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次世代モビリティの主導権はどこへ?「自動車×AI」が描く国内外メーカーの勝ち筋

次世代モビリティの主導権はどこへ?「自動車×AI」が描く国内外メーカーの勝ち筋

テスラが人型ロボットの量産に踏み出し、中国メーカーが驚異的なスピードでEV市場を席巻し、スマホメーカーまでもが自動車を発売する。かつて「100年に一度の変革」と呼ばれた自動車産業の転換は、今や「10年単位」ではなく「1〜2年単位」で競争軸が書き換わるフェーズに突入しています。


本記事では、圧倒的なデータ量で攻めるテスラや垂直統合でコストを抑えるBYDなど、海外有力プレイヤーの最新戦略を紐解きます。 その上で、日系メーカーが「安全の哲学」や「社会インフラ構築」を武器に、いかにしてこの荒波を乗り越えようとしているのか、その勝ち筋を整理しました。

目次

なぜ今、自動車産業でAI活用が必要なのか

自動車産業にとってAIはすでに「将来の話」ではありません。2024年の世界自動車市場に占めるEV比率は約20%に達し※1、EV Volumesの予測では2030年には43%超になるとも見込まれています※2。EVの普及はエンジンという参入障壁を下げ、ソフトウェアとAIを武器にした新興勢力が市場に次々と参入する構造変化をもたらしました。

より本質的な問いは、「自動車そのものの価値定義が変わっていくなかで、誰が競争のルールを握るか」という覇権争いです。ハードウェアとしての車両品質・安全性・耐久性は、引き続き日系メーカーの強みです。しかし、消費者が車に求める価値の重心は、走行性能やデザインから「コネクテッドサービス」「自律走行体験」「AIパーソナライズ」へと移行しつつあります。この価値シフトに乗り遅れた企業は、優れたハードウェアを持ちながらもコモディティ化するリスクに直面します。

さらに、AIの進化は製造現場にも波及します。工場内の品質検査や在庫管理へのAI導入、製造ロボットによる自律的なデータ収集と学習は、製造コストと品質の新たな競争軸を生み出しています。また、車両がインターネットに深く接続されることで生じるサイバーセキュリティリスクへの対応は、今や製品安全と不可分な経営課題となっています。

※1:出典「Trends in electric car markets – Global EV Outlook 2025」(IEA・2025)
※2:出典「Global EV Outlook – December 2025 Update」(EV Volumes・2025)

フィジカルAIの進化が変える自動車の定義

近年、米NVIDIA社が提唱している「フィジカルAI」の進化が自動車産業へ大きな影響をもたらしつつあります。フィジカルAIとは、カメラやレーダーなどのセンサーから取り入れた周囲の情報をもとに、自律的に行動するAIを指します。

この進化が自動車にとって何を意味するか。端的に言えば、「車が周囲の世界を理解して判断する」ことが可能になるということです。従来の先進運転支援システムが「車線を検知してハンドルを修正する」ものだとすれば、フィジカルAIを搭載した車両は「工事中で車線が消えていても、周囲の車の流れと現場状況から適切な経路を自分で判断する」ことができます。

政府もこの変化に対応し始めています。経済産業省・内閣府は2025年以降、フィジカルAIを日本の成長戦略の重点領域として位置づけ、自動運転への応用も含めた官民投資ロードマップの策定を進めています※3

自動走行で培った技術のロボット転用

フィジカルAIの台頭は、自動車の概念的な再定義を引き起こしています。テスラが進める人型ロボット「オプティマス」の開発は、自動車の自律走行で培ったAI・センサー・アクチュエータ技術を、「歩いて作業するロボット」に転用するものです。移動するハードウェアに知能を持たせる技術は、車輪の有無を問わず共通の基盤を持ちます。自動車産業の競合は、もはや自動車メーカーだけではありません。

※3:出典「内閣府と経産省、第2回AI・半導体ワーキンググループ開催 バーティカルAIなどへの投資を議論」(日本自動車会議所・2026)

自動運転の今

米国・中国:社会実装が「日常」になりつつある

YouTubeチャンネル「Waymo」より

米国では、Waymoがサンフランシスコ・フェニックスなどで無人ロボタクシーの商業サービスを展開しています。同社の完全無人での累計走行距離は、2025年12月時点で1億7,070万マイル(約2億7,400万km)に到達しており※4、「タクシーを呼ぶ」感覚でロボタクシーを使う生活が現実のものになっています。

中国では百度の「Apollo Go」が北京・武漢など複数都市で商業運行を展開し、グローバル展開も加速させています。2026年2月時点での累計自律走行距離は3億kmを超え、うち完全無人走行が1億9,000万km、累計乗車数は2,000万回を突破しました※5

この圧倒的な実走行データの蓄積が、AIの精度向上に直結します。自動運転AIは「エッジケース(想定外の状況)」との遭遇を繰り返すことで賢くなります。現実世界での走行データを大量に集め、それを学習させてさらに精度を高め、データを集めるという「データ飛輪」が、先行者優位を指数関数的に拡大させる構造になっています。

日本:技術力は高いが、規模とスピードで差が開く

日本では2023年4月1日に改正道路交通法が施行され、レベル4(特定条件下での完全自動運転)が解禁されました※6。しかし、実装の規模は海外と比べると大きな差があります。日本での自動運転は原則として特定のルート・特定の天候条件に限定されており、汎用性の確保はまだ先の話です。

規制当局が安全性の担保を最優先にするアプローチは社会的信頼の形成に寄与しますが、データ蓄積スピードの観点では不利に働きます。

自動運転分野における米国・中国と日本の現状比較 
比較軸 米国・中国 日本
自動運転レベル 商業サービスでレベル4が複数都市で進行 2023年4月解禁も限定エリア・ルートが中心
累計走行データ量 Waymoは約2億7,400万km超、Apollo Goは3億km超 実証実験ベースで数万〜数十万km規模
規制スタンス イノベーション優先・アジャイル法整備 安全性と社会的受容性を最重要視した慎重なルール整備
ビジネスモデル ロボタクシー商業運行による収益化が進行中 移動サービス実証段階、収益化モデルは模索中
参入プレイヤー テック企業・自動車メーカー・スタートアップが競合 自動車メーカー中心、通信・ITとの連合体制
※4:出典「Waymo Safety Impact」(Waymo・2026)
※5:出典「Baidu Apollo Go robotaxi 300,000 weekly rides, expands to South Korea」(CnEVPost・2026)
※6:出典「道路交通法の一部を改正する法律の施行について(令和5年4月1日施行)」(警察庁・2023)

海外プレイヤーが描く新たなモビリティ像とは?

海外の有力プレイヤーは、「自動車を作る会社」という既存の枠組みを自ら壊し、モビリティの定義とルールそのものを塗り替えようとしています。

海外自動車メーカー戦略比較

 
メーカー 戦略のコア 具体的なアプローチ
BMW(ドイツ) 「製造×走行」のAI深化 iFACTORY戦略でAI制御の完全電動工場を稼働。「Neue Klasse」で車載AIとSDVを刷新。Personal Pilot L3を市販化
BYD(中国) 垂直統合による「コスト」と「製造」の絶対優位 バッテリーから半導体まで内製化。EVとAI自動運転を一体開発し、モビリティインフラの覇権を狙う
テスラ(米国) 完全自律化で人間から運転を奪う FSDのサブスク収益化と膨大な走行データでAIを進化させるデータ飛輪戦略。人型ロボット「オプティマス」でロボット産業へ参入
シャオミ(中国) 家電・スマホ・クルマの完全統合 MIエコシステムを車内に持ち込み、デジタルライフとシームレスに連携。低価格・高体験で自動車の家電化を推進
ファーウェイ(中国) 裏からの業界支配プラットフォーム戦略 車体を作らず自動運転OS・LiDARなどを他社に提供する「ファーウェイ・インサイド」戦略
現代自動車グループ(韓国) ロボティクス×ハードウェアの融合 ボストン・ダイナミクス買収でロボット技術を取得。走る・歩く・飛ぶを横断するモビリティ総合企業へ変革

BMW(ドイツ):高付加価値路線を守りながらAIを深化させる

BMWのAI戦略は、「走る体験の進化」と「製造の知能化」の両輪を同時に回す点に独自性があります。走行領域では、2024年8月に量産車として世界で初めてレベル2とレベル3を同一車両に統合した「BMW 7シリーズ」を市場投入しました※7。次世代先進運転支援システムの開発にはAWSをクラウド基盤として採用し、自動運転プラットフォームの構築を加速させています※8

製造領域では、工場全体をデジタルツインで設計・シミュレーションしてから建設するアプローチを採り、NVIDIA Omniverse上で工場レイアウトや物流をリアルタイムに最適化しています※9。全工場でAI・デジタルツインを軸とする「iFACTORY」戦略を展開し、既存の高付加価値ブランドの強みを守りながら、製造コスト削減と走行体験向上の両立を図る欧州プレミアムブランドならではの現実的な戦略として注目されます※10

BYD(中国):垂直統合でコストと製造の絶対的優位を築く

主要コンポーネントを内製化するBYDの強みは、圧倒的なコスト競争力と品質管理の一貫性です。BYDは2024年にEVの生産台数でテスラを上回り※11、続く2025年にはBEVの年間販売台数でも約225万台を記録してテスラの約163万台を抜き、名実ともに世界最大のBEVメーカーとなりました※12

BYDが目指すのは、「良質なモビリティを世界中に安価に届けるインフラ」の覇権です。自動運転技術の内製化も急ピッチで進めており、「コストパフォーマンスの良いクルマを作る会社」から「モビリティインフラを支配するプラットフォーマー」への転換を図っています。日本市場への乗用車参入も果たし、国内メーカーにとっても無視できない競合になりつつあります。

テスラ(米国):完全自律化で人間から運転を奪う

テスラの長期ビジョンは、EVメーカーから「AIとロボティクスで世界を自動化する企業」への進化です。完全自動運転ソフトウェアをサブスクリプションで販売し、世界数百万台に及ぶテスラ車両から毎日膨大な走行データを収集してAIを磨き続ける。この「ハードウェアがデータ収集機として機能する」ビジネスモデルは、他の自動車メーカーが簡単に模倣できない構造です。

さらにテスラは、自動車で培ったフィジカルAI技術を人型ロボット「オプティマス」に移植し、工場の自動化・サービス業への応用を目指しています。

シャオミ(中国):スマホ・家電・クルマを完全統合する

2024年3月に自動車市場に参入したシャオミSU7は、発売後24時間で約9万件の受注を獲得しました※13。シャオミの強みは、スマートフォン・スマートTV・スマート家電で構築したエコシステムをそのまま車内に持ち込める点にあります。

このデジタルライフとの統合体験を、競合他社より大幅に低い価格帯で提供する。自動車の「家電化」とも言えるこのアプローチは、価格・体験の両面から既存メーカーの価値基準を揺さぶるものです。

ファーウェイ(中国):裏からの業界支配を狙う

ファーウェイは自ら車体を製造せず、自動運転OS・車載コンピューティング基盤・LiDARシステムを他の自動車メーカーに提供する「ファーウェイ・インサイド」戦略を展開しています。

半導体輸出規制を受けながらも自動運転向けチップの内製化を加速させ、自動車産業の「頭脳と神経」を握るプラットフォーマーとしての地位を確立しようとしています。

現代自動車グループ(韓国):ロボティクスとモビリティを一体で開発する

2021年にボストン・ダイナミクスを評価額11億ドルで買収した現代自動車グループは※14、四足歩行ロボット「スポット」や人型ロボット「アトラス」の姿勢制御・動的バランス技術を、自動車の運動制御に応用する研究を進めています。

さらにUAM(都市型航空モビリティ)への参入も本格化させており、自動車・ロボット・空飛ぶクルマをフィジカルAIの基盤技術で束ねる「モビリティ総合企業」への転換を描いています。

※7:出典「BMW combines levels 2 and 3 in automated driving」(BMW Group・2024)
※8:出典「The BMW Group selects AWS to power next-generation automated driving platform」(BMW Group Press・2023)
※9:出典「BMW Group scales Virtual Factory with Accelerated Computing, Digital Twins and AI」(BMW Group Press・2025)
※10:出典「The Neue Klasse: The BMW Group enters a new era」(BMW Group・2025)
※11:出典「Chart: BYD Pulls Ahead of Tesla to Become Largest EV Maker」(Statista・2026)
※12:出典「BYD overtakes Tesla as world's top BEV seller in 2025」(EV.com・2026)
※13:出典「Xiaomi says SU7 gets 88,898 firm orders in initial 24 hours after launch」(CnEVPost・2024)
※14:出典「Hyundai Motor Group Completes Acquisition of Boston Dynamics from SoftBank」(Hyundai Motor Group・2021)

海外勢に日系自動車メーカーはどう挑むのか

海外勢が資本・データ量・スピードをもって競争ルールを書き換えようとする一方、日系自動車メーカーは画一的な対応策をとっているわけではありません。各社の企業哲学や技術的強みを自社の競争軸に掛け合わせる多角的なアプローチが展開されています。

国内主要メーカーの戦略比較

 
メーカー 戦略のコア 具体的なアプローチ
トヨタ 社会インフラ構築(全方位) Woven Cityによるスマートシティ実証、車載OS「Arene」の外部公開によるSDVエコシステム構築
ホンダ+ソニー エンタメ化・異業種融合(AFEELA開発中止) 2026年3月にAFEELA第1弾・第2弾の開発・発売中止を発表。異業種提携の困難さと、ハードウェア側の方針転換がソフト戦略に与えるリスクを示す事例となった
スバル 人間中心の安全AI 次世代EyeSightのAI高度化とDriverFocusによるドライバーモニタリングで「安全」を哲学として競争優位に変える
マツダ 運転する喜び×AI安全技術 「人馬一体」の哲学を維持しながら「MAZDA CO-PILOT CONCEPT」でドライバー異常時の自動退避を実装
スズキ・ダイハツ 生活インフラ(ラストワンマイル) 軽自動車の制約内で実現する低コスト自動運転。CJPTを通じた連携でCASE対応を加速し、地方の移動課題を解く

トヨタ:街ごとデジタル化する

トヨタのアプローチでもっとも特徴的なのは、クルマ単体ではなく「街ごとデジタル化する」という発想の大きさです。静岡県裾野市で開発が進められてきた「Woven City」は2025年9月に正式オープンを迎え、一般来場者の受け入れは2026年度から開始される予定です※15。自動運転・スマートインフラ・AIエネルギー管理を実証するリビングラボとして、テクノロジーと日常の融合を長期的に検証する場を自社で持つという戦略は、他のどの自動車メーカーも採っていない独自路線です。

同時に車載OS「Arene」の外部公開により、サードパーティの開発者を巻き込んだソフトウェアエコシステムの構築を目指しています。「トヨタの車の上でアプリを作る」開発者エコシステムが成立すれば、iOSやAndroidがスマートフォン市場を定義したように、トヨタがモビリティのOSを定義する存在になり得ます。ただし、この全方位戦略には「資源の分散」というリスクも伴います。

ホンダ×ソニーのAFEELA開発中止:異業種融合の壁が浮き彫りにしたもの

IT企業と自動車メーカーの融合によるSDVの最前線として注目を集めていたのが、ホンダとソニーの合弁による新ブランド「AFEELA」でした。しかし2026年3月、ソニー・ホンダモビリティは第1弾および第2弾モデルの開発・発売中止を発表しました※16

この背景にあるのは、グローバルなEV市場の競争激化を受けたホンダ本体のEV戦略の見直しと、それに伴う合弁会社へのアセット提供の再考です。ソフトウェアとハードウェアを統合し新たなエコシステムを構築するという挑戦は、ハードウェア側の方針転換によって頓挫を余儀なくされました。この事象は、自動車産業が直面しているビジネスモデル統合の困難さを示す教訓となっています。

スバル・マツダ:「安全の哲学」をAIで深化させる

スバルとマツダは、AIを「人間を代替するもの」ではなく「人間の能力を拡張するもの」として位置づけています。スバルは2025年以降の最新モデルで、AI技術を活用した次世代EyeSightと、ドライバーの異常を検知するDriverFocusを標準または選択装備とし、異常検知時の安全機能の実装を進めています※17

マツダも「人馬一体」という哲学のもと、ドライバーの異常時に自動退避させる「MAZDA CO-PILOT CONCEPT」の導入を進めています。2025年以降の進化版では複数車線の高速道路での自動退避機能が実装され、将来的な「CO-PILOT 2.0」に向けて一般道での自動退避を可能にする技術開発が進められています※18

両社に共通するのは、「AIがドライバーを無力化するのではなく、ドライバーの意図と安全を両立させるためにAIが機能する」という設計思想です。自動運転の普及が進むなかでも「運転したい人」の市場を深耕する戦略として、明確な差別化になっています。

スズキ・ダイハツ:地方の移動の足を守るラストワンマイル戦略

軽自動車市場を主戦場とするスズキとダイハツが追求するのは、「高価格帯のテクノロジー」ではなく「日本の生活に密着した低コストな自律移動」です。過疎化が進む地方では公共交通の廃線が相次ぎ、高齢者の移動手段の確保が深刻な社会課題になっています。

軽自動車という日本固有の車格制約のなかで、コスト効率の高い自動運転技術を実現し、地域の「足」を守る。この方向性は、トヨタも参画するCommercial Japan Partnership Technologies(CJPT)へのスズキ・ダイハツの合流に象徴されるように、各社が連携してCASE(車両のインターネット接続、自動運転、シェアリング、電動化の4領域)への対応を加速させ、地方のインフラ課題を解く協調領域としての存在意義に直結しています※19

※15:出典「Toyota and Woven by Toyota host official launch of Toyota Woven City」(Toyota・2025)
※16:出典「Discontinuation of Development and Launch of AFEELA 1」(Sony Honda Mobility・2026)
※17:出典「2025 Subaru Tech Updates: New EyeSight and AI Safety Features Explained」(Subaru・2025)
※18:出典「マツダの自動運転・運転支援システム MAZDA CO-PILOTの現在と未来」(RENUE・2026)
※19:出典「Suzuki and Daihatsu join Japanese partnership for AVs, EVs」(Inside Autonomous Vehicles・2021)

自動車のAI化を阻む課題とは?

日系メーカーのAI戦略を阻む壁は、技術力の問題ではありません。より根本的な組織・文化・ビジネスモデルの問題です。

課題1:ソフトウェア文化とハードウェア文化のギャップ

自動車メーカーは本来、ハードウェアの設計・製造・品質管理を中心とした組織文化を持ちます。一方、AIや自動運転の競争を制するためには、数週間サイクルでリリースし、フィードバックを得て改善するアジャイル開発のサイクルが不可欠です。

テスラは車両ソフトウェアを無線で頻繁にアップデートし、購入後に機能が追加される「ソフトウェア定義車両」の概念を業界標準にしました。日系メーカーの多くがこの体制の整備に取り組んでいますが、ハードウェア中心の承認プロセスと品質保証文化との摩擦が、開発スピードのボトルネックになりやすい状況があります。AFEELAの開発中止は、この文化的ギャップがいかにビジネスモデル全体に波及し得るかを示しています。

課題2:データ収集・活用基盤の整備遅れ

自動運転AIの精度はデータ量に依存します。しかし日系メーカーの多くは、販売した車両からリアルタイムに走行データを収集・活用する基盤が、海外勢に比べて十分に整っていません。個人情報保護の観点からのデータ収集の制約や、収集データを学習に回すための社内基盤の整備が課題です。

今日から始めたとしても、WaymoやApollo Goが何年もかけて蓄積してきたデータ量に追いつくには、相当の時間とデータ戦略の抜本的な見直しが必要です。

関連コラム:自動運転×データの未来―リアルタイム分析が切り拓く次世代モビリティ

課題3:AI人材の獲得競争

AIエンジニア・機械学習研究者・データサイエンティストの争奪戦は、全産業で激化しています。給与水準・開発環境・裁量度の観点で、GAFAMやシリコンバレーのスタートアップと競争しながらAI人材を確保することは、日系メーカーにとって構造的なチャレンジです。

一方でこの課題は、AIスタートアップへの出資・共同研究・業務委託によって一定程度対応できます。「すべて内製する」から「外部のAI能力を戦略的に取り込む」へのマインドセット転換が求められます。

日系メーカーがフィジカルAI時代に打つべき手は?

国内外の状況を整理すると、大手日系自動車メーカーが今この時代に取るべき打ち手は、以下の2つの方向性に集約されます。

対応1:ポジショニングを研ぎ澄ます

海外勢が資本とデータ量の力技で市場を塗り替えようとするなか、日系メーカーが同じ土俵で正面衝突しても不利な消耗戦になります。重要なのは、自社の哲学や得意領域にAIをどう掛け合わせるか、ポジショニングを研ぎ澄ますことです。

トヨタが社会インフラごと作る全方位戦略を、スバルが安全への哲学にAIを乗せる一点突破を選んでいるのは、資源を集中させ明確な差別化軸を持つ好例です。AIを使うという点では横並びに見えても、なぜAIを使うかという哲学の違いが、5年後・10年後の市場ポジションの差を生み出します。

対応2:「自前主義」からアジャイルな外部連携へ

AIの進化スピードは、従来の自動車開発サイクルをはるかに超えています。「すべて自社で開発する」という自前主義では、変化に追いつくことが構造的に難しくなっています。必要なのは、IT企業並みのアジャイルな開発体制への組織変革と、通信・エンタメ・AIスタートアップとの異業種パートナーシップの活用です。

具体的には以下のような取り組みが有効です。

  • AIスタートアップへの出資・買収:TDKによるベンチャー投資やデンソーによるTier IV出資のように、自社開発では数年かかる技術を、すでに持つ企業への出資や買収で一気に手中に収める。

  • ソフトウェア専門組織の独立:Woven by Toyotaのように、ハードウェア部門の意思決定プロセスに縛られない、ソフトウェア専門組織を別会社または独立した事業部として立ち上げる。

  • 走行データの資産化:走行データは副産物ではなく、事業資産として扱う。収集ルールの設計から、学習基盤の構築、データ活用の収益モデルまでを一体で設計し直す。

  • 異業種との対等なエコシステム設計:通信キャリアやエンタメ企業との連携では、単なる「機能追加」ではなく、データと収益が双方向に流れるエコシステムを設計する。

日系自動車メーカーが今問うべきことは?

これからのモビリティ社会には、単一の正解があるわけではありません。モビリティの定義とルールを塗り替えようとする海外メーカーに対し、日系自動車メーカーは「高度な安全技術・社会課題の解決」などを軸とした戦略で対抗しようとしています。

ここで改めて意識すべき変化は、消費者がクルマに求める価値が「購入時点での車の完成度」から「購入後もデータとソフトウェアで絶え間なく進化し続ける体験」へと広がりを見せていることです。

もちろん、日系自動車メーカーが長年培ってきた「安全で快適な車両を造り上げる力」は、これからも不可欠な競争力の源泉です。特に「いいクルマを作ろう」と品質・安全にこだわり抜いてきたからこそ、中途半端なものを市場に出してブランドを毀損することへの恐怖感は大きく、「未完成でもリリースし、後からアジャイルに修正する」というソフトウェア特有の開発思想が組織として許容されにくいのは必然と言えます。

しかし、この強みと誇りに固執し、すべての機能に対して「100%の完璧」を求め続ければ、開発スピードとリリース後の改善が肝となる次世代のソフトウェア開発競争において、海外勢に敗北してしまいます。だからこそ、これからのクルマづくりに求められるのは、クルマにおける「完成」の定義を問い直し、「品質を守るコア領域」と「アジャイルに進化させる体験領域」を、組織として両立させる仕組みを整えることです。

・ システムの分離:「完璧な品質を守るコア領域(走る・曲がる・止まる)」と、「アジャイルに進化させる体験領域(UI/UX)」のシステム基盤を完全に切り離し、後者がシステム不具合を起こしても安全性に一切影響を与えないアーキテクチャを構築する。

関連資料:カーナビデバイスの使い分け実態に関する定量・行動観察調査〜スマートフォン併用を前提とした次世代車載カーナビの価値〜

・ 組織・評価の分離:体験領域を担うソフトウェア部隊を、従来の厳格な品質保証(QA)プロセスから切り離す。OTA(無線通信)による迅速な修正を前提とし、未完成でのリリースを許容する独立した評価基準を持った別組織へと権限を移譲する。

自社の強みであるハードウェアの品質を土台に、この「終わりのない進化」をいかに実装して顧客体験を向上し続けることができるかどうかが、次世代の競争における勝敗の分かれ目となるでしょう。

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

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