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AIが変えた企業の認知戦とは?ブランド担当者が知るべきナラティブ戦略

AIが変えた企業の認知戦とは?ブランド担当者が知るべきナラティブ戦略

投稿の頻度もクリエイティブの質も、去年より確実に上がっている。それでも「思ったように伝わらない」「バズっても評判にはつながらない」という感覚に覚えのあるSNS担当者は多いかもしれません。

この感覚は、SNS担当者のスキルの問題ではありません。SNSでの認知の奪い合いは、いつのまにか「投稿」単位の勝負から、ブランドがどう語られ、どう解釈されるかという「ナラティブ」の奪い合いに変わってきています。そしてこの変化を後押ししたのが、生成AIです。

政治・安全保障の領域では、人間の思考や感情そのものを標的にする「認知戦(Cognitive Warfare)」が、陸・海・空・宇宙・サイバーに続く「第6の戦場」として研究対象になっています。情報量が爆発的に増えている現代において、企業のSNS運用も、同じ戦場に立たされていると言えます。本稿では、認知戦の構造から日本企業が学べる実践知を、AIが変えた情報環境とあわせて整理します。

目次

ただ投稿しているだけでは伸びないSNS

投稿の本数は減らさず、むしろ増やしているし、クリエイティブの品質も、去年より明らかに上がっている。にも関わらず、フォロワーの反応やリーチが伸び悩んでいる。あるいは、競合のオンラインでの存在感は高まっているが、自社ブランドへの評価や実際の売上につながっている感触がない。

このような課題意識は、SNS担当者のスキルの問題として受け止められがちですが、実際、個々の投稿のクオリティを上げることと、SNS上で自社がどう認知されるかは、別のゲームになっている可能性があります。個別の投稿の改善ではなく、より広いスコープで自社のSNSを捉える必要があります。

認知戦とは何か

視点を変えるヒントの一つに「認知戦」があります。人の思考や感情そのものを標的にして行動を変えようとする「認知領域」での争いは、軍事・安全保障の専門家の間で、陸・海・空・宇宙・サイバーに続く新しい戦場として研究されています※1

本来の意味では、政治や安全保障の文脈で用いられる用語ですが、情報量が爆発的に増えている現代において、認知戦について学ぶことは企業のブランディング・マーケティングにおいても有用です。

認知戦は情報戦の一部

「情報戦」は、平時・戦時を問わず情報面で自分たちに有利な状況を作るための発信活動全般を指す大きな括りです※2。そのなかに「影響工作」(世論や意思決定に働きかける活動)や「心理戦」が含まれ、さらにそのなかでも人間の思考・感情という認知の部分を直接狙うものを「認知戦」と呼びます※3

情報戦における認知戦の位置づけ情報戦における認知戦の位置づけ

つまり認知戦は、情報戦という大きな枠組みのなかの、もっとも人間の内側に近い部分を扱う手法のことを指します。この考え方は、もともと企業のマーケティングのために生まれたものではなく、国家間の対立や選挙をめぐる争いのなかで、体系化されてきた概念です。

分断と不信を煽るための技術

認知戦という言葉が定着した背景は、決してポジティブな文脈ではありません。相手国の社会のなかに分断や不信を醸成し、意思決定や結束そのものを弱体化させることが、本来の目的です。イスラエルの諜報機関出身のイタイ・ヨナト氏は著書のなかで、認知戦のことを「相手の思考や感情という心理的な部分を揺さぶり、情報操作によって行動を変化させようとする戦いの形」だと説明しています※4

日本でもすでに認知戦の事例は現れ始めています。2024年の東京都知事選と兵庫県知事選が、SNSが選挙結果を左右した国内の代表例として各メディアで取り上げられています。東京都知事選では、無所属候補がSNSを中心とした発信で有力候補を上回る得票を集め、兵庫県知事選では、議会の不信任決議を受けて一度失職した候補が、SNS上で擁護の声が広がるなかで再選を果たしました※5。いずれも、従来型のメディアでは説明のつかない規模の民意の動きが、SNSを通じて起きています。

台湾では、2024年の総統選に向けて、中国が偽情報の拡散や現地の協力者を通じた影響工作を展開したことが、複数の調査機関や報道で指摘されています※6。台湾の若者に人気のあるプラットフォーム上で、政治とは無関係な話題を発信して支持者を集めたアカウントが、後になって政治的な主張を拡散し始める、といった手口も確認されています※7

アメリカでは、2016年の大統領選でのケンブリッジアナリティカによる有権者データの不正利用が世界的な議論を呼んだのを皮切りに、2024年の大統領選では、大統領候補のイメージダウンを図るために「マイクロターゲティング」というAIによるマーケティング手法が使われました※8※9

SNSにおける認知戦から企業が学べること

ここまでの内容だけを読むと、分断や不信を煽る認知戦を企業のマーケティング手法に応用するという発想そのものに違和感を持つかもしれません。しかし認知戦の手法ではなく、情報流通の構造を学ぶことは、企業のSNS担当者・ブランド担当者にとって有益です。人がどのような情報の運ばれ方に説得されるのか、どのような発信のされ方に信頼を寄せるのか、という原理自体は、中立的な知識です。

社会の不信を煽るための技術や構造を、企業は真逆の方向、つまり顧客との信頼を積み上げ、ブランドという一つのまとまったナラティブに結束させる方向で使うことができます。

ネガティブキャンペーン・ディープフェイク

SNS認知戦の射程の長さを知るには、企業に対するネガティブキャンペーンやディープフェイクについても知ることが重要です。SNS上で切り取られた発言や画像が文脈を無視して拡散し、不買運動に発展する。経営陣の音声や映像が加工され、本人が言っていない発言をしているかのように広まる。公式アカウントを騙るなりすましアカウントが顧客を誤った情報に誘導する。

直近では、2026年5月、韓国のスターバックスがおこなった販促キャンペーンが、同国の民主化運動の歴史的な事件を揶揄していると受け止められ、SNS上で批判が急拡大しました。最高経営責任者(CEO)は解任され、大統領までがSNS上で言及するほどの騒動に発展しています※10

また、2019年には、英国のエネルギー会社のCEOが、ドイツの親会社CEOの声をAIで模倣した電話を受け、緊急の取引先支払いだと信じて22万ユーロ(約4,000万円)をハンガリーの取引先に送金してしまった事件が、AI音声によるなりすまし詐欺として世界で初めて報告されています※11

こうした出来事は、それぞれ別のリスクとして扱われることが多く、広報部門はレピュテーション対応として、情報セキュリティ部門はなりすまし対策として、それぞれ独立して動くケースがあります。しかし発生源をたどれば、どれも「あるナラティブを、SNSというインフラを使って企業の意図しない形で流し込む」という同じ構造の出来事です。

※1:出典「海上自衛隊 作戦情報群」(海上自衛隊・2026)
※2:出典「令和6年版防衛白書 2 認知領域を含む情報戦などへの対処」(防衛省・2024)
※3:出典「What Is Cognitive Warfare in Modern Information Wars?」(Repsense・2026)
※4:出典「『認知戦 悪意のSNS戦略』イタイ・ヨナト 奥山真司」(文藝春秋・2025)
※5:出典「ディープフェイクの脅威:民主主義と社会を揺るがすAIの進化」(ニッポンドットコム・2024)
※6:出典「Taiwan’s Election: PRC Interference and Its Implications for the 2024 Election Landscape」(Center for American Progress・2024)
※7:出典「How a Chinese marketing network quietly injects political narratives into Taiwanese lifestyle content」(RSF・2026)
※8:出典「AG Racine Sues Mark Zuckerberg for Failing to Protect Millions of Users' Data, Misleading Privacy Practices」(Office of the Attorney General for the District of Columbia・2022)
※9:出典「Social Media, Disinformation, and AI: Transforming the Landscape of the 2024 U.S. Presidential Political Campaigns」(SAIS Review・2025)
※10:出典「BBC News記事」(BBC News)
※11:出典「Fraudsters Used AI to Mimic CEO’s Voice in Unusual Cybercrime Case」(The Wall Street Journal・2019)

認知戦の争点は「投稿」ではなく「ナラティブ」

拡散すれば真実になる、という厄介な構造

もともと「情報戦」という言葉が指してきたものの中心は、偽情報の拡散そのものではありません。自分たちに都合のよい「物語」、つまりナラティブを広めることのほうが主眼にあります。偽情報はそのナラティブを補強するための一つの手段にすぎません。

この構造は、SNSの上ではさらに厄介な形になります。ある投稿が拡散すればするほど、それは「多くの人が支持している」という印象を与え、内容の正しさとは無関係に影響力を持ってしまいます。拡散量が、いつのまにか「正しさ」の代理指標として捉えられるリスクがあります※12

企業のSNS運用に置き換えると、これは決して他人事ではありません。「バズった」という結果は、フォロワーの目には「このブランドはこう評価されている」という解釈として映ります。担当者が意図したメッセージと、実際に拡散の過程で定着したナラティブがずれてしまえば、投稿は伸びても評判はコントロールできません。

※12:出典「Exposure to social engagement metrics increases vulnerability to misinformation」(Harvard Kennedy School Misinformation Review・2023)

ナラティブを運ぶ手段

ナラティブを運ぶには3つの型がありますが、これはSNS運用のテクニックではありません。目的はどれも同じで、あるナラティブをいかに速く、深く、フォロワーの解釈に定着させるかという一点を目指しています。手法から入るのではなく、まず自社が定着させたいナラティブを決めた上で、3つの手段を参考にしてください。

1.量と速度で場を制する

ロシア型プロパガンダの逆説

米国に本部を置く非営利の政策シンクタンクRANDが2016年に分析した、ロシアの現代的なプロパガンダモデルには「firehose of falsehood(虚偽の消火栓)」という名前がついています。その特徴は、1.発信チャネルと発信量が圧倒的に多いこと、2.内容の真偽にこだわらないこと、3.速報性が高いこと、そして4.一貫性を気にしないことです※13

これは広報や情報発信の常識からすると逆説的に見えます。真実性、信頼性、一貫性を積み上げることが良い発信だと教わってきたPR担当者からすれば、真偽も一貫性も気にせず量だけを追う手法が機能するとは考えにくいでしょう。

しかし、RANDの分析は、この一貫性のなさこそが対抗を難しくしていると指摘します。あまりに多くのチャネルから、速く、繰り返し流れてくる情報に対しては、受け手は一つひとつを検証する余力を失い、量そのものに説得されてしまうということです。

企業がSNS投稿に活かすには

この構造を企業のSNS運用に持ち込む場合、当然「真偽を気にしない」という部分は関係ありません。企業が転用できるのは、「量」と「反復」の部分です。つまり、自社が発信する正確でぶれのないナラティブを、量と反復によって顧客のなかに定着させ、結束と信頼を築くことにあります。

例えば月に1〜2回程度の発信では、現在の多様化するタイムラインにおいて十分な情報量とは言えないでしょう。企業が認知戦を戦い抜くためには、一定量の確保も大切です。

実務的には、SNSのアルゴリズムは、投稿直後ほどの初期エンゲージメントの速度と密度を見て、その後の表示範囲を広げるかどうかを判断しています※14。そのため、一つの磨き上げた投稿より、複数のチャネル、複数のフォーマットで反復して、狙ったナラティブを発信し続けるほうが、アルゴリズムの評価にも、フォロワーの記憶への定着にも効きやすいでしょう。

また、多チャネル展開そのものも重要です。同じ主張を自社の複数のSNS、オウンドメディア、広報リリースなど別のチャネルで繰り返し目にすることは、内容以前に「あちこちで言われている」という説得力を生みます。

※13:出典「The Russian "Firehose of Falsehood" Propaganda Model」(RAND Corporation)
※14:出典「How TikTok Recommends Content to New Users」(TikTok Shop Academy・2025)

2.信頼をアウトソースする

マイクロインフルエンサーが選挙を動かした理由

2024年の米大統領選は「最初の本格的なインフルエンサー選挙」と評されています※15。両陣営が力を入れたのは、フォロワー数の多い著名なインフルエンサーだけではなく、フォロワー数は数千から数万程度でも、特定のコミュニティのなかで強い信頼を持つ「マイクロインフルエンサー」を通じた情報発信でした※16※17

その理由はシンプルです。有名人による推薦は、フォロワーからは「広告」として受け止められやすい一方、コミュニティ内で日常的に発言しているマイクロインフルエンサーの推薦は、身近な誰かの意見として受け止められます。

同じメッセージでも、誰が発したかによって信頼度がまったく変わります。ある調査では、若年層向けの候補者討論会を数万人規模のテレビ視聴が追いかけたのに対し、インフルエンサー経由の発信は同じ層に毎日数百万人規模でリーチしていたと報告されています※18

内容以上に、誰が語るかが重要

情報操作の研究者は、影響工作を理解する枠組みとして「アクター(誰が)」「手法(どう広げるか)」「コンテンツ(何を言うか)」という3つの要素に分解して考えます。企業のインフルエンサー活用も、この分解で見直す価値があります※19

多くの企業は、まず「コンテンツ」(何を伝えたいか)を決めて、そこから逆算して「拡散力のあるアクター」を探すという順番でインフルエンサーを選んでいます。

しかし信頼をアウトソースするという発想に立つなら、自社が定着させたいナラティブに対して、すでにそのテーマで信頼されているアクターは誰かを先に探し、その人が自然に語れる形にコンテンツを合わせたほうが効率的です。またインフルエンサーを探す際は、フォロワー数よりも、そのアクターと自社のナラティブがどれだけ地続きに見えるかのほうが重要です。

3.物語に体験を埋め込む

懸賞キャンペーンが効かなくなった理由

「フォロー&リポストで抽選プレゼント」という形式のキャンペーンは、SNSマーケティングの定番として長く使われてきました。短期間でフォロワー数とリポスト数を一気に伸ばせるという意味では、いまでも即効性はあるでしょう。ただし、この手法には構造的な弱点があります。参加者の多くは賞品目当てで、ブランドそのものへの関心は薄く、キャンペーンが終わればフォローを外す、あるいはアカウントを非アクティブにするユーザーが一定数出ます※20

SNSのアルゴリズムはこうしたフォロワーの離脱やエンゲージメントの急落を見ており、結果としてアカウント全体の評価を下げることにつながる場合もあるでしょう。こうした懸賞キャンペーンでは、認知(インプレッション)は一時的に膨らみますが、ナラティブは作れません。フォロワー数が伸びても評判につながらないという感覚は、こうした施策の積み重ねから生まれている場合も多いです。

保存やDMが教えてくれる「自分ごと化」のシグナル

短期的なキャンペーン施策に対して定着率が高いのは、エンタメ性と物語性を組み合わせたコンテンツです。最近だと、縦型のショートドラマと連動したキャンペーンなどは、ユーザーに感情移入と視聴完了を促し、ブランドの世界観そのものを体験として浸透させています※20

ここで重要なのは、アルゴリズムが評価するシグナルの種類が変わってきていることです。「いいね」のような瞬発的な反応よりも、視聴を最後まで続けたか、保存してあとで見返そうとしたか、友人にDMで送りたくなったかという行動のほうが重く評価されます※21

これらは単なる興味ではなく、ユーザーが自分の生活や関係性のなかにその物語を持ち込みたいと思った証拠です。ナラティブが「自分ごと化」された瞬間を数値で捉えるなら、いいねの数ではなく保存数や、DMなどのインタラクティブな要素を見るべきです。

※15:出典「If 2024 is the “Influencer Election,” Where’s the FEC?」(Tech Policy Press・2024)
※16:出典「How AI Is Shaping Influencer Use In U.S. Political Elections」(Forbes・2025)
※17:出典「Influencer Impact: How Audiences Drove The 2024 US Election」(Infegy・2024)
※18:出典「Inside Biden’s Influencer Campaign」(Semafor・2023)
※19:出典「Invisible Rulers: Information Warfare and Public Trust」(Stanford CASI・2026)
※20:出典「フォロワー獲得から「熱量向上」へ。企業の課題を解決する「ショートドラマ連動キャンペーン」のメリットと成功事例」(ガイアックス ソーシャルメディアラボ・2026)
※21:出典「How Instagram ranks posts: Adam Mosseri explains the algorithm」(exchange4media・2024)

防御戦としてのナラティブ:「認知を取る」から「認知を守る」へのシフト

ここまで見てきた「量で押す」「信頼をアウトソースする」「物語に体験を埋め込む」は、いずれもナラティブを自社に有利な方向へ運ぶための手段です。しかし、同様に自社を不利な状況へ追い込むナラティブとして機能するリスクもあります。実害を伴ったナラティブが生まれる前に、事前に脅威を取り除くためのブランドリスクの管理体制を築きましょう。

訂正は思い込みには勝てない

不本意なナラティブが広がったとき、多くの企業がまず考えるのは「正しい情報を出して訂正する」ことです。しかし人間の心理には、一度形成した印象に依存する性質があります※22。確証バイアスと呼ばれるこの傾向は、丁寧に作られた訂正文であっても、最初に広まった物語を完全には消し去れないことを意味します。

さらにSNSでは、訂正が届くタイミングそのものが遅れます。最初のナラティブが十分に拡散したあとで訂正を出しても、訂正そのものが元のナラティブほどの拡散力を持つことは稀です。事後対応という発想自体に、構造的な不利が組み込まれていることを認識しましょう。

後手に回らないために「先に語っておく」という発想

事後対応と事前対応によるブランド防衛プロセスの比較事後対応と事前対応によるブランド防衛プロセスの比較

危機対応の現場でよく起きるのは、状況を把握し、事実を確認し、社内の承認を経て公式な声明を出す、という手順を踏むうちに、SNS上ではすでに別のナラティブが定着してしまっているという事態です。観察してから判断し、判断してから行動するまでのサイクルの速さで、相手側に後れを取れば、ナラティブの主導権は握れません。

対抗策として有効なのは、事後の訂正ではなく、あらかじめ語っておくという発想です。自社の事業や製品について、どのような歪んだ解釈が生まれやすいかを平時から想定しておき、正確な事実やCSRの文脈を先回りして継続的に発信しておきます。

これは何かが起きてから危機管理するのではなく、何かが起きる前の免疫づくりに近いと言えます。攻撃を受けた後に強い訂正を出すより、攻撃を受ける前に自社のナラティブを定着させておくほうが、はるかに効率がいいでしょう。つまり、企業は顧客との信頼関係を事前に築いておくことがさらに重要になっていると言えます。

※22:出典「The Debunking Handbook 2020」(University of Nebraska-Lincoln / DigitalCommons@University of Nebraska - Lincoln・2020)

AIはナラティブの土俵をどう変えたか

AI時代のブランド認知サイクルAI時代のブランド認知サイクル

生成AIによって、誰もが大量のコンテンツを低コストで作れるようになりました。SNSとウェブ上の情報量は、担当者が投稿を1本増やすかどうかを気にしている間に、どんどん膨れ上がっています。

情報空間に対する生成AIの影響は、1.情報が増えすぎた結果、誰が「代わりに選んで見せてくれるか」の重みが増したこと、2.その選ぶ側であるAI自身が、企業のナラティブを長期にわたって記憶し、再生産する存在になったこと、の2つです。

検索から編集へ

検索エンジンは、これまで無数の候補をユーザーに提示する存在でした。どのページを開くかを決めるのは、あくまでユーザー自身。一方、ChatGPTやGoogleのAI Overviewsのような生成AI検索は、情報を整理し、限られた候補だけを選んで提示する「編集者」に近い役割を果たします。

この変化は企業にとって、ゲームのルールチェンジを意味します。これまでの認知形成は「どれだけ多くの人に接触できたか」で測られてきました。テレビCMの視聴率、広告のインプレッション、SNSのリーチはすべてこの発想の延長にあります。

しかし生成AIが編集者としてブランドの候補を絞り込む時代には、「どのようなブランドとして理解されているか」のほうが競争力を左右します。接触数を追うだけでは、AIという編集者に選ばれるとは限りません。

SNS対応が、数年後のAIの回答を決める

もう一つ、ブランド担当者が見落としがちな時間軸があります。SNSやウェブ上に広がったネガティブな評判や誤った情報は、放置すれば次世代の生成AIの学習データや、AIが参照するデータベースに取り込まれます。その結果、当時のインシデントが解決してから何年も経ったあとでも、AIがユーザーに対して古い、あるいは誤ったブランド像を語り続けるという事態が起こりえます。

これらは従来の「炎上対応」の感覚とは根本的に異なります。目の前の火を消せば終わりではなく、その火の記録がAIの記憶として長期間残り続けます。今日のSNS対応の巧拙が、数年後にAIが自社をどう紹介するかにまで影響する、という前提で危機管理を見直す必要があります。

ダークソーシャルへの移行

もう一つの情報環境の変化は、公開された場でのやり取りが減り、DMやクローズドなコミュニティでのやり取りが増えているということです。ユーザーは、誰の目にも触れる場での発言や批判のリスクを避け、信頼できる友人や特定のコミュニティのなかで、購買や評価に関わる本音の情報交換をするようになっています※23

これは企業にとって二重の意味を持ちます。ポジティブなナラティブがユーザー自身の手で親密な輪のなかに運ばれていくのであれば、それはSNS上の可視化されたリーチよりも強い説得力を持ちます。

一方、ネガティブな情報が同じ場所で広がった場合、企業側がその兆候を外部から早期に検知することは著しく難しくなります。見える場所の指標だけを追っていては、認知の実態を見誤る時代になっているとも言えるでしょう。

※23:出典「Brands capitalizing on the rise of dark social」(GWI・2023)

ナラティブを通して認知を獲得するには

情報が爆発的に増え、AIがそのなかから何を選ぶかを左右する時代に、自社のナラティブを埋もれさせないためには何が必要か。ここまでの議論を踏まえて、3つの提言に整理します。

攻めと守りを同じテーブルで設計する

ここまで見てきたように、認知を取るための手法と、認知への攻撃に対応する手法は、同じ構造の表裏にすぎません。ところが多くの企業では、認知を取る側はマーケティング部門、認知への攻撃に対応する側は広報やリスク管理部門と、組織が分かれたままになっています。

まず取り組みやすいのは、両部門が定期的に同じテーブルで自社のSNS上の状況を共有する場を作ることです。マーケティング側が把握している最新のエンゲージメント動向と、リスク管理側が把握している潜在的な脆弱性やすでに出ている不穏な言及を、同じ場で突き合わせ、攻めのナラティブ設計と、守りのプリバンキング(Prebunking:ユーザーが偽・誤情報に触れる前に偽情報拡散の手口を知ることで心理的耐性を作ること)を、同一の戦略の上で動かせる体制を作ることが、最初の一歩です。

手法をナラティブに従属させる

量で押す、信頼をアウトソースする、物語に体験を埋め込む。この3つの型は、それぞれ単体でも一定の効果を持ちますが、本稿で繰り返し述べてきたように、これらは目的ではなく手段です。まず「自社をどう語られたい存在にしたいか」を言語化し、そこから逆算して、量・信頼・体験のどれを、どのチャネルで、どの順番で使うかを決めます。

この順番を逆にすると、投稿は伸びてもブランドの解釈は積み上がりません。投稿案を考える前に、まず「今、自社に定着させたいナラティブは何か」を確認する習慣を、企画会議のルーティンに組み込んでおきましょう。

SNSとAI、両方から「選ばれる情報源」になる

最後に、SNSの外側で起きている変化にも目を向けておきましょう。生成AI検索は、情報を絞り込んで提示する編集者的な存在になっています。SNS上での認知が高くても、AIが参照する一次情報が整っていなければ、AIという新しい編集者に選ばれる情報源にはなれません。

具体的には、自社サイトの構造化データの整備、体験談やレビューといった一次情報の充実、そして何より、ネガティブなナラティブが放置されたまま学習データに残ってしまわないよう、平時からの発信を怠らないことです。SNSとAI検索は別々の戦場ではなく、同じナラティブが流通する一つの情報環境として捉えたほうがいいでしょう。

認知戦から学ぶナラティブの構造

「認知戦」や「ナラティブ」という言葉は、SNS担当者の日常からは少し遠く聞こえるかもしれません。しかし振り返れば、その実態は「投稿を増やす」「信頼できる人に語ってもらう」「感情に残る体験を作る」「悪い評判が広がる前に手を打つ」という、多くの担当者が日々考えていることの延長線上にあります。変わったのは、これらを個別のテクニックではなく、一つのナラティブを軸とした、一貫した設計として見直す視点があるかどうかです。

本稿で紹介した量による拡散や、真偽を気にしない発信の手法は、あくまで構造を理解するための材料であり、企業がそのまま実践すべき手法ではありません。虚偽の情報を流すこと、事実を歪めることは、短期的な効果があったとしても、長期的にはブランドが積み上げてきた信頼そのものを損ないます。学ぶべきは、どのような構造が人の認知に働きかけるかという原理です。

投稿の数字を追う前に、自社がどう語られたいかを一度立ち止まって言葉にすること。それが、自社のナラティブを通じてブランドをコントロールする出発点です。


※本コラムは、2026年8月時点の公開情報をもとに構成したものです。

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

株式会社メンバーズは、「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、顧客と共に社会変革をリードするデジタル実装パートナーです。

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