登場は、Shopifyの分散モデルに新たな推進力を与える可能性を持っています。ユーザーがChatGPT上の会話からそのまま購入に至る体験が定着すれば、ブランドはAmazonという巨大なプラットフォームに依存せず、自社のみで購買体験を完結できるようになります。
Instant Checkoutがもたらす革新は、単なる決済の利便性にとどまりません。それは、消費者の行動を「探す」から「相談する」へと転換させるという点で、ECにおける購買導線の起点そのものを再定義するパラダイムシフトです。
従来、消費者が商品を見つけるきっかけはGoogle検索や広告が主流でした。しかし、会話型AIが「おすすめ商品」や「条件に合う選択肢」を提示するようになると、検索結果よりもAIの提案の方が先にユーザーと接点を持つようになります。
BCGが2025年に発表したレポートでは、こうした変化を「ゼロクリック検索の一般化」と表現。「ブランドの可視性はAIがどのように自社コンテンツを取り上げ、推薦するかに左右される」と指摘しています。
AIが購買導線そのものを組み替えつつある今、EC事業者が向き合うのは、「顧客にどう見つけてもらうか」「どう信頼を得るか」「どのデータを自社で活用・管理するか」という三つの課題です。Instant Checkoutは、単なる決済機能の拡張にとどまらず、広告・UX・データ戦略を同時に再設計させるトリガーになりつつあります。
生成AIが購買の入口を担う時代、企業の競争軸は検索順位から「AIに推薦される確率」へと移り変わりつつあります。ユーザーが「探す」前にAIが商品を提示する――そんな購買行動が現実になりつつあるのです。
Adyenの『Retail Report 2025』によると、日本ではすでに全世代でAIの購買活用が進行しています。Z世代の27%、ミレニアル世代の13%がAIを通じて購買をおこない、特に44〜59歳のX世代では過去1年で利用率が59%増加。AIが購買行動の主流ツールになりつつある現実を示しています。
こうした変化の中で、企業に求められるのは、AIが理解し、推薦しやすい情報設計です。商品データの構造化、ブランドストーリーやFAQの体系化など、AI最適化(AEO=AI Engine Optimization)こそが次のマーケティング競争軸になりつつあります。
Instant Checkoutは、Stripeとの連携によりセキュリティ基盤が強固に設計されています。しかし実際にユーザーが購買行動へと踏み出すためには、「安全」だけでなく「安心感の演出」が不可欠です。
Loop Returnsの『2025 Trends Report』によれば、主要EC事業者の82%が「迅速な配送が購買率向上に寄与する」と回答しており、同時に46%の消費者が「返品体験への不満で購入を断念した」と回答しています。これらのデータは、スピードや利便性だけでなく、「安心して取引できる」と感じられる体験設計が購買継続の鍵を握ることを示唆しています。
今後はより一層、注文履歴や返品・配送トラッキングを可視化し、ユーザーが自ら購買をコントロールできていると実感できる設計が求められます。たとえば、AIが提示した商品の最終確認や、返品・返金といった損失が絡む判断、配送トラブル時のサポート対応などは、人が責任を持って関与する領域です。AIが便利さを支え、人が安心を担保する──この役割分担が、購買体験の質を左右していきます。
AIが購買導線を担うようになる今、ユーザーの意思や選択行動を示すインテントデータの重要性が高まっています。どこで消費者の意図を捉え、どの文脈で商品を提示できるか。その上流を握ることが、ECにおける競争力を左右するようになっています。
この覇権を巡って、データを保有するOpenAI、EC基盤を支配するShopify、流通網を持つAmazonがそれぞれ異なる優位性を発揮しています。いまやAIが購買導線の上流を媒介することで、顧客との接点がプラットフォーム経由へと移りつつあります。 その中で企業に問われるのは、自社のデータをどの範囲まで自らの管理下に置き、どう活用していくかという主導権です。
AIが購買を導く時代においては、アルゴリズム任せにするのではなく、AIの意思決定にどう自社の意図を織り込むかが重要になります。購買を導く仕組みも、顧客接点も、そして企業が持つデータの価値の位置づけまでも、ECの競争構造そのものが塗り替わりつつあるのです。
Instant Checkoutが示している、「会話で完結する購買」の流れは、日本市場にも確実に波及しています。楽天市場やYahoo!ショッピングなど主要プラットフォームもAIアシスタントの実装を進めています。
一方で、日本の消費者特性には独自のハードルもあります。クロス・マーケティンググループの『EC利用実態調査レポート』によると、約8割(76.8%)の消費者が商品レビューを参考に購入を判断しており、特に20〜30代でレビュー依存の傾向が強いとされています。
また、DNPの調査では7割の消費者がEC購入前に店頭で実物を確認し、Mapion Bizの調査でも72.8%が「どの店舗で買えるか」を事前に調べると回答しています。さらにマッキンゼーの調査では、日本のラグジュアリー消費者の約8割が「購買体験にオフラインは欠かせない」と回答しており、実店舗が依然として購買にもっとも影響を与える要素であることが示されています。
これらの調査が示すのは、日本の消費者が「レビューによる信頼」と「実体験による納得」の両方を重視するという構造です。AI購買を浸透させるためには、この“納得プロセス”をどのように置き換えるかが大きな課題となります。
AI×ECの活用を進める際、いきなり全面的な自動購買を目指す必要はありません。重要なのは、「会話で完結する購買体験」へと近づけるために、既存の顧客接点やUXをAIで改善していくことです。以下に、AI活用の成果を手応えとして確認できる、具体的なPoCを3つご紹介します。
① FAQ自動応答で「かご落ち」を防ぐ
FAQ自動応答を導入し、配送や返品などの問い合わせに即応できる体制を整えることで、「かご落ち」防止につなげられます。三越伊勢丹のギフトEC「MOO:D MARK」では、SalesforceのAIを活用したパーソナライズ施策により、レコメンド経由の売上が2年間で3.2倍に拡大。AIによる顧客体験最適化が成果を上げています。
② 会話型検索で「探す手間」を減らす
ChatGPT APIや自社の生成AIを活用し、ユーザーが「3,000円以内の紅茶ギフトを探したい」「梅雨でも汚れにくい白スニーカーが欲しい」と自然な言葉で入力するだけで、最適な商品を提示できる仕組みを整える。実際にフランスのEC大手Cdiscountでは、生成AIによる会話サポートを導入し、CVR(購買転換率)が24%改善する成果を上げています。
③ レコメンドとレビュー要約で「最適な選択」を支援する
LINEヤフーは、レビュー内容をもとに生成AIが類似商品をレコメンドする機能を実装しました。ユーザーは、気になった商品のレビュー評価を比較しながら、より高評価な代替商品をスムーズに検討できるようになります。こうしたAIによるレコメンドは、閲覧履歴や購入履歴、レビュー傾向などを踏まえ、ユーザーの選択を自然に後押しする体験づくりに寄与します。
こうしたPoCを「技術実験」ではなく、体験改善のテストとして位置づけ、CVR(購買転換率)・AOV(平均注文額)・NPS(顧客満足度)といった指標をセットで観測することが重要です。
同時に、AIを介したやり取りでは、顧客がどんな言葉で商品を探し、どの瞬間に迷いや納得を示すのかといった「会話データ」が蓄積されます。その観察が、購買行動のインサイトを読み解くフックになるのです。
AI購買の導入は、いきなり全自動化を目指すのではなく、PoCから始めるのが現実的です。実際の取り組み事例を以下にて記載します。
D2Cアパレル:人気商品のサイズ選びをAIに任せる。「160cmでゆったりめが好き」と入力すれば、AIが適正サイズを提示。ワンクッション挟むだけでCVRが上昇するケースも。
食品・ギフト業界:ギフトメッセージをAIに生成させ、提案と同時にカード文面を自動出力。AOV(平均注文額)の向上効果を検証。
サブスク型美容ブランド:解約防止ではなく、AIが「次回はもう少し明るい色味にしませんか?」と提案する最適化施策。受諾率や解約率の差分で成果を測定。
こうした小さな実験の積み重ねは、ECやマーケティングの担当者が、AIと顧客のやり取りから購買行動のパターンを読み取る力を育てます。その理解が、AI購買を設計し、日々の運用のなかでAIを巧みに扱うための基盤となるのです
これまで日本のEC戦略はOMO(Online Merges with Offline)を軸に発展してきました。今後はその延長線上で、AIがオンラインとオフラインの購買導線を再設計するフェーズへと移行します。
AIがユーザーの意図や状況を理解し、最適な購入チャネルを提案する。それは利便性の向上だけでなく、企業が顧客接点を定義し直すプロセスでもあります。Instant Checkoutの登場は、そうした「AI購買の社会実装」を具体的に想像できる最初のケーススタディです。2025年以降、日本企業がこの波をどうローカライズし、信頼と体験をどう設計するか。その力量が問われます。
Instant Checkoutのような仕組みは、企業がAIという巨大な媒介者を通じて顧客とつながる新しい経済圏の入口です。同時に、それは「顧客との接点を誰が所有するのか」という、ECビジネスの根源的な問いでもあります。
AIに購買の入口を委ねるのか。それとも、自社のデータや体験設計を整え、AIがどう理解し、どう提案するかを自らの側でコントロールするのか。今、企業はその選択を迫られています。
プラットフォームに依存し続ければ、AIの推薦ロジックの中でブランドの個性や意図が薄れ、存在感が埋もれてしまうリスクもあります。AIが購買体験の起点を担う時代に、自社ブランドがどのように理解され、どのように提示されるのか。その主導権を確保するためには、次の三つの戦略的視点が不可欠です。
AIが読み解ける自社データ基盤を整備する
商品・顧客・行動データを構造化し、AIが誤解なく理解できる情報設計を整えることが第一歩です。商品属性の整理やFAQの体系化、レビューの分類といった土台づくりは、AIが的確に商品を選び、説明できる基盤になります。
会話としてのブランド体験をデザインする
チャット内でのトーンや語彙、伝え方を設計し、AI上でブランドらしさを再現する取り組みが必要です。商品提案の言い回し、困りごとの拾い方、謝意の表現など、対話の質そのものを「ブランドの体験価値」として組み込むことが求められます。
人とAIの役割分担を明確にする
どの体験や判断をAIに任せるかは、信頼できる購買体験の前提です。AIは、行動データや購入履歴にもとづく商品提案やレビュー要約など、繰り返し型の判断を得意とします。一方で、人が担うべきなのは、返品相談や高額商品の案内といった、個別の事情や背景を汲み取る領域です。適切な役割分担を設計することで、体験全体の安心感と一貫性が高まります。
AIを正しく活用し、購買体験を自らの手で設計し始めた企業こそが、次のECエコシステムを形づくっていくのです。
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