執筆者紹介
株式会社メンバーズ
株式会社メンバーズは、「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、顧客と共に社会変革をリードするデジタル実装パートナーです。

企業内部における生成AIの活用は、急速に定着し始めています。提案書の骨子や営業リストの作成などは数分で用意でき、作業のスピードが上がったことは間違いありません。
作成は早くなる一方、AIが出してきたものをチェックするコストは高まっています。
AIが生成する文章や資料は、大抵の場合、論理に破綻がありません。文法は正しく、構成も整っており、それらしい根拠も並んでいます。しかし、一見して間違っているものよりも、一見して正しそうに見えるもののほうが、確認に時間がかかります。
要点を捉えているように見えて論点がずれている、根拠のロジックが一部破綻している、参照すべき文脈の一部が抜け落ちている。こうした欠陥は、パッと読んだだけでは見抜けません。結果として、内容を精査する側の負担が、作成にかかった時間を上回ってしまう場面が増えています。
「AIスロップ(AI Slop)」とは、質より量を優先して大量に作られた、目的性の薄い生成AIコンテンツを指す言葉です。英語の「slop(家畜の餌、残飯)」に由来する俗語として、2020年代に広まりました※1。
これら生成AIによる大量のアウトプットが議論を呼んでいます。アラン・チューリング研究所研究員のKommersらの2025年の論考「Why Slop Matters」では、AIスロップを一方的に切り捨てるべきではないという立場をとっています。人間の生産能力を超えるほど細分化された需要が世のなかには存在しており、AIスロップはそれをほぼゼロコストで満たす手段になっている、という主張です※2。
一方でアムステルダム大学助教のSaxらは、2026年の論考「Why AI Slop Matters, but Not Like That」でこの見方に反論しています。個人の好みを満たしているかどうかだけを見ていると、大量生産されるコンテンツがもたらす社会的なコストが見えなくなる。プラットフォーム企業への権力集中や、環境への負荷、データの扱い方といった問題を無視してしまう危険がある、という指摘です※3。
実際、AIスロップが役に立つ場面もありますが、その量があまりにも増えたことで、個人の便益では説明しきれない副作用が出始めているのも事実です。
皆さんがよく使われている検索環境についても、AI生成コンテンツが確実に増えています。スタンフォード大学、インペリアル・カレッジ・ロンドン、Internet Archiveが共同でおこなった調査では、Wayback Machineに保存された33ヵ月分のウェブページを分析した結果、2025年半ば時点で新規公開されたウェブサイトの35.3%がAIによって生成または支援されたものだったことが分かりました。ChatGPTが登場する前は、この割合はほぼゼロでした※4。
また、SEOツールを提供するAhrefs社が2025年4月に90万ページを対象におこなった調査でも、新規公開ページの74.2%に何らかのAI生成コンテンツが含まれていました。純粋にAIだけで作られ、人の手が一切入っていないページは2.5%に留まっており、大半は人とAIの共同作業だったという点は補足しておきたいところです※5。
実際これらのリサーチでは、AIが含まれる割合が高いことと、そのサイトの質や信頼性が低下していることの間に、統計的に明確な関係を見つけられていません。「量が増えた」ことは間違いありませんが、それだけで「ネット全体の質が落ちた」と結論づけるのは早計です。
ただし、検索結果の上位に限ると、話は少し変わってきます。Originality.aiが継続的におこなっている調査によると、Google検索の上位20位に含まれるAI生成コンテンツの割合は、2019年2月時点でわずか2.27%でした。それが2025年7月には過去最高の19.56%まで上昇し、2025年9月時点でも17.31%という高い水準を維持しています※6。
検索結果の話だけでも十分に厄介ですが、実はもう一段深刻な事態が進んでいます。Googleの検索結果に表示される「AI Overviews」、いわゆる生成AIによる要約回答が、その根拠としてAI生成コンテンツを引用するケースが増えているという調査結果です。
Originality.aiの分析によると、健康、金融、法律といった人の生活や資産に直結する領域(YMYL領域)のキーワードにおいて、AI Overviewsが回答の根拠として引用しているウェブ文書のうち10.4%がAI生成コンテンツでした※7。
さらに、引用元の構造を見ると気になる点があります。引用リンクの48%は検索結果の上位100位以内のページから取られていますが、残りの52%は上位100位圏外のページから取られています※8。そして、上位100位以内から引用された文書のAI生成率は7.7%であるのに対し、上位100位圏外から引用された文書のAI生成率は12.8%まで上がります※7。
つまり、検索エンジンが長年かけて構築してきた品質フィルターをきちんと通過したページよりも、そのフィルターの外側にあるページのほうが、AI生成コンテンツである確率が高いということです。それにもかかわらず、AI Overviewsはその両方を区別せずに根拠として提示しています。AIが書いた不確かな情報を、別のAIが要約し、それをさらに人が「検索エンジンの回答」として受け取る。この循環がすでに動き始めています。情報空間が汚されているという感覚は、比喩ではなく、こうした引用構造のなかに具体的な形で現れています。
AIによるアウトプット量の増加は、生成AIモデル自身の性能にも影響を及ぼしはじめています。Google DeepMind研究員のShumailovらが2024年にNature誌で発表した研究では、AIが生成した合成データを次の世代のAIモデルの学習に使い続けると、モデルの性能が段階的に、かつ元に戻せない形で劣化していくことが示されました。これは「モデル崩壊(Model Collapse)」と呼ばれる現象です。
初期の段階では、学習データのなかでもとから出現頻度の低い情報、いわゆる分布の裾野にあたる少数派のデータや稀な表現から失われていきます。厄介なのは、この初期段階では標準的なベンチマークの数値に大きな異常が出ないという点です。全体としては問題なく動いているように見えるため、異変に気づくのが難しくなります。
世代を重ねてこの劣化が進むと、モデルはやがて異なる概念を混同するようになり、最終的には意味の通らない出力しか返せなくなります。この構造は「自分自身の排泄物を食べて弱っていく」状態にも例えられ、生成AI業界が自ら生み出したスロップによって、将来のモデルの学習環境を汚染してしまうという逆説を示しています※9。
人間が持つ一次データの価値は、こうした状況のなかでむしろ上がっていくと考えられています。量で押し切る発想は、短期的な効率と引き換えに、将来の学習データという経営資源そのものを損なうリスクを抱えています。
生成AIの活用における問題は、モデルの性能だけではなく、電力というもう一つの見えにくいコストにも目を向けておく必要があります。Hugging Faceの研究チームによる計測では、文章を分類するような識別系のタスクに比べて、文章や画像を新しく生成するタスクは、同じ回数の処理あたり平均で10倍以上のエネルギーを消費することが分かっています※10。さらに、近年広まっている「推論(Reasoning)」機能を備えたモデルは、非搭載のモデルに比べて平均で30倍の電力を消費します。また、同一モデルのなかで推論機能を有効にした場合は、無効にした場合と比べて150倍から700倍のエネルギーを消費するという結果も出ています※11。
こうした消費の積み重ねは、データセンター全体の電力需要にそのまま反映されます。国際エネルギー機関(IEA)の推計では、世界のデータセンターの電力消費量は2026年までに1,000 TWhを超える見通しです。これは単一の国の年間電力消費量として見た場合、日本と同じ規模に相当します※12。
一つひとつのやり取りで使う電力は小さくても、それが積み重なれば、企業の温室効果ガス排出量(特にAI利用に伴うScope 3排出)に無視できない影響を与えます。サステナビリティ経営が前提となっている今、AI活用による電力消費や環境負荷は、CSR報告やESG開示の対象として管理すべき項目の一つになってきています。便利さの裏側にあるこのコストは、AIスロップというゴミの増加と地続きの問題であり、環境対策の観点からも見過ごせないテーマです。
同じ構造の問題は社内でも起きています。BetterUp LabsとStanford Social Media Labが2025年に米国のフルタイム従業員1,150人を対象におこなった調査では、低品質なAI生成物に「ワークスロップ(Workslop)」という名称がつけられています。これは、一見良さそうに見えるものの、実質的な検討や判断材料になっていないAI生成のアウトプットのことです。調査対象者の約40%が、過去1ヵ月以内にワークスロップを受け取ったと回答しており、1件あたり平均で2時間の手直しが発生していました。
この手直しの時間は、単純な作業コストだけでは済みません。ワークスロップを受け取った回答者の54%が「イライラした」と答え、22%は「不快に感じた」と回答しています。さらに、受け取った側の約半数が、提出した相手のことを「創造性や信頼性に欠ける」と評価するようになったと答えており、業務の手戻りが人間関係の信頼にまで影響を及ぼしていることが分かります※13。
日本国内でも、生成AIの活用を会社として推進している企業は東京商工リサーチの調査で20.3%に達しており、すでに5社に1社を超える規模です※14。導入自体は進んでいますが、現場の実感としては、データの出所が不確かな提案書や、文法は正しくても論理構成が破綻している営業資料への対応に追われているという報告も出ています※15。作成にかかる時間は数分に短縮されても、その内容を検証する時間がそれを上回ってしまえば、組織全体で見た生産性はむしろ下がります。
もう一つ見過ごせないのが、差別化の消失です。同じAIツール、似たようなプロンプトを使えば、出てくる提案書や資料は自然と似通ったものになります。見た目の綺麗さや文章の精密さは保たれていても、そこに競合他社と差をつける独自の視点や顧客理解が載っていなければ、商談の場での競争力にはつながりません。効率化のつもりで使ったAIが、結果的に自社の強みを薄める方向に働いてしまう。これがワークスロップの厄介な副作用です。
文章や資料だけでなく、コードの世界でも似たことが起きています。AIとの対話を重ねながら、とりあえず動くものができるまで開発を進めるスタイルは「バイブコーディング」と呼ばれ、米国の開発者の間では92%という高い採用率に達しているという調査結果があります※16。
ただし、動くことと安全であることは別の話です。470件のオープンソースのプルリクエストを分析した調査では、バグ密度が人間が書いたコードの1.7倍に達していました※17。別の調査では、AI生成コードの45%に何らかのセキュリティ上の欠陥が含まれていると報告されており※18、実在しないライブラリをそのまま読み込ませてしまう「パッケージ・ハルシネーション」を起点にしたサプライチェーン攻撃も増えているとされています※19。
個人開発やプロトタイプの段階であれば、動くところまで素早く到達できるこのやり方にも十分な価値があります。ただ、金融、医療、製造業のように、判断の根拠を説明できることそのものが法的・実務的に求められる領域では、話が変わってきます。融資審査や保険の支払い判定、医療画像の診断支援といった場面では、なぜその結果になったのかを説明できないブラックボックスのまま運用することが許されにくく、説明可能なAI(XAI)への関心が高まっているのもこうした背景からです。
知的労働の一部を効率化する分には有効な手法が、そのまま製品や意思決定の根幹に持ち込まれると、検証しきれないリスクを抱え込むことになります。ここでも問われているのは、AIに何を任せるかではなく、どの判断を人間が最終承認するかという設計です。たとえば、AIが提示したロジックの前提を人が検証する、外部に公開する前に第三者がレビューする、セキュリティ診断を経てから本番環境に反映する。こうした承認プロセスを、省略しないことが重要です。
では、AI活用そのものを控えるべきかというと、すでにその選択肢は存在しません。AIをどれだけ使いこなせるかが、企業の競争力そのものを規定する時代に入っています。問題はAIを使うことではなく、その「使い方」です。
BetterUpとStanfordが12,000人規模でおこなった別の調査では、AIに対して高い当事者意識と楽観性を持って向き合う従業員を「パイロット」、恐れや消極性など否定的な感情からAIの利用を避けようとする従業員を「パッセンジャー」と分類しています。この調査によると、パイロットタイプの従業員は、パッセンジャータイプに比べて3.6倍生産性が高いという結果が出ています※20。
同じツールを使っていても、結果には大きな差が出ます。今後、AIを使いこなせる人とそうではない人の間で、能力格差はますます大きくなるでしょう。その差を生んでいるのは、AIの性能ではなく、人間がどの工程を自分の判断として残すかという設計です。出てきたものをそのまま使うか、要点を検証してから使うか。この手間の有無が、最終的な成果物の質を分けています。
ネット上のAIスロップ、検索結果の引用構造、モデル崩壊、電力消費、社内のワークスロップ、コーディングのブラックボックス化。ここまで見てきた現象は、それぞれ別の事象に見えますが、原因となる根っこは同じです。「AIを入れれば、誰でも同じように速く、同じように良いものが作れる」という前提を我々は疑わなければなりません。AIスロップもワークスロップも、この前提を疑わずにツール利用を促した結果、量は増えたが質を保証する仕組みが伴わなかったという症状にすぎません。
AIによって同質化が進むなかで競争優位を作れる企業とは、AIを一度導入して終わりにするのではなく、プロダクトも組織も人材の使い方も、AIを軸に継続的に作り変え続けられる企業です。ここでいう「作り変える」とは、ツールを入れ替えることではありません。
自社のデータが、そもそもAIに読み取られやすい形で整理されているか。意思決定のプロセスが、AIの出力を都度人間が検証できる粒度に分解されているか。組織の評価基準が、アウトプットではなく、検証と設計にかけた工程を評価する形になっているか。これらを一つずつ作り替えていく投資とマインドチェンジこそが、AI活用の本質であり、組織のAXです。
AIスロップが量産される組織と、AIを駆動力に変えられる組織を分けるのは、目先のツール活用の巧拙ではありません。データ、組織、意思決定プロセスをAIが働きやすい形にどこまで作り替えられているか。そこに、ここから数年の競争優位の源泉があるはずです。
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