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株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
PoCは本来、ビジネスアイデアの実行可能性を見極め、本格的な実装につなげるためのステップです。ところが、PoCがプロジェクトの終点となり、成果につながらないまま放棄されてしまうケースも少なくありません。
この現象は決して一部企業に限った話ではありません。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が2024年に発表したレポートでは、「PoCを超え、実際のビジネス価値を生み出すために必要な能力を備えている企業は、わずか26%にとどまる」※1と明記されています。裏を返せば、74%の企業はPoCを超えて価値を生み出せていない。PoC地獄に直面している企業が多数を占めているのです。
BCGが示したのは、「PoCの先へ進めるかどうかは、組織としての力にかかっている」という論点でした。一方、GartnerはPoC後にプロジェクトが放棄される具体的な理由を明らかにしています。Gartnerは、2024年におこなった調査から「2025年末までに、生成AIプロジェクトの少なくとも30%がPoC後に放棄される」と予測。その背景として、データ品質の低さ、リスク管理の不備、コストの増大、ビジネス価値の不明確さといった、運用やガバナンス面の課題を挙げました※2。
PoCを実行できても、それを支える組織体制が整っていなければ、実装もスケーリングも価値創出もままならないという現実が浮き彫りになっています。PoCが失敗する要因は、技術の欠如だけではありません。価値につなげる構造を描き、実装へと導く橋渡し役──その存在がチームに不在という点にあります。
多くの企業がPoCを構築しながらも、その先の実装・価値創出に至らない。その背景には、組織構造の課題が横たわっています。PoCを支えるべき仕組みを整理し、その上で、実装へと橋渡しを担う人材像に迫っていきましょう。
PoCの段階では、一部に小さな成功が得られることもあります。しかし、そこからスケーリングに踏み出せない企業が多いのは、PoCの成果が組織内で孤立してしまう構造的な壁があるためです。経営と現場、IT部門と事業部門、さらには外部パートナーまでを含めた横断的な連携が欠けていると、PoCの成果は局所的なものにとどまり、全社的な判断に結びつきません。PoCは動いたものの、活かされない。その断絶が生まれてしまいます。
1章で挙げたBCGのレポートでは、AIを実装・拡張する際の障壁のうち、約70%が「人とプロセス」によるものと分析されています。テクノロジーそのものの問題は全体の2割、アルゴリズムに至っては1割程度に過ぎません。PoCで停滞する企業の多くは、運用体制やガバナンス設計といった動かすための構造が整っていないのです。
一方で、成果を出している企業では、変革管理、業務フローの最適化、人材育成、デジタル・ガバナンスの確立といった、組織横断的な能力の構築を優先的に進めています。PoCは仮説検証の場にすぎません。その後の実装に向けては、ステークホルダー同士の橋渡しを可能にする人材の配置と、共通言語で動けるチーム設計が不可欠です。
PoCで成果を出しても、それを事業全体へと展開できない背景には、「つなぐ人材」がいないという組織的なウィークポイントが挙げられます。PoCをスケーリングにつなげるには、テクノロジーだけでなく、ビジネスとIT、現場と経営を横断して結びつけられる人材の存在が不可欠なのです。
たとえば、PdM(プロダクトマネージャー)は、何をつくるか、なぜつくるかを定義し、PoCの成果をビジネス価値に転換する設計責任者です。PoCで得られた示唆をプロダクトへと昇華させ、ユーザー・経営・開発の間で合意形成を進める価値の設計者と言える存在です。
加えて、業務プロセスの再構築を担うBPR担当、システム実装をリードするテックリードやソリューションアーキテクトも、PoCと本番導入の間にある断絶を埋める要となる人材です。これらの職種が連携し、PoCを事業に統合可能な形で設計・展開することで、初めてスケーラビリティが見えてきます。ビジネス全体の構造設計を担い、技術導入を全社的な価値創出へと導く「ビジネスアーキテクト」も、今後その役割が注目される人材の一つでしょう。
Deloitteのレポートでは、生成AIを本格導入し、業務やサービスに実装するための取り組み(=GenAIイニシアティブ)を推進した企業のうち、約2割が30%以上のROIを達成。さらに、全体の74%が「期待通り」または「それ以上」のROIを上げていると報告されています。また、そうした先進企業の67%は、GenAIの取り組みを業務プロセスに中程度以上統合していることも明らかになっています※3。
これは、PoCで止まらず価値創出に至っている企業は、人材をどう配置するかだけでなく、PoC成果をどこにどう組み込むかという構造設計も含め、戦略的に整えていることを意味します。PoCを点で終わらせず、線や面に展開できるか──その分岐点には、ブリッジ人材の有無が大きく関わっています。
PoCを構築するスキルと、それを本番導入・スケールまで持っていくスキルは、まったくの別物です。PoCでは、迅速なプロトタイピングや実験的アプローチ、仮説の検証といった、トライアルのスキルが重視されます。一方、本番への導入フェーズでは、信頼性の高いインフラ設計、他システムとの統合、スケーラビリティ、運用コストへの配慮といった運用視点が不可欠です。
この違いを、スイスのテクノロジー企業Visiumは、「PoCは迅速な実験が中心だが、本番導入には堅牢なインフラ、モニタリング、スケーラビリティ、信頼性が必要であり、そのギャップを埋めるためにはMLOpsの導入が欠かせない」と指摘しています。MLOps(Machine Learning Operations)とは、AIモデルの開発から本番展開、運用、保守までを一貫して管理・最適化するためのエンジニアリング手法で、近年注目を集めています。
さらにVisiumは、「多くの企業はPoC構築に優れたデータサイエンスチームを持ちながら、モデルを本番に統合・維持するためのMLエンジニア、MLOpsスペシャリスト、ソフトウェアエンジニアが不足しており、このスキルギャップが一般的なボトルネックになっている」とも述べています。
PoC地獄を抜け出すには、構築スキルだけでは不十分です。本番運用を見据えたエンジニアリング視点を、初期段階から設計に組み込むことが欠かせません。PoCの成功を動いたかどうかで測るのではなく、持続可能な形で実装できるかという基準に再定義する必要があります。
PoC地獄の構造や要因が明らかになった今、次に目を向けたいのが、すでにPoCをスケールさせ、実装・価値創出へと結びつけている企業がどのような取り組みをおこなっているかです。ここでは、海外の調査や企業事例をもとに、組織力と戦略的な体制整備のあり方を見ていきます。
PoCで立ち止まらず、スケーリングや実装に結びつけていくためには、人材戦略とともに、組織全体の設計思想そのものを見直す必要があります。BCGのレポート「The Keys to Scaling Digital Value」では、デジタル価値をスケールさせる企業に共通する3つの成功要因として、以下が挙げられています。
C-Suite Alignment
CEO、CIO、CDO、CMOなど、経営層が共通のビジョンを持ち、デジタル変革を推進していること。調査では、デジタルリーダー企業の72%が経営層の明確な連携を実現しているとされています。
Building Capabilities
成功企業は、単に技術導入を進めるのではなく、データからのインサイト生成、クラウド活用、人材のスキルアップといった組織能力の底上げに注力しています。特に、クラウドネイティブアーキテクチャの設計や、全社的なアップスキリングプログラムの展開が成果につながっています。
Always-On Execution
デジタル変革を一過性のプロジェクトではなく、継続的な実行と改善の文化として根づかせていること。アジャイル型のプロダクトチームや、デジタルコントロールタワーによる全体監視など、実行を止めない仕組みが重要視されています。
これらの要素はすべて、PoCで止まらず、実装・定着させるための組織力として機能しています。PoCを単発の検証で終わらせないためには、こうした全社レベルの連携、能力構築、持続的な仕組み化が欠かせません。
Gartnerの「CDAOサーベイ(2025年)」によれば、グローバル全体ではCDAOの3分の1が「データ・アナリティクス・AIの成果を測定できない」ことを最大の課題に挙げていると報告されています※6。一方、日本においては「企業文化」や「専門人材の不足」など、組織面の要因が主な障壁として指摘されています※7。
こうした違いは、PoC段階の停滞にもつながっています。成果の定義や価値の可視化が難しい状態では、PoCの先に踏み出す意思決定がおこなわれにくく、初期段階で足踏みしてしまう──。これはグローバル・日本共通の構造的な課題と言えるでしょう。この断絶を乗り越えるためには、経営層を巻き込んだ明確なデータ・AI戦略と、それを支える部門横断の協業体制の構築が求められます。PoCを進めるだけではなく、意味づけを強調し、導線設計を担う仕組みを考えなければなりません。
PoC地獄からの脱出路は、PoCが動いたかどうかではなく、その設計段階から実装とスケーリングの先まで見据える視点を持てるかどうかにあります。技術やテーマを選定する段階で、将来的な運用体制やKPIの設計、本番導入に必要な資源・組織体制までを視野に入れていく。PoCの設計そのものを、実装可能性にコミットしたものへとアップデートする必要があります。
PoCを単なる検証の場ではなく、戦略と実装を橋渡しする中継点として再設計すること。ここで問われるのが、チームにジョインする「プロフェッショナル人材」です。この人材には、現場の業務理解、技術要件の整理、経営層との対話力、社内外の調整力など、複数の視点を持ち合わせた高度な設計力が求められます。
PdM(プロダクトマネージャー)、業務改革のリーダー、テクノロジーアーキテクト、ビジネスアーキテクト──いずれの職種も、PoCを「現場で使える価値」に変換し、組織内に実装していくための翻訳者であり、推進者です。PoC段階でこうした人材を適切に投入し、その後のフェーズに向けた導線を設計しておくこと。それが、PoCを動かす現実的な出発点になるのです。
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