執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

DXの成否が企業の競争力を左右する現在、顧客や従業員が日常的に触れるアプリやWebサービスなど、体験価値を通じて関係性を築くSoE(System of Engagement)の刷新は、多くの企業にとって優先的な課題の一つです。SoEは、会計や人事といった基幹系システムとは異なり、利用状況や反応を踏まえて改善を重ね続けることが前提となる領域です。
しかし現場では「外部に委託して要件通りに作ったはずなのに成果が出ない」「リリース後の改善が思うように進まない」といった声が聞かれます。多額の投資をして構築したシステムが、なぜこれほどまでに機能しないのでしょうか。本記事では、SoE開発で陥りがちな典型的な失敗パターンを紐解き、その背後にある構造的な要因を浮き彫りにします。
顧客接点を担うSoE領域を外部SIerに委ね、成果が出ないことに悩む企業は少なくありません。しかし、これを担当者の判断ミスや努力不足で片付けては、根本の解決に至りません。改良が前提のSoEに、仕様固定のウォーターフォール契約を適用してしまうが問題の本質です。
この傾向は、各種調査結果からも明らかです。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2025」によれば、システム開発における予定工期、予算遵守、品質の達成度は、この10年間で軒並み低下しています。特に外部委託中心の大規模案件ほどQCDが悪化しており、従来型の体制が市場の変化に追随できていない実態が見えてきます。
経済産業省のレポート(2025)は、長年の部分改修の積み重ねが既存システムをブラックボックス化させたと指摘しています。この状態では変更や拡張が極めて困難です。システムへの理解が社内に蓄積されなければ、ベンダー側もリスクを取った提案ができません。結果として改善サイクルが回らない構造に陥りやすくなるのです。
これらの問題に共通しているのは、完成をゴールとする前提が開発の初期段階から置かれている点です。仕様を確定し、その通りに作り切ることを目的とした契約や体制のままでは、変更は例外扱いになり、学習や改善は後回しになります。その結果、ベンダー交代や体制変更を繰り返すなかで部分的な改修が積み重なっていきます。全体像は更新されないままで理解も蓄積されず、システムだけが複雑化していくのです。
また、リリース後のシステムをどう定義するかという視点も欠かせません。SoEは顧客の反応を踏まえ、改善を重ねることで初めて価値が出るものです。しかし、開発段階でこの前提を欠き、完成をゴールとしたまま外部に委ねれば、将来の変更のしやすさよりも目先の納品が優先され、中身が複雑化したシステムが作られてしまいます。加えて、社内にそれを扱うノウハウも蓄積されないため、リリース直後から誰も手出しができない状態に陥ります。
この悪循環こそ、SoEの開発が失敗に陥る最大の要因です。

ここでは業界を問わず頻発する5つの失敗事例を整理します。それぞれどのような状況で問題が顕在化し、なぜ同じ構図に陥るのかを見ていきましょう。
※ここで紹介する事例は実在のプロジェクトをベースとしていますが、特定の企業・個人を識別できないように内容を一部改変・再構成しています。あらかじめご了承ください。
顧客ニーズの変化を受けて仕様を見直したいと考えた途端に、契約が壁になります。これは、ウォーターフォール型の契約・進め方を前提にした外注開発で起きやすい失敗です。
現場で発生した事案
大手小売A社は、アプリ刷新に向けて200ページの要件定義書を作成しました。実績あるSIerと8ヵ月間の契約を結び、プロジェクトは順調に滑り出します。しかし開発期間中に状況が一変します。競合各社が、アプリ上での購買体験や会員向け特典、操作スピードの改善などを相次いで打ち出し、ユーザーが求める体験の水準が短期間で引き上がったのです。
A社は仕様変更を打診しましたが、SIerの回答は追加費用と2ヵ月の納期の遅延との回答でした。結果としてA社は変更を断念。当初の古い計画でリリースせざるを得ず、市場からは競争力を欠いた旧世代のプロダクトと見なされる結果となりました。
なぜ要件通り作ったのに失敗するのか
SoEは、開発中もユーザーの反応をもとに機能や体験を改善し続けることを前提とした領域です。一方、ウォーターフォール契約は仕様を事前に確定させ、その通りに作り切ることを前提としたモデルです。そのため開発中の仕様変更は難しく、市場への速やかな追随が困難になります。
仕様の変更を想定されていない構造のままでは、完成した瞬間からプロダクトの陳腐化が始まってしまうのです。
現場の細かな不満に対して、迅速な改善ができない。現行業務の再現にこだわった結果、仕様が硬直化し、SoE外注では改善のスピードが失われる事態が頻発します。
現場で発生した事案
製造業B社は、営業部門の日報ツールを外部SIerに発注。現場の強い要望で「旧システムの使い勝手」を網羅的に再現するカスタマイズを依頼し、完成させました。しかし、現行の踏襲という強いこだわりがシステムの構造を極度に複雑化させてしまいます。本番の稼働後、現場から上がったUI改善などの要望に対し、ベンダーの回答は「影響範囲が広大で、数ヵ月の期間と多額の費用が必要」というものでした。
請負契約において仕様が確定している以上、変更は原則受け入れられません。結果として改善サイクルは回らなくなり、ツールは現場で活用されなかったのです。
なぜ改善サイクルが回りにくくなるのか
SoEが現場に定着するかどうかは、「使いにくい」「少し手間がかかる」といった日々の違和感に、どれだけ素早く手を打てるかにかかっています。しかし、現場の「現行業務をそのまま再現してほしい」という要望を優先したシステムは、構造が極度に複雑化し、修正が困難になります。
請負契約において、こうした修正は仕様変更として厳密な影響調査と再見積もりを要するため、現場が求めるスピードは失われます。その結果、SoEにおいて必須の改善サイクルが回りにくくなるのです。
機能は揃っているのに、現場で敬遠される。SoE外注では、仕様通りなのに使いにくいシステムが生まれてしまうこともあります。
現場で発生した事案
金融C社は社内ポータルの刷新を大手SIerへ全面委託しました。要件定義で業務フローを精緻に整理。仕様書に定義した機能を漏れなく実装することが、業務効率化につながる、と定義して開発を進めます。完成したシステムは全機能要件を満たしていました。しかし、実際の画面は操作が複雑で、直感性に欠けていました。
現場からは「どこを押せばよいかわからない」との声が上がり、窓口への問い合わせは月300件を突破。C社は膨大なマニュアル作成に追われ、本来の目的だった業務の効率化が果たせませんでした。仕様を満たしたはずのシステムは、説明なしには動かせない負債になってしまったのです。
なぜ仕様通りなのに使われないのか
ユーザーにとって使いやすいUIやUXは、紙の仕様書だけで完結するものではありません。実利用シーンを想定し、プロトタイプへの反応を見ながら調整を繰り返して初めて形になります。しかし外注契約では、仕様書の遵守が最優先になりがちです。使い勝手の微調整やUXの磨き込みは、容易にスコープ外へ追いやられます。
ユーザー不在のまま仕様だけを固める体制が、正しく構築されたが誰にも使われないシステムを生み出すのです。
基幹システムとの連携を試みた瞬間、誰も構造を説明できなくなる。これは、長年の改修の積み重ねにより仕様が文書化されず、属人化した運用が続いてきたことが要因です。過去の設計意図や処理の流れを把握していた担当者が異動や退職によって現場を離れた結果、全体構造を理解できる人材が組織から消え、知見の継承が断絶されます。
その結果、コードの解読や過去の経緯調査に膨大な時間を費やす必要性が生じてしまい、SoE開発にもっとも求められる改善速度が失われてしまう要因となるのです。
現場で発生した事案
中堅小売D社は、顧客アプリと基幹システムを連携させるCRMの刷新を外部SIerに依頼しました。当初は「データ取得は容易」との説明を受け、計画は順調に見えました。しかし詳細設計で状況が一変します。部署ごとに異なるデータ形式、過去の改修による暗黙的な項目、未整理のマッピング。こうした未知の仕様が噴出し、設計工程は際限のない手戻りに陥りました。
当初6ヵ月だった予定が大幅に超過。さらに開発中盤でベンダーの主担当が退職します。現場には「誰も全体を把握していない」という絶望的な言葉が残り、システムの構造は完全に闇に包まれました。
なぜ全体像が見えなくなるのか
レガシーな基幹システムでは、開発や運用をすすめるなかで、データの仕様や業務ロジックが属人化するケースが少なくありません。こうした状態のままでSoE開発に着手すると、外注プロジェクトは開発というよりも、既存仕様の発掘作業から始まることになります。
これを防ぐためにも、本格的な開発に入る前段階で仕様の透明化や知見の棚卸しといった備えを怠らないことが求められます。
誰が決めるのかが決まっていない。SoE外注において、PoC止まりや本番化の頓挫を招く典型的な失敗です。
現場で発生した事案
物流E社は社内対応の効率化に向け、生成AI活用のPoCを外部ベンダーと実施しました。300万円の予算で確かな手応えを得たものの、本番展開の検討で議論は迷走。目的の再定義や機能の優先順位付け、取捨選択の判断を下せる責任者が不在だったのです。利用部門の要望が膨らむ一方、情シスは決断を回避。
SIerはリスク回避のため、過剰なセキュリティと監視体制を積み上げた5,000万円超の見積もりを提示しました。結局ROIが見合わず、プロジェクトは凍結。現場には「あの検証は良かった」という虚しい総括だけが残りました。
なぜ意思決定が機能不全に陥るのか
SoEは正解を事前に固めるのではなく、試行錯誤を通じて方向性を定める領域です。そのため、プロダクト開発の方向性を決めるプロダクトオーナーの存在が欠かせません。たとえば、想定外の不具合やテスト環境の課題が発生した際に、どのリスクを受容し、どの対応を優先すべきかを判断すること。あるいは、仕様確定後に追加要望が噴出した場合に、受け入れるものと切り捨てるものの線引きを明確にすること。
こうした意思決定をタイムリーにおこなわなければ、現場の混乱やプロジェクトの迷走は避けられません。しかし、外注前提の体制では、判断という重責を負う主体が曖昧になり、責任の所在が不明なまま進行します。決定権を持つ主体が不在の組織では、際限なく要望が積み上がる事態を抑止できません。
前章で見てきた5つのアンチパターンは、個人のミスによるものではなく、SoEの性質と従来の外注モデルの乖離から生じています。この前提のギャップが、失敗につながっていたのです。ここでは探索型であるべきSoEの本質と、SIer契約の矛盾を整理し、失敗が起こる背景を浮き彫りにします。
SoEは顧客が触れる接点であり、正解を事前に定義できません。どの機能が評価されるかは、実利用を通じて初めて判明するためです。まず最小限の機能を構築し、実利用から得た行動データで仮説を更新する。SoEはこのサイクルを経て、使われながら育てていく顧客体験の基盤です。
開発と運用、そして改善は切り離せないため、ユーザーの声や行動に基づいて仕様や体験を継続的に見直すことで、プロダクトとしての価値が進化していくのです。
一方、従来の請負契約は仕様と範囲を事前に確定し、成果物を引き渡すモデルです。これは要件が明確なSoR(基幹系)では合理的に機能します。しかし、この前提をSoEに持ち込めば、破綻を招くことがあります。仕様を変更するプロセスの硬直化が改善のスピードを奪い、現行業務への執着が仕様の複雑化を招く。
これらは前章で挙げたアンチパターンの通りです。
このような失敗は、担当者の努力やスキルに起因するものではありません。そもそも、継続的な探索と改善が不可欠なSoEに対して、事前に仕様を確定させる請負契約を適用することに無理が生じています。この前提が噛み合わないまま開発を進めると、変更は例外扱いになって改善は後回しにされます。
このようなミスマッチが生じた時点で、改善の停滞は必然とも言えます。仕様の柔軟な見直しを許容しない体制では、どれほど丁寧に開発しても、変化に適応できない仕組みが最初から組み込まれてしまっているのです。
SoEの外注で生じてきた構造的なミスマッチを防ぐために必要なのは、改善と学習の主体をどこに置くかを明確にすることです。その答えとして注目されるのが、SoEの意思決定と改善の軸を自社に持つ内製化のアプローチです。ただし、ここで言う内製化とは、すべてを自社で構築することではありません。重要なのは、開発後も改善と学習を継続できる主体性を社内に持つことです。
以下では、持続的なプロダクト育成を実現するための指針を整理します。
SoEは構築して完結するシステムではありません。実利用によるユーザーの反応を踏まえ、機能やUXを微調整し続けることで初めて、生きたシステムになります。納品をもって完了とする従来の手法のまま外注に依存すれば、リリース後の改善を担う内部リソースが確保できません。
改善の停滞は、SoEにとって致命的な欠陥になります。
内製化とは、開発工程を自社で完結することではありません。社内に持つべきは、仕様の妥当性を判断し、改善案を立案・レビューできる実行力です。特に、優先順位の決定や仮説検証といった意思決定の軸は外部に委ねられません。社内に司令塔となるプロダクトオーナーを置き、判断の主体を明確化する必要があります。
この判断さえ内製化できていれば、実装工程のすべてを抱え込む必要はなくなります。実働は外部パートナーと一体で進める。この役割分担を確立して初めて、パートナーは単なる外注先から、プロダクトをともに磨き上げる存在になります。
パートナー選定の基準は、単なる技術力の高低ではありません。納品後の自社運用を前提に、内製化を見据えた設計やスキルトランスファーを含めて、改善を回せる体制をともに構築しようとする姿勢が決め手になります。SoEの成否は、リリース後の改善速度と学習量で決まります。
自社による探索・判断と、外部による実装・伴走を組み合わせることで、改善を継続的に実現していく体制が整います。
SoE領域の外注で繰り返される失敗は、変化を前提とするプロダクトの性質と、仕様確定を前提とした契約モデルのミスマッチが引き起こす構造的な問題です。本記事で整理した5つのアンチパターンが示す通り、この構造的ギャップを解消しない限り、どれほど実績豊富なパートナーを選定しても同じ問題は必ず再発します。
SoEが停滞する理由は、特定の企業や担当者の能力不足にあるのではなく、システムを一度開発して完了とする、という発想そのものに潜んでいます。リリース後も改善を継続できるか、社内に学習と判断の軸を保持できるか。成否を分けるのは、この一点です。
SoEに適した体制は、探索は内製、実装は協働という役割分担にあります。意思決定の中枢を社内に置き、アジャイルに進める外部パートナーと連携する。この体制を確立して初めて、スピード・品質・柔軟性の両立が可能となります。こうした内製実行力の重要性については、下記のコラムでも詳しく解説しています。
関連コラム:「アウトソースが、会社を空洞化させる?DXの主導権を取り戻す「内製実行力」とは」
現代の不確実なビジネス環境において、外部にすべてを委ねるモデルでは変化にキャッチアップできません。硬直化したシステムが事業の足枷となるリスクを避けるためにも、SoEを自律的に育てる視点は不可欠です。これは単なるコスト削減の手段ではなく、顧客接点を改善し、新たな価値を生み続ける組織能力の構築そのものです。
こうした観点に立てば、SoEは単なる「維持・運用のためのコスト」として扱われる存在ではありません。顧客接点を通じて学習を重ね、新たな価値を生み出し続ける領域として、従来とは異なる捉え方が求められていると言えるでしょう。
変革の第一歩は、意思決定の主体となるプロダクトオーナーを社内に配置し、開発を正しく理解し判断できる実行力を確保することです。その体制があって初めて、リリース後も改善が継続され、SoEは単発の開発成果物ではなく、価値を更新し続けるプロダクトとして機能していくのです。
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