執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

前回の記事のなかで、PMO人材の育成に重要なスキルとして、「不確実性へ対応できる変化適応力」と「ビジネスを変革するために必要な知識と実践」の2つを当社が定義していることをお伝えしました。
このうち「ビジネスを変革する」ためのスキルについては、青山学院大学が主催する社会人向けの履修証明プログラム「青山・情報システムアーキテクト育成プログラム」、通称ADPISA(アドピサ)を採用しています。
本記事では、開講当初から社内でも人気の学習コンテンツとなっているADPISAを主催する、青山学院大学 社会情報学部 学部長の宮川裕之 教授にご登場いただき、ADPISAの成り立ちやその特徴について深掘りします。さらに、当社の神尾と、これからの企業のDX内製の在り方や、DX人材に求められる能力や素養について対談形式でお届けします。
青山学院大学 社会情報学部 学部長/ADPISAリーダー
宮川 裕之 教授
青山学院大学理工学部、同研究科修了。
文教大学情報学部を経て2008年より青山学院大学社会情報学部教授、2013年より情報メディアセンター所長、2018年より同学部長。情報処理学会情報システム教育委員会委員、 情報システム学会特別顧問。

株式会社メンバーズ 専務執行役員 デジタルサービス開発本部長
神尾 武志
テレビ番組制作会社、モバイルサイト制作会社勤務を経て2011年にメンバーズ入社。メンバーズ入社後は、金融会社のサイト運営統括・リニューアルを担当し、アカウント事業部門の部門長職を経て、小売SPA企業のデジタル推進の担当責任者などを歴任。2016年10月に執行役員に就任。2023年4月よりデジタルサービス開発部門の本部長を兼任。2024年4月に常務執行役員、2025年4月に専務執行役員、「メンバーズディーエックスコンパスカンパニー」のカンパニー社長に就任。

神尾
宮川先生、本日はどうぞよろしくお願いします。はじめに、ADPISAを立ち上げられた背景をお聞かせください。
宮川教授
ADPISAの特長は、情報システムを単なるITではなく、「人・技術・組織を結びつける仕組み」として捉えている点にあります。プログラム内ではこれを「広義の情報システム」と表現しており、この考え方がADPISAの最大の特長です。

宮川教授
立ち上げの背景は、情報システムの発展の歴史と直結しています。1950年〜70年代の「第1期」はハードウェアの時代であり、電子工学や物理学を基盤とした技術者が中心でした。コンピューターを動かすこと自体が目的で、技術的完成度が重視された時代です。
続く1980〜2000年頃の「第2期」では、パソコンの普及により情報システムが企業経営の基盤となり、主役はソフトウェア開発者へと移りました。プログラマーやシステムエンジニアが業務の効率化・最適化を担い、情報化の中心を支えました。
そして、私たちが生きる「第3期」は、構造や仕組みそのものが価値を生む時代です。インターネットとスマートフォンの普及を経て、AIやクラウドが当たり前となった今、技術そのものよりも、それを前提に「社会や組織の“仕組み”をどう設計するか」が問われています。
AmazonやFacebookのような企業は、単なる業務効率化ではなく、新しい社会的構造を生み出した好例です。こうした時代の変化のなかで、ADPISAは技術を「どう使うか」ではなく、「なぜ使うのか」「何のために使うのか」という目的から構想し、それを構造に翻訳できる人材、すなわち「情報システムアーキテクト」を育成します。
大学教育を含め、多くの情報系人材育成が依然として第2期のイメージから抜け出せていません。より広い視野が必要だという問題意識から、社会情報学部が設立され、その延長線上でADPISAの立ち上げが始まり2017年に開講となりました。
神尾
DXという言葉が一般的に使われるようになったのは、新型コロナウイルスが猛威を奮った2020年前後だと思いますので、それ以前から始まっていたと知って改めて宮川先生の慧眼(けいがん)を感じます。私からは、なぜメンバーズがADPISAを取り入れたかということについて少しお話したいと思います。
PMOを育成するプロジェクトを始めた際、まず初めに「DXを推進できるPMO人材とは何か?」「そのときに必要とされるスキルやコンピテンシーは何か?」を定義することにしました。そこで参考にしたのが、IPAが提供しているデジタルスキル標準でした。
そのなかの人材像の一つとして定義されていたビジネスアーキテクトを参照すると、DXの推進に必要なのは計画を遂行する力だけでなく、変化を受け止めビジネスを構造的に捉えて変革を導く力だと捉えることができました。
これが当社がイメージするDX時代のPMO像にとても近いと思ったのです。
そのビジネスアーキテクトに必要なスキルを習得できるカリキュラムはないかと探していたところ、それとほぼ同義のISアーキテクト※2のスキル養成のための講義を開講しており、デジタルスキル標準でいう「ビジネス変革カテゴリー」に該当する学びを提供しているADPISAの存在を知りました。
そしてADPISAのコンテンツから3つの講座を当社用にアレンジし、PMO育成コースの一つである「ビジネス変革スキル講座」として展開することに決めたのです。
※2:ISアーキテクト(情報システムアーキテクト):変わりゆくビジネスに新たな価値を生み出す、人間中心の情報システムを企画・設計・運用できる人材。
| No. | カテゴリ | 研修名 | バッジスキル要件 | バッジスキル |
| 1 |
情報システム |
DXとは何か? 広義の情報システム視点でDXを設計できる人材へ |
動画視聴 |
ビジネス変革-1 「情報システム」 |
|
2 |
ビジネスモデリング |
DXに必須の構造化スキル ビジネスプロセス・データモデリングを学ぶ |
動画視聴+課題提出 |
ビジネス変革-2 「ビジネスモデリング」 |
|
3 |
ビジネスアナリシス |
チェンジ(DX)を推進するビジネスアナリシス |
動画視聴+課題提出 |
ビジネス変革-3 「ビジネスアナリシス」 |
宮川教授
ADPISAの趣旨をとてもよく理解されていて、バッチリですね。まさにADPISAが重視しているビジネスを構想・変革するためのカリキュラムである「広義の情報システム」「ビジネスモデリング」や「ビジネスアナリシス」の科目の趣旨と合致しています。
神尾
受講した社員からは「学びたかったのはこういう内容だった」という声が多く寄せられております。また、お客さまの支援にも生かされているという実感があります。
宮川教授
微力ながら、我々のプログラムがお役に立てているなら大変嬉しく思います。第1回目の記事を拝読しましたが、メンバーズさんの人材育成の取り組みについて3点が印象に残りました。
一つ目は「DXに対応できるPMO人材」を中核に据えていること。二つ目は、その人材スキルを「変化適応力」と「ビジネス変革力」として明文化したこと。三つ目は「成果の見える化」と「企業文化に合った学びのデザイン」を重視している点です。単なるスキル研修にとどまらず、「育成の構造をデザインし直す」試みでもあり、本質的だと感じました。
広い意味でPMOという職種を捉えているのだと思いますが、そういった人材には、経営・組織・技術・現場をつなぎ、顧客の意図をどのような構造に翻訳するかを把握する力が求められます。
その点で、御社の方針はADPISAの考えと通じるところが大きいと記事を読んで感じました。
神尾
ありがとうございます。話は戻りますが、DXという言葉は2020年以降に急速に広まりましたが、その状況をどのように捉えられていましたか?先生の専門である情報システム学はそれ以前から存在していたと思うのですが。
宮川教授
私も「DX」という言葉を皆さんと同じ時期に使い始めましたが、その考え方は古くから存在しており、情報システム学では1970年代から議論されていました。
技術が社会に浸透していくと、技術の洗練と同時に、それを活用する場面とのすり合わせが重要になります。
そして、技術に合わせて人間や社会の側も変化していく、と論じられていたのですね。これはDXの本質と重なります。
ですから、DXの普及をどう捉えたかというと「いよいよ来たか」というのが私の実感でした。我々が追究してきた方向性が間違っていなかったと確認できた、という想いがありました。
神尾
日本企業のDXの進め方についてのお話をしたいと思います。先生の講義でもありましたが、日本にSIerという産業が存在しているのは世界的に見ると特殊で、欧米では事業会社による内製が基本だということでした。
この点について、宮川先生は日本のDXもやはり内製化を進めるべきだとお考えでしょうか。
宮川教授
理想を言えば、事業会社側(発注者)がシステムの設計思想を担う「設計者」としての力を高める必要があり、内製化は一層進めるべきでしょう。
しかし、日本の情報産業の構造を短期間で変えるのは現実的ではありません。だからこそ、私は「日本流のDX推進」を検討すべきだと考えています。
まず事業会社側が、自社が生み出す価値を明確に見える化し、言語化することが重要です。そのうえで、専門的な技術を持つパートナー側が、その価値創造に深くコミットできるような契約形態や法制度を整備していく。また設計の段階からパートナー側が関わり、理解を深める協調関係を現実的な方向性として整えていくことが肝要だと思います。
ちなみに、ADPISAの受講者は、事業会社側とパートナー側がちょうど半々で、両者が協働しながら学び合える環境になっているので、期せずして日本流のDXに適している状況だと感じています。
神尾
事業会社とパートナーサイドの双方が共通の知識や価値観を持つことが重要だということですよね。当社もそれを重要なものとして認識しており、DXの内製を進めるためのパートナーであることを表すコンセプトとして「あたかも社員®」というものを掲げているのですが、それがお客さまである企業に支持されていると感じています。
宮川教授
先ほどのメンバーズさんの人材育成の評価のなかで、DX推進の中心人材に「PMO」を据えていることが良いという話をしましたが、日本流のDX内製化の体制に必要な人材だと感じています。
神尾
では、そのような人材に成長する、あるいは育成するためにはどのような考え方や力が必要だとお考えですか?
宮川教授
まず「自分たちは既存の仕事を効率化することを専門とする職種だ」という考え方から卒業することです。というのも、多くの業務の仕組みは、ITが普及する以前、つまりノンデジタルな発想のもとで設計されたものだからです。まず、その仕組み自体を時代に合わせて再設計するという視点が必要です。
そしてそこには経営・組織・技術・現場を“つなぐ”という発想が欠かせません。これは従来のIT技術者の領域外と考えられがちですが、むしろ誰かがその橋渡しを担わなければなりません。DX推進の鍵は、まさにその役割を果たせる体制や組織をどう構築するかにあります。
神尾
先生の講義で印象的だったのが、新宿駅の自動改札機の例えです。ITだけの観点で考えると、「切符を切るロボット」を作る発想になりがちですが、人の動きや流れまでを含めて全体を設計すると、今の自動改札機のような形になる。まさに構造を再設計するお話しだと感じました。
宮川教授
おっしゃる通りです。目に見える業務を効率化するだけでは、本質的な変革にはなりません。「そもそも、なぜこの業務が必要なのか」と問い直すことで、業務そのものを変える、あるいは不要にするという発想に至る場合もあります。
神尾
今のお話にあった「構造の再設計力」は、昨今のAIが進化している状況において、より重要なコンピテンシー・スキルになるのではないでしょうか?
宮川教授
はい。生成AIの登場で第3次AIブームは実用性を伴う段階に入りました。今後、分析などの手法はAIに任せられる部分が増えるでしょう。だからこそ、人間はAIが苦手とする領域を徹底的に鍛える必要があります。
AIが苦手なのは、“目的”や“価値”を考える部分です。AIは既存の情報を圧縮・再構成するに過ぎず、その枠を越えて全く新しい発想を生み出すことはできません。既存の考えの延長上でしか答えを出せないのがAIの宿命的な限界であり、その枠を打ち破ることができるのは人間だけです。
業務にAIが導入されると、答えを出す部分はAIに置き換わります。すると、それに関連するほかのプロセスや役割の構造を再設計せざるを得なくなる。つまり、AI導入は「構造の再設計」を促す明確なきっかけになるのです。
これは、私が繰り返し主張してきた「構造の再設計が必要だ」という命題が、現実となって表れてきたということです。この変化を教育プログラムに活かしていく必要性を強く感じています。
神尾
構造の再設計に関する重要性はよく理解できました。一方で、それが理解できたとしても、冒頭でお話のあった「ソフトウェアを使いこなせばよかった」時代から「構想を設計することが求められる」時代へ移ってきたときに、従来のITシステムを扱ってきた人たちの意識や認識を変えるのは難しいように感じます。社会人のリスキリングという観点からはいかがでしょうか。
宮川教授
マインドセットを変えるには、体系的な学びが不可欠です。ADPISAを始める前に、ある企業の「スーパーSE養成講座」を担当しており、その主目的もまさに意識改革でした。テクニカルな知識は学べばすぐに使えるようになり、受講者にとって達成感が得られやすく、反応も良いものです。しかし、それだけでは発想そのものは変わりません。
物事の見方や考え方を変え、新しいアイデアを生み出す力を養うには、中長期的に体系立てて学ぶ時間が欠かせません。ADPISAのカリキュラムには一定の時間を体系的な学びの部分に割り当てています。とはいえ、日常業務ですぐに使える実践的な要素もないと実務で使えませんので、意識的に「実践と体系的な学び」のバランスを重視しています。

神尾
最後になりますが、AIの普及といった社会の変化も踏まえ、今後ADPISAをどのように発展させていきたいとお考えでしょうか。
宮川教授
教育をさらに進化させるという点で、複数企業や自治体と共同で人材育成プロジェクトを立ち上げる、一種のコンソーシアムのような形を考えています。教育を提供する側/受ける側という線引きをせず、育成したい人材像について企業側から提案をいただき、我々と一緒に教育プログラムを共創していく体制が作れたら理想的です。
もう一つは、学びのエコシステムの構築です。教育と社会をつなぐ部分を、より形あるものにしていきたい。現在もいくつかの企業と連携を始めていますが、これを単なる連携に終わらせず、学習する構造として育てていきたいです。企業ごとの多様なニーズを我々が受け止め、カリキュラムに反映していく。そのプロセスを通じて、エコシステム全体がより良いものになっていくと考えています。
最後にメンバーズさんへエールを送るとすれば、DXを組織文化として組織のなかに根付かせる発想を、さらに進めていってほしいです。組織文化として定着させることが、日本の企業には必要不可欠になるので、その一つのモデルになってほしいなと思います。
神尾
我々自身が体現しながら当社のお客さまにも広げていき、一つでも多くのDXの成功例を作れるように頑張りたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
本対談でも触れていただいたとおり、メンバーズでは「DXを組織文化として根付かせる」ことを重視し、現場に寄り添ったPMO支援に取り組んでいます。単なるプロジェクト管理にとどまらず、組織の変革に必要な仕組みづくり・人材育成・コミュニケーション設計まで一貫して支援することで、お客様のDX推進を継続的にサポートしています。
DXの推進や組織変革にご関心をお持ちの方は、DXチーム変革支援サービス「Dyna-Logue」を提供しておりますので、ぜひ一度ご覧ください。
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。