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食品流通×AIで2026年問題を解決する-人手不足に挑む商社DXを解説

食品流通×AIで2026年問題を解決する-人手不足に挑む商社DXを解説

AIを導入しても、物流の現場が一向に楽にならない。これは単なる現場の効率化の失敗ではなく、商社が担う食品流通というビジネスモデルの持続性を左右する経営課題です。現場の熟練者が持つ判断基準やノウハウが、AIが参照できる形で整理されないまま個人の経験に抱え込まれてきました。配車や配送を支えてきた熟練者の暗黙知が属人化したままでは、商流全体の最適化に大きな制約が生じてしまいます。

こうした課題は、一企業の現場改善の枠を超え、商社が描くDX戦略の中核を占めています。実際、総合商社が近年進めるIT機能の内製化は、現場の暗黙知を事業戦略と一体化させていくことがねらいです。これらは異なるレイヤーの動きに見えますが、食品サプライチェーンの持続性を左右するという点で密接につながっています。

本記事では、まず食品流通の最前線でAI活用が足踏みする理由を分析し、さらに暗黙知を資産化する具体的なアプローチを提示します。そのうえで、商社のDX戦略を紐解き、仕組みを育て続ける共創体制のあり方を考えていきます。

目次

2026年の現在地―規制対応の陰でナレッジの空洞化が進む

2026年の崖

メディアで大きく取り上げられた「物流2024年問題」。これは、トラックドライバーの労働環境改善を目的に、2024年4月から年間の時間外労働に960時間の上限が設けられたことで、輸送能力が不足する懸念を指したものです。業界全体が強い危機感をもって迎えた2025年を経て、現場には「ひとまず峠は越えた」という見方が広がりつつあります。実際、2025年に全日本トラック協会が実施した調査では、事業者の約9割が、「時間外労働の上限規制を概ね遵守できる見通し」と回答しました。

しかし、残業規制をクリアする代償として、シフト調整の負荷や外注への委託が増し、運送コストは上昇しています。前述の調査でも、コスト増を実感する事業者は約47%にのぼりました。さらに深刻なのが、依然として解消されない人材不足です。必要なドライバーを確保できていないとする事業者は6割を超えています※1

ベテランのドライバーや配車担当者の引退が本格化することで、車両はあっても動かせる人がいない、あるいは配送ルートを組む知見が失われる事態が現実味を帯びています。いわゆる2026年の崖とは、まさにこの状態を指します。また、商社や食品卸にとって、この問題は単なるコスト増にとどまりません。安定した供給という前提が揺らぐため、サプライチェーン全体で求められるScope3削減にも直結する、経営レベルの課題です。

こうした状況について、国土交通省も強い危機感を示しています。同省は、持続可能な物流サービスを維持するためには、サプライチェーン全体での担い手確保や処遇改善、業務効率化といった対策が不可欠であり、これらを十分に講じなければ、2030年度には国内の輸送力が約34%不足する可能性があると指摘しています※2。2026年問題の本質は、単なる労働力の不足ではありません。配車や運行を支えてきた熟練者の知見という人的資本が、組織から不可逆的に失われ、現場が回らなくなる。これが最大のリスクです。

※1:出典「物流の2024年問題対応状況調査結果」(全日本トラック協会・2025)
https://jta.or.jp/wp-content/uploads/2025/03/chosa20250331kekka.pdf
※2:出典「物流を取り巻く動向と物流施策の現状・課題」(国土交通省・2025)
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001888325.pdf

自動配車システムが現場で定着しない理由

人手不足や物流コストの上昇を背景に、多くの企業がAIや自動配車システムの導入を進めてきました。数千万円規模の投資をおこない、配車業務の効率化や属人化の解消を期待した企業も少なくありません。しかし、現場の実情は必ずしも前向きなものばかりではありません。「結局はベテラン頼みのまま」「システムは導入したが日常業務では使われていない」といった声が後を絶ちません。なぜ、高額な投資をおこなったシステムが現場で定着しないのでしょうか。

その原因はシステムやAIの性能不足にあるわけではありません。自動配車システムは、距離や積載率といった定量的な条件をもとに、理論上の最適解を導き出すことには長けています。ところが、食品流通の現場では、その理論がそのまま通用するとは限りません。温度帯の組み合わせ制約や店舗ごとの納品時間、搬入口のルール、さらには天候による交通状況の変化やドライバーの習熟度といった要素が複雑に絡み合うためです。

これらすべてを事前にルール化することは容易ではなく、結果としてシステムが算出した案に対して現場で大量の手直しが発生します。そして、配車担当が「最初から自分で組んだほうが早い」と判断し、システムが形骸化していく。これが、多くの現場で起きている事象です。こうした配車現場の混乱は、単なる物流オペレーションの問題にとどまりません。その背景には、受発注や店舗施策といった商流のルールが、物流側のデータ設計と十分に同期されていないという実態があります。この情報の断絶が、結果として食品流通全体の効率を押し下げる要因になっているのです。

成功事例から見える現場改革の条件

一方で、自動配車システムやTMS(輸配送管理システム)の導入によって、現場の改革を実現している企業も見られます。経済産業省の「物流デジタルサービス事例集」を参照すると、成功を収めている企業には明確な傾向があります。共通するのは、単なるITへの置き換えではなく、導入に際して「業務プロセスそのものの再設計」を行っている点です。例えば、セイノー情報サービスでは「ASN(事前出荷情報)」の活用やKPI管理を通じて、従来の入出庫・在庫管理の進め方自体を刷新しています。

さらに、既存システムとの緻密なデータ連携も欠かせません。HacobuのMOVOシリーズやHacologiULTRAFIXといったサービスが示す通り、ERPやWMSとのAPI連携を前提とした設計が、情報の断絶を防ぐ鍵となります。また、現場の当事者を巻き込み、実業務に即した運用ルールを設計することも重要です。

ハコベルのトラック簿のように、受付項目や通知内容を個別にカスタマイズできる柔軟性は、現場の負荷を軽減し定着を促します。ステークホルダー間のアナログなコミュニケーションを解消した事例では、1台あたり平均約63分の荷待ち時間を削減するといった、労働環境の改善に直結する成果も報告されています※3

※3:出典「荷主・物流事業者のための物流効率化に資する「物流デジタルサービス」事例集」(経済産業省・2024)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/distribution/logistics_digital_service.html
 

「システムを入れれば回る」という発想の限界

こうした動向から判断すると、高価なシステムが使われなくなる理由は明らかです。それは、現行業務の踏襲、データ連携や現場の使用感の軽視です。制約が多く、現場の判断の比重が高い食品流通の領域ほど、この設計上のギャップは致命的なものになります。

自動配車システムが定着しない本質的な原因は、AIや最適化ロジックの問題ではありません。現場で培われてきた緻密な判断や調整力を前提とした設計がなされていないことこそが、問題なのです。

経験知をデジタル資産に変えるアプローチ

ベテランの引退が進み、2026年の崖への危機感が高まっています。長年培われてきた現場の判断やノウハウをいかに継承していくべきか。問われているのは、AIを導入して業務を一気に自動化することではなく、熟練者の判断基準を組織に残せる形へと整えることです。

そのヒントは、熊本県の運送会社ヒサノの取り組みに見ることができます。同社はDXに着手する際、いきなりシステムによる自動化を目指すのではなく、まず配車業務のプロセスそのものを見直すことから始めました。具体的には、配車計画の業務フローを可視化し、「どの場面で、どのような条件を優先して判断を下しているのか」という思考のプロセスを徹底的に整理し、それをシステム開発の要件へと落とし込んでいったのです※4

このアプローチは、人の勘をAIに置き換えるという発想ではありません。熟練者の判断をブラックボックスのままにするのではなく、彼らがどのような条件に注目し、どの制約を優先して選択肢を絞り込んでいるのか。その思考の流れを構造として捉え直し、システムが扱える形へとアジャストしていく作業が重要です。属人化の解消とは、単に担当者を入れ替え可能にすることではなく、判断の背景を組織全体で共有可能な形式知に変えることにあるからです。

※4:出典「フラストレーション発、DX経由 熊本の運送会社ヒサノの変革への道のり」(IPA 独立行政法人 情報処理推進機構・2022)
https://dx.ipa.go.jp/interview-hisano

ベテランの判断をデータとの対話で構造化する

現場の知恵を構造化していくために、先進的な研究機関やITベンダーによる取り組みも加速しています。三菱総合研究所が展開する「匠最適化AI」は、配送計画や生産計画といった属人性の高い業務を対象に、ベテランの暗黙知をデータから抽出する試みです。過去の計画実績を分析することで、熟練者が重視する条件の組み合わせや調整の傾向をモデル化し、判断の質を再現・補助するという仕組みです。目指すのは完全な自動化ではなく、誰が担当しても一定水準以上の判断を下せる基盤づくりです※5

※5:出典「現場の暗黙知を形式知化しAIで活用私たちの知らないAIの新たな潮流とは?」(三菱グループ・2024)
https://www.mitsubishi.com/ja/profile/csr/mpac/monthly/special_feature/2024/09/1.html

食品物流・配車業務に応用する際のポイント

熟練者の判断を構造化し、データとして扱える形にする発想は、食品物流の配車業務にもそのまま応用できます。荷物の特性や道路状況、店舗ごとの事情を考慮して最適なルートを組み上げる配車業務も、条件を整理して優先順位をつけるという一連の判断によって成り立っています。この判断プロセスを言語化し、実績データと突き合わせながら構造化できれば、これまで属人的だった配車ノウハウが再現可能な資産になります。

重要なのは、ベテランの判断基準を丁寧に言語化し、過去の運行実績と組み合わせて整理したうえで、AIやシステムが継続的に参照・更新できる仕組みに落とし込むことです。こうしたステップを積み重ねることで、特定の個人に依存しすぎず、組織として判断の質を保てる状態が現実のものとなります。

食品物流DXに求められる継続的な改善サイクル

食品物流における配車や運行、在庫管理といった業務はルーティンで完結するものではありません。天候や交通状況、荷量の変動、そして取引先ごとの個別事情といった変数に対して、現場が判断と調整を重ねて運用されています。

配車システムや需給予測、在庫管理プラットフォームといったデジタル基盤も、こうした現場の動きと切り離しては機能しません。運用を通じて学習を重ね、改善して更新し続けることが不可欠です。では、このようにデジタル基盤を継続的に改善し、現場の知見を取り込みながら高度化していく取り組みは、誰がどのように主導すべきでしょうか。その示唆を、商社のDX戦略から探っていきます。

商社がSIerを取り込み、DXを主導する理由

近年、総合商社を中心にSIerの完全子会社化や再統合といった動きが加速しています。住友商事によるSCSKの完全子会社化などは、その象徴的な例と言えるでしょう。背景にあるのは、DXを単なるIT導入ではなく、事業戦略と不可分なものとして進める動きです。トレーディングや物流、金融を手がける商社の事業で、データとシステムの活用は競争力に直結しています。ITを外部ベンダーに委ねるだけでは、加速する事業環境の変化に即応できなくなっているのです。

こうした問題意識は、日本貿易会の座談会においても共有されています。そこでは、商社が多くのステークホルダーをつなぐ立場として、自社内に留まらずサプライチェーン全体へデジタルの裾野を広げていく役割を担うべき、と整理されています※6。商社がIT子会社やDX人材をグループ内に抱え込む狙いは、単なるコスト削減や内製化にとどまりません。事業の意思決定とデジタルの設計・改善を切り離さず、現場や市場の変化に応じてDXを主体的にコントロールしていく体制づくりがねらいです。

ただし、この体制が機能するためには、従来の受発注関係の見直しが不可欠です。もしIT子会社がグループ内の受託組織になってしまうのならば、外部ベンダーへの発注時と変わらぬ硬直的な関係から脱却できません。結果として従来型のSIモデルに縛られ続けることになります。また、組織構造が縦割りの場合、ITチームが事業戦略に踏み込めず、アジャイルな開発が阻害される恐れもあります。

※6:出典「商社の『つなぐ』力とデジタルの親和性」(日本貿易会月報オンライン・2023)
https://www.jftc.jp/monthly/other/entry-1793.html

走りながら変えるDXと従来型SIモデルのズレ

継続的な改善サイクル

現在、商社のDXは基幹システムの刷新といった内向きの段階を超え、業務プロセスそのものの再設計(BPR)やPoCを繰り返しながらサプライチェーン全体を対象とする「DX2.0」の領域へと軸足を移しています。その推進のプロセスでは、現場が主導する改善活動や、生成AIをはじめとする先端技術を用いたスモールスタートなど、走りながら試し、状況に合わせて変えていくアプローチが主流です。最初から完成形を定めるのではなく、実行と学習のサイクルを通じてDXを深化させていく構造へと移行しています。

一方で、あらかじめ要件を固めて発注し、完成品として納品を受けるという従来型のSIモデルは、こうした変化の激しい領域への適応に限界があります。現場の判断やルールが日々更新され続ける食品物流において、固定的なシステムがいかに機能でき得るのか。その前提が問い直されているのです。食品物流のDXでは、現場とデータを往復しながら、判断の質を高め続ける仕組みを育てていくことが重要です。そのためにも、従来の発注者と受託者という境界線を超え、事業と一体となってDXを推進できる開発パートナーが不可欠になっています。

関連コラム:物流業界におけるAI活用事例9選―需要予測から配送の最前線まで

共創による継続的な改善が食品物流DXの最適解

食品物流DXが極めて困難とされる理由は、業務そのものが固定化できず、常に現場の判断と調整を前提として回り続ける、という点にあります。配車や運行、在庫管理といった領域は、あらかじめ定義されたルールだけで完結するものではありません。刻一刻と変わる現場の状況に応じ、日々更新される判断の積み重ねによって、はじめて物流インフラが維持されているのです。

こうした領域において、近年の総合商社が示すDXの方向性は一石を投じるものです。SIerの完全子会社化や内製化の加速は、単なるコスト削減や効率化が目的ではありません。ねらいは、物流現場に蓄積された判断や調整の知見をデジタル資産として吸い上げ、商流における意思決定や事業戦略に直結させる体制を構築することです。DXを単なる外部への委託対象とせず、事業戦略と不可分なものとして自ら磨き上げていく姿勢の表れと言えます。

従来型のSIモデルは、要件を固めて完成品を納品するのが前提です。しかし、食品物流の現場は例外対応が多くなり、改善サイクルの組み込みが欠かせません。このため、従来型の構造に縛られている限り、どれほど高価で堅牢なシステムを作っても、現場で使われない、いわゆる形骸化したDXに陥りがちです。

だからこそ、これからの食品物流DXに求められるのは、商社本体がリーダーシップを執り、事業子会社(卸・物流現場)、IT子会社、そして外部パートナーが垣根を超えて連携する共創型の体制です。現場データとKPIを共有しながら、ルールやモデル、業務フローを常に検証し、更新し続けていく。泥臭くも実直なサイクルが、現場に根ざした変革を支えます。

ゴールは、システムの完成ではありません。熟練者のノウハウや現場の判断基準をデジタル資産として蓄積し、たとえ担当者が入れ替わっても、高い判断の質を維持し続けられる組織を築くことです。食品物流DXの成否は、作って終わりの開発文化から脱却し、事業と現場に寄り添いながら仕組みを育て続けられる関係性を構築できるかどうかにかかっています。

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

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