執筆者紹介

株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
「PoCは成功したのにAIの実装が進まない」「ツールは入れたが定着しない」。そのようなケースが、さまざまな業界の現場で見られます。多くの場合、その原因は技術そのものではなく、業務構造やデータ環境の不備にあります。
問題となるのが、PoC段階では見えにくい業務構造やデータ構造の未整備です。AIを業務で活かすためには、技術を導入するだけでなく、それを受け入れる土台の整備が欠かせません。属人化や例外処理の多さも、AI活用を阻む大きな要因です。紙や口頭に依存したプロセス、暗黙知に基づく判断、標準化されていない業務フロー。これらが当たり前になっている業務環境では、AIの導入がかえって混乱を招くこともあります。EYの調査でも、企業の67%が「データや業務のインフラ未整備」をAI導入の障壁として挙げています。
こうした構造的な課題は、かつてのBPRブームで多くの企業が直面した失敗と重なります。そこには、現在にも通じる教訓があります。1990年代、ERPやネットワーク技術の普及とともにBPRが注目されましたが、多くの企業は既存の業務をそのまま自動化するにとどまりました。このような姿勢は、米国で「牛の踏み跡を舗装する(paving the cow path)」と表現されたように、非効率なプロセスを見直すことなくデジタル化する危うさを象徴しています。
現場に目を向けてみても、AIを活用するには、AIで処理可能な業務構造になっているかを問い直す視点が欠かせません。業務の棚卸しと再設計、すなわちAIに引き渡せる状態を整えることが、実装を成功させる前提条件です。
AI導入の障壁として、意外と見落とされがちなのが、業務構造が不透明であることです。属人処理や例外対応が常態化し、プロセスが暗黙知に依存している。このような現場では、AIを活用するための土台がそもそも整っていません。
自社の業務全体がどのように流れているのか、どこに判断ポイントがあり、誰がどう処理しているのか。これらが把握されないまま、ツールだけを導入しても、期待した効果は得られず、かえって混乱を招くことになります。
そこで、AI活用を見据えた最初のステップとして「業務の棚卸し」が重要になります。これは、現行プロセス(As-Is)を構造的に洗い出し、可視化・整理する作業です。棚卸しを進める過程で、属人化している判断や例外処理の所在、ルール化できる業務、そしてAIを適用する余地がクリアになっていきます。
業務を可視化したうえで、目指す姿(To-Be)を設計する。現状把握と設計の二段構えこそが、AI時代のベーシックな業務設計になるのです。
米大手金融機関Wells Fargoは、2024年から2025年にかけて、AI活用を前提としたローン業務の抜本的な再設計に取り組みました。このプロジェクトでは、紙や口頭による対応、属人処理、例外対応などを洗い出し、業務の棚卸しを実施。その結果、プロセスをルール化・標準化し、RPAとAIを段階的に導入しました。
具体的には、AIベースのドキュメント認識やリスク評価モデルを活用し、ローン承認にかかる時間を従来の5日から10分に短縮。処理エラーは75%削減され、顧客満足度と審査精度の向上も実現しました。この取り組みは、AI導入の前提として業務を整えることの重要性を示しています。
属人化や例外処理が多い業務環境では、AIの効果を最大限に引き出すことは困難です。Wells Fargoの事例は、業務の棚卸しから始め、標準化・再設計を経てAIを段階的に活用するという、AI時代のBPRモデルの好例と言えるでしょう。
AIを導入する前に必要なのは、どこに使うかではなく、使える状態かを見極めることです。業務フローが整理・可視化されていなければ、AIをどこに適用すべきか、適用すべきでないかの判断すらつきません。
ツールを入れれば変わるのではなく、業務を整えなければ変わらない。この前提を共有できるかどうかが、AI活用の成否を大きく左右します。BPRの本質は、単なる効率化ではなく、業務の再設計を通じて、技術を確かな成果へと変換する営みに他なりません。
AI導入の成否は、業務そのものをどう定義し直すかにかかっています。業務構造に立ち戻る視座こそが、今後のDX推進において不可欠なスタンスです。
業務フローの棚卸しを経て、次に問われるのは業務の再設計です。AIを活かす業務改革に求められるのは、単なる効率化ではありません。業務構造そのものを、AIに適したかたちへと再設計する思想が求められます。
ここで、欧米の研究機関やコンサルティングファーム、先進企業の取り組みを分析し、AIを前提としたBPRに共通する3つの原則を整理しました。いずれも、AIを現場で機能させるための実践的な視座です。
原則 | 要点 |
1.業務を分解して考える | プロセスを構成要素に分解し、AIと人の役割を見極める |
2.業務をデータで捉える | 紙や口頭を脱し、業務をデジタルに流れる構造へ変換 |
3.現場で回る設計を優先する | 完成形より可動性を重視。段階導入と改善サイクルを内包 |
AIを活用するためには、業務をそのまま扱うのではなく、細かな構成要素にまで分解して捉える必要があります。たとえば処理や判断、例外対応といった単位に分けることで、AIが担える領域と、人の関与が必要な領域を明確にすることができます。
Stanford大学の研究機関であるStanford HAIも、人とAIの協働を設計するためには、プロセスを分解し、それぞれの役割分担を明確にすることが不可欠だと提言しています。またMcKinseyは、自動化の適性評価として、処理頻度・例外率・データ構造の3点を挙げ、こうした条件を見極めることがAI導入成功の鍵になると指摘しています。
AIはあくまで、データで動く技術です。紙や口頭で進められるアナログな業務は、AIとつながることができません。そのため、業務をデジタルで流れる構造に転換することが、活用の前提となります。
IBMは、BPRの初期フェーズとして「プロセスのデジタル化・標準化・非構造情報の整理が重要である」と提唱。また、情報抽出・文書処理技術を提供するABBYYは、「AI導入の成果は、前処理と情報整備の有無で大きく変わる」とし、データ基盤の整備がパフォーマンスを左右すると強調しています。
AIを導入しても、現場で運用できなければ意味がありません。だからこそ、業務設計では理想的な完成形を追うのではなく、今すぐ動かせる構造、いわば可動解を優先すべきです。初めから完璧を目指すのではなく、小さく始めて改善を繰り返す。その柔軟性こそが、成果を左右します。
グローバルIT調査会社のForresterは、生成AIやRAG、ナレッジグラフ、自律エージェントなどの技術によって、「継続的学習と改善がAI運用の新たなスタンダードになりつつある」と指摘。リアルタイムでの観測・解釈・学習・フィードバックが可能になることで、「AIは実験ではなく継続的な業務最適化の中核へと進化している」と述べています。業務プロセス改善支援ツールを展開するNavviaも「業務設計の成功は、段階導入とフィードバックループによって支えられる」とし、動く業務を設計する重要性を強調しています。
グローバル物流大手のDHLは、物流拠点における荷物仕分け業務に対して、AIとロボティクスを活用した業務再設計を進めています。この取り組みは単なる自動化にとどまらず、業務を細かく分解・再設計し、人とAIの最適な役割分担を構築するというBPRの視点が貫かれています。
まず、荷物仕分け業務を工程単位で詳細に分類し、どこをAIに任せるか、どこに人が関与すべきかを明確化。続いて、DorabotやAddverbといったAIロボットを導入し、バーコード認識や3Dカメラを活用した自動仕分けを実装しました。
その結果、仕分け対象は、AIが処理できる定型業務と、人の判断を要する例外処理に再編成されました。小型・定型荷物はAIが自動で仕分け、例外的なケースや大型荷物は人が対応するという、ハイブリッドな設計が実現。この再構成により、仕分け業務の効率は40%以上向上し、誤仕分けの大幅な削減にも成功。加えて、作業者の負荷軽減と戦略業務へのシフトも進み、現場の生産性と柔軟性の両立を実現しています。
この事例が示すのは、業務を機能単位で分解・設計し直すことで、現場で機能する技術としてAIを実装できるということです。このような業務再設計は、AI時代のBPRの有効なアプローチの一つといえるでしょう。
AI時代の業務改革で問われるのは、どこにAIを使うかではありません。本質は、AIが機能するように業務の構造を組み直すことにあります。どれだけ高性能なツールを導入しても、業務が分解・構造化されていなければ、AIは定着せず、現場の混乱を招くリスクさえあるのです。
1990年代に一大トレンドとなったBPRには、抜本的な業務改革というイメージが強く根づいています。しかし、AI時代におけるBPRの役割は大きく変化しました。AIに業務を引き渡すには、プロセスを明確にし、判断の分岐点や例外の所在を構造化しておく必要があります。業務で円滑にAIが機能するためには、明確なプロセスの設計が不可欠です。BPRはもはや改革の旗印ではありません。実装のための整地プロセスであり、AIが機能する業務環境を整えるための準備工程そのものです。
業務改革は、業務の見える化から始まります。現状の業務を構造的に棚卸し、プロセスを明確にする。そのうえで、人とAIの役割分担を再設計し、小さく導入して磨いていく。これはDHLやWells Fargoといったグローバル企業だけでなく、あらゆる組織に通じる実装の共通ステップです。
これらの実践が物語るのは、準備としてBPRを捉えるという視点が、実装を成功に導くということです。いきなり理想形を描くのではなく、現場で回る最小形から始め、フィードバックとともに育てていく。単発の施策にとどまらず、業務改革を運用文化へと昇華させる。そのためのアプローチと言えるでしょう。
「業務が変わらなければ、AIは活きない」
この気づきを自社のプロセスに照らして考えることから、業務棚卸しを起点としたBPRの実践が始まります。AI活用の可能性は、業務を整える「人の手」に委ねられているのです。
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