執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

2025年11月、イーロン・マスク氏がYouTubeチャンネル「The Joe Rogan Experience」にて、「スマートフォンもアプリも5年以内に消える」と語った発言が、大きな反響を呼びました。マスク氏は、スマートフォンはもはやアプリを動かすための端末ではなく、AIの高度な思考を支え、ユーザーの意図を汲み取るためのエッジノード(末端処理装置)へと変貌を遂げると言及しました。
必要なのは画面とスピーカー、そしてAIとつながるインターフェースのみ。たとえばユーザーが「旅の予約をしたい」と意図を伝えるだけで、AIが裏側で必要な機能を組み合わせ、その瞬間に最適なUIを生成して提示する。そんなビジョンが現実のものになれば、OSやアプリという概念そのものが、ユーザーの意識から消え去ることになるでしょう。
荒唐無稽にも思える予測ですが、現在進行中の技術トレンドと照らし合わせると一定の現実味もあります。一方で、この大胆な予測の実現には高いハードルが立ちはだかっているのも事実です。ここでは、その兆しと壁について、いくつかの側面から見ていきます。
いま、デジタル体験の入り口は対話型に集約が進んでいます。背景にあるのは、音声や画像など複数の情報を統合して文脈を理解する、マルチモーダルAIの高度化です。ユーザーが画面上のボタンを探して操作するのではなく、AIとの対話を通じて目的を達成するUXが実装の入り口にさしかかっています。
この潮流を象徴する動きが、2026年1月にGoogleが発表した「Agentic Shopping」です。新規格「Universal Commerce Protocol(UCP)」により、ユーザーはGeminiアプリや検索画面から移動することなく、商品の購入決済まで完了できるようになります。さらに、AI店員とチャットで相談できる「Business Agent」も登場。個別のECアプリを開くことなく、AIとの対話だけで買い物が完結する世界が現実となりつつあります。※1
関連コラム:海外事例からひも解く、生成AIによるUX改善の最前線
同時に、AIがアプリを使う側になるという動きも進んでいます。Function CallingやMCPといった技術の進展は、AIが複数の外部サービスを横断し、ユーザーの指示を具体的な処理として実行する仕組みを支えています。
さらにマスク氏は、将来的にユーザーが消費する情報やコンテンツの大半がAI生成物になるとも予測しています。これはAIが単なる操作のアシストにとどまらず、体験の源泉そのものを創出する存在へと変質することを意味します。
その兆候は、エンターテインメントの世界でも現れています。AIアーティストのBreaking RustやCain Walkerが米国BillboardのCountry Digital Song Salesチャートで首位を奪取したというニュースは、音楽業界に大きな衝撃を与えました※2。
もっとも、「5年以内ですべてのアプリが消滅する」という予測の実現には、無視できない壁が立ちはだかっています。第一に、技術的な信頼性の課題です。AIのハルシネーションや、複数サービスを横断する際のセキュリティの確保には、解決すべき課題が多く残されています。
また、ビジネス上の利害関係も複雑です。すでにApp StoreやGoogle Playを中心とした収益モデルが確立されており、プラットフォーマーが巨大な権益を短期間で手放す合理的な理由は少ないと言わざるを得ません。そして、最大の障壁はユーザーの行動習慣です。アプリを開くという動作は、現代では無意識に近い習慣になっており、それを捨て、AIに意思決定を委ねるには、相応のプロセスと時間を要するはずです。
アプリが完全に消滅する未来を待たずとも、そのかたちは徐々に変わり始めています。その先行事例として特筆すべきが、英Nothing社が発表したAIプラットフォーム「Essential」です※3。このプラットフォームの中核をなす機能のひとつ「Essential Apps」は、従来のようにアプリを個別に立ち上げる必要性を過去のものにしようとしています。
自然言語で意図を伝えるだけで、AIがその瞬間に最適なミニアプリを生成し、ホーム画面へと送り出す。ストアでアプリを探し、インストールして使い続けるというユーザーの前提を根底から揺さぶる試みといえます。目的に応じて軽量な機能をその都度生み出し、用が済めば捨て去る。そこには、従来のアプリ利用とは一線を画す、新しい体験の萌芽が見て取れます。
この変化は、開発の現場でも同様です。Djangoの共同開発者であるSimon Willison氏は、ClaudeなどのLLMとPython環境を組み合わせ、一回のプロンプト(one-shot prompt)で単発のツールを生成・実行する手法を実践しています※4。いわば、使い捨てソフトウェアとも呼ぶべきスタイルが広がりつつあります。
アプリはもはや、人間が直接操作するフロントエンドではなく、AIがタスクを実行するために参照・連携するバックエンドのインフラ機能へと役割を移していくのです。
AIはすでにクラウドやアプリ、各種のデバイスを横断し、ユーザーの意図に基づいて処理を組み立てるオーケストレーション(統合調整)レイヤーとして機能し始めています。
たとえば、MicrosoftはWindowsやMicrosoft 365において、CopilotをOSレベルの体験として統合しています。同社が示す「AI Agent Orchestration Patterns」という設計指針も、AIをクラウド上の統合調整役として位置づける方向性を明確に示しています※5。こうした構造が成熟することで、AIが自律的に最適な処理を選択・実行する世界が一般化するでしょう。
この環境下では、企業が競争するポイントも根底から覆ります。重要なのはユーザーの目に触れるフロントエンドの競争以上に、AIエージェントの内部で機能として採用されること。もはや画面を美しく飾るだけでは、AI時代を生き残ることはできません。UXの主戦場がバックエンドに移るなかで問われるのは、API設計の整合性やデータ構造の標準化といった、見えないUXです。アプリの提供者から、AIという知性に選ばれる機能の提供者へ。企業には大胆な発想の転換が求められます。

AIがUXの中心になる世界では、企業の競争力の源泉も、表舞台から裏側へと移っていきます。注力すべきは画面の改善などではありません。AIに選ばれ、使いこなされるための基盤づくりが急務です。では、具体的にどこから着手すべきか。3つの視点からアクションの方向性を整理します。
AIが自社のサービスを正しく理解し、適切なタイミングで呼び出せるようにするには、情報を構造的に整備し直すことが欠かせません。サービス仕様、FAQ、ナレッジといった資産を、AIが処理可能なデータとして再定義する必要があります。
特にAPIファーストの設計思想やメタデータの管理は、AIにとっての使い勝手と、そして実行の確実性を左右します。UIの前に、AIに正確に伝わる情報設計を完遂する。これこそが、次世代の競争力を支える土台となります。
今後、UIはユーザーの文脈に応じてAIが動的に生成する時代へと移っていきます。そのような環境では、作り込んだ固定的なUIへの投資は無効になるリスクもあります。フォーカスすべきは、AIが自在にアクセスできる機能の切り出しです。予約、検索、申し込みといった限定的な機能から、まずはスモールスタートでAIエージェントとの連携パターンを確立する。これが将来的なUX転換への足がかりになります。
ユーザーの選択が広告の露出量やUIの美しさではなく、AIによるレコメンドに左右されるようになると、ブランドの評価軸も一変します。AIエージェントは、イメージ画像やキャッチコピーに惑わされることはありません。その企業が提示するスペック、実績、そして情報の正確性といった実利的な信頼を冷徹に評価して判断を下します。
だからこそ、企業は自社の強みをAIが比較・評価可能なファクトとして再定義しなければなりません。単なるイメージ戦略ではなく、特定領域における圧倒的な専門性や、裏付けのあるサービス品質を、いかにAIが読み取れる形式で提示し、磨き上げられるか。見た目に依存せず、情報の真価を整えること。それが、これからの競争力に直結します。
イーロン・マスク氏の発言が示唆しているのは、アプリという機能そのものの消滅ではありません。むしろ、ユーザーがアプリの存在を意識することさえなくなり、AIがその都度、最適な機能を背後で調整し、提供する世界への転換を意味しています。
この変化の本質は、ユーザーの目に映るUIやブランドの華やかさではなく、AIが自在に扱える情報・機能・ロジックといった見えないUXこそが、競争の主戦場になる点にあります。
単に多機能であることよりも、AIがその機能を正しく理解し、信頼して選択するかどうかが企業の競争軸になります。向き合うべきは、これまでのユーザー視点だけでなく、AIから見て、自社はどのように意味づけられ、価値を定義されているかという、かつてない問いです。アプリが主役の座を降りる時代のUX設計とは、単なる視覚的なインターフェースの最適化にとどまるものではありません。ユーザーの意図とAIの処理の間に存在する情報を精緻に整え、人間とAIの双方から信頼される基盤を築く営みなのです。
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。