執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。


音声AIは、いまや日常のさまざまな場面に入り込みつつあります。スマートスピーカーや車載アシスタント、AirPodsのようなウェアラブル端末の普及に加えて、Z世代を中心に音声入力や会話型UIを日常的に使う動きが広がっています。たとえば、AppleのAirPodsシリーズは、アメリカのZ世代消費者では所有率が6割を超え、2030年には全世代で同水準に達するという予測があります。日本でも、スマートスピーカー市場は2024年時点で約6億ドル(約935億円)規模に達し、2033年まで年平均4%で成長する見通しが出ています。
こうした音声の活用は、業種を問わず広がりつつあります。たとえばモビリティ分野では、車載音声AIが運転中の操作をサポートし、ヘルスケアでは診療記録の音声入力や要約が現場で使われ始めています。国内でも、音声コミュニケーションに特化したスタートアップとしてIVRyが存在感を高めており、2025年には約40億円の大型資金調達を実現するなど、音声を起点としたビジネス変革が加速しつつあります。
一方で、企業が提供するCXは、こうした生活者の変化に追いついていません。音声・通話データ分析のプラットフォームを提供する 米国のVoiceBaseは「コールセンターで蓄積される音声データが十分に活用されていない」と指摘しています。生活者側の体験が高度化するほど、顧客体験の改善に踏み出せていない企業とのギャップは大きくなり、CX の向上を阻むボトルネックになっています。
AI音声技術の導入は、日本企業でも着実に広がっています。FAQ の自動応答や注文受付に加え、予約や料金照会などの自動化は一般的な取り組みになりました。一方で、こうした導入がそのままCXの向上に直結しているかというと、まだ十分とは言えません。その背景には、構造的な「3つの壁」があります。
IVR やボイスボットの導入によって、応対時間の短縮や深夜帯の受付など、業務効率の改善は着実に進んでいます。しかし顧客の視点では、「手続きはできたが、体験としては物足りない」という声が根強く残ります。この背景には、KPI や導入の目的が「効率化」に最適化されて体験そのものを見直す視点が後回しになってしまっている現状があります。
たとえ業務フローがスムーズに自動化されていても、体験の質は別軸で設計しなければ向上しません。「話せてよかった」「理解してもらえた」という価値は、自動化だけでは生まれにくい。効率化は進むのに、体験は変わらない。これが最初の壁です。
音声データは、コールセンターでの応対だけでなく、店舗の電話、アプリの音声入力、車載アシスタント、医療説明の録音など、日常のさまざまな場面で生まれます。そこには、沈黙や言いよどみ、迷いの声といった、テキストでは拾いにくい本音が含まれています。
しかし、通話記録などの音声データとして蓄積されていても、日々の業務で見返されることもなく、改善や学習の素材として使われる機会はごく限られています。「後で使えるはず」と思って記録した音声が、使われないまま埋もれていく。これが、2つめの壁です。
音声を介した顧客とのやり取りは、企業内のさまざまな部門をまたいで発生します。たとえば、コールセンターの対応はカスタマーサポート部門、店舗への電話による問い合わせは店舗運営や商品企画、キャンペーンに対する問い合わせはマーケティング部門がそれぞれ担当しているケースが一般的です。
このように、音声を介した顧客とのやり取りが部門ごとに分断されていると、「企業全体で顧客がどのような体験をしているか」という全体像が見えなくなります。部門ごとに管理や評価の指標も異なるため、音声データの活用や連携も個別最適にとどまってしまいます。
音声を起点にCXを再構築していくには、まずその重要性を全社で認識し、部門を横断する体制やタスクフォースを組成することが、最初の一歩になります。
音声AIはこれまで、待ち時間の削減や FAQ の自動応答といった「守り」の用途が中心でしたが、いま生活に深く入り込む音声体験はその枠を越えています。買い物、本人確認、困りごとの解決、シニアへの寄り添い、移動中の操作、診療の支援といった、日常の行動そのものが、音声を軸に組み替わりはじめています。
ここからは、国内外で先行する企業の事例を「生活行動 × 音声AI」という視点で紹介します。音声AIが具体的にCX をどう変えているのかを見ていきます。
取り組み
飲食店やクリーニング店など、接客業において電話対応は依然として欠かせないチャネルですが、限られた人員での運営にとっては大きな負担となりがちです。ピークタイムの電話応答が接客品質に影響を与えたり、問い合わせの増加でスタッフの負荷が高まるなど、現場では悲鳴も上がっていました。
こうした課題に対して、IVRyは「AI電話代行サービス」によって電話の受け皿そのものを設計。札幌のレストラン「BIRD WATCHING」では、予約確認や問い合わせの自動応答化を進め、電話の約5割をIVRyが対応。スタッフが接客に集中できる環境を実現しました。また、宅配クリーニングを展開する「Wear Plus」では、急増する電話対応に悩む中で導入を決断。問い合わせを録音・文字起こしで可視化し、スタッフ間の連携や応対の効率化につなげています。
効果
IVRyの導入によって、現場では「電話対応に追われて接客に集中できない」という根本課題が解消されつつあります。BIRD WATCHINGでは、予約や問い合わせのうち約5割をIVRyが自動で処理。スタッフが目の前のお客様へのサービスに集中できるようになり、接客品質と顧客満足度の向上につながっています。
Wear Plusでも、AIによる音声対応と録音機能により、応答件数が大幅に減少。さらに、録音内容をもとにお客様の声色や感情を把握したうえで対応できるため、接客品質の向上も実現しています。電話業務の効率化にとどまらず、接客に関わるスタッフのやりがいや満足度の向上にも波及しています。
実装のポイント
両社に共通するのは、現場の実情に即した「電話対応の見直し」を起点に設計を進めている点です。一律に自動化するのではなく、対応すべき範囲を見極めて少しずつ改善を積み上げたことが、実運用での定着につながっています。
取り組み
JR西日本のお客様センターには、定期券や列車のダイヤ、新サービスに関する問い合わせなど、月約7万件の声が寄せられます。しかし従来は、工数の制約から重要データに絞って集計せざるを得ず、集計ルールの属人化やデータ品質のばらつきにより、理想的な 「Voice of Customer(顧客の声)」の分析が困難でした。
そこで 同社は ELYZA と共同で、生成AIを活用した VoC分析パッケージを開発。電話・メールの応対内容を自動で要約・分類し、全件に一律のルールで分析をかけられる基盤を整備しました。件数変化や特定トピックの問い合わせ増減を素早く把握し、改善の方向性を導きやすい環境づくりを進めています。
効果
応対内容が自動でテキスト化・タグ付けされることで、問い合わせ件数の変動や、説明が不足しがちな箇所を迅速に捉えられるようになりました。週報作成は約2時間から30分へ短縮され、非常時の反響把握も主観に依存せず行えるなど、改善サイクル全体のスピードと客観性が向上します。
これにより、従来は一部の声しか分析できなかった領域でも、顕在化する前の兆しをいち早く捉え、サービス改善の検討につなげられるようになりました。いわば、「声なき声」を拾うことで、CX 改善の先手を打てる体制が構築できたのです。
実装のポイント
生成AIによる要約とタグ付けに基づき、必要な観点をダッシュボード上で深掘りできる仕組みをつくることが鍵となりました。経営層・分析担当・お客様対応担当が共通のデータ基盤を使い、気づきを施策へつなげる流れを作ることで、継続的に改善できる VoC 運用を実現しています。
取り組み
車内ではナビ操作、空調調整、車両情報の確認など、運転と並行して多くの操作が発生し、ドライバーの注意が分散しがちです。BMWではこの負荷を軽減するだけではなく、車内をより快適で便利な空間に変えるべく、音声AIの活用を進めています。
自社開発の「BMW Intelligent Personal Assistant(IPA)」に加え、一部市場・モデルでは Amazon Alexa の会話AIを搭載。ナビや車両機能だけでなく、音楽のストリーミング再生や天気の確認、スマートホーム連携まで、より自然な会話を通しながら、多様な操作が可能です。ハンズフリーで、視線移動を最小限に抑えたUXの設計です。
効果
話しかけるだけでナビや温度調整や音楽の再生、天候の確認などがスムーズに行えるようになり、運転中の操作ストレスが大幅に軽減されました。さらに、ユーザーがよく使う機能や運転の習慣、傾向を学習して、自動的に最適な操作を行うなど、パーソナルアシスタントとしての機能も進化しています。
また、クラウドベースのAIが状況に応じた提案やサポートを行うことで、車内が単なる移動空間ではなく「快適なパートナーとの対話空間」へと変化。車両機能のアップデートが継続的に行われ、運転体験が使えば使うほどドライバーに馴染み、洗練されていくのも大きな特徴です。
実装のポイント
一般的に、車内はロードノイズや同乗者の声が入りやすく、認識精度を確保するにはマイクアレイ設計やノイズ処理が前提になります。Alexa 技術との連携により、雑談や一般知識にも対応できるため、ユーザーが無理なく使い続けられる体験へと自然に広がっています。今後は走行データや安全支援との連動も想定され、音声は車内 UI の中心として存在感をさらに高めていくでしょう。
音声AIは、問い合わせを自動化するための単機能ツールではありません。大規模言語モデル(LLM)の進化により、音声の背後にある文脈や感情のゆらぎまで理解できるようになり、これまで活かしきれなかった非構造化データが事業に取り込める段階へと進んでいます。
医療・地域の代表電話、鉄道の問い合わせ、車内の音声操作など、企業には多様な音声データが存在します。しかし多くの場合、それらは部門ごとに別のシステムへ蓄積され、全体でどんな音声データが発生し、どこに改善余地があるのかが把握されていません。
音声の活用を成功させる最初のステップでは、「どの接点で、どんな会話が生まれているのか」を見える化することが挙げられます。電話フローの構造を整理や、通話・メールのデータを一括して要約・分類できる基盤を構築するなど、全体像の棚卸しが不可欠です。これにより、音声データが持つインパクトや価値化の余地が見えてきます。
音声AIは、「つながらない電話」を改善する守りの効率化にも、ブランド体験を高める攻めの体験設計にも使えます。しかし両者を仕分けせずに「とりあえず音声AIを入れる」と、PoCの段階で目的が曖昧になり、成果がぼやけてしまいがちです。JR 西日本がまず「全件を同じルールで可視化する」という明確な目的を置いたように、事例はいずれも、どこを改善し、何を目指すのかを先に定義したうえで技術を選択しています。
音声UIのPoC(概念実証)において、単に認識精度を確かめるだけでは不十分です。まずは利用頻度が高く、効果が見えやすい領域にスコープを限定することが重要です。そのうえで、PoCでは以下の2つの観点から「使い続けられる体験か」を検証します。
・定量的な検証:どの段階で離脱が発生しているか、応答にかかる秒数は適切かなど、データをもとにスムーズな対話の阻害要因を特定します。
・定性的な検証:ユーザーが話しかけやすいと感じているか、操作に戸惑いはないかなど、主観的な感覚も観察し、ストレスのない体験設計を目指します。
このように、限定された対象で「技術的な成立性」と「ユーザーの受容性」をセットで検証することが、本格導入後に音声UIが自然と受け入れられ、活用が定着するかどうかを左右します。
こうした小さな検証を通じて、本格導入時に「どれくらい電話応対の負担を削減できるか」「創出された時間をどう接客に活用できるか」といった具体的な見通しを立てることができます。音声AIの活用によって、守り(業務効率化)と攻め(体験価値の向上)を両立できる好循環の兆しを、小さなPoCから確実に見つけ出すこと。これが、CX向上に向けた重要な第一歩となります。
音声AIの価値は、音声で操作できることだけではありません。その音声データが、改善に直結する流れに組み込まれているかが重要です。電話の自動応答やSMSでの案内に加え、録音・履歴の活用を通じて、サービスの質や業務負荷の課題を可視化したり、通話・メールを自動で要約・分類し、そのままダッシュボードに反映されることで、現場の気づきや改善のヒントを素早く共有できます。
またプロダクトの場合も、音声操作で得たユーザーの行動データをクラウド上で学習・更新し、次の体験改善に活かせます。このように、「声を拾う」だけで終わらせず、分析・改善までを一貫して回すことで、音声データは企業にとっての「使える資産」となります。単発の操作で終わるのではなく、体験と改善を循環させる基盤づくりが求められます。
音声を介した顧客との接点は、電話やアプリ、対面の店頭など、多様な場面に分散して存在します。ところが、多くの企業では部門ごとに別々の基準やツールで管理され、顧客の体験全体を一貫して捉えるのが難しくなっています。
こうした分断を越えて、組織横断で音声データを設計・活用することが、CX向上の土台になります。経営層と現場が共通のデータ基盤を使い、気づきを迅速に施策へ反映できる体制や、UXとクラウドを連携し、サービス全体として統一された体験に進化させることが重要です。
音声AIはコールセンターの効率化にとどまらず、医療・地域サービス・移動など、生活の動線そのものに入り込み、日常体験の質を左右する基軸になりつつあります。こうした環境では、「どの接点で、どんな会話が生まれ、どう活かされているか」を把握し、目的を定め、小さく検証しながら改善につなげていく視点が求められます。
音声CXを設計する上で重要な視点は二つです。一つは、音声データのサイロ化を解消し、取得から分析・改善までを一気通貫で回すこと。もう一つは、ユーザーのインサイトを的確に捉え、顧客体験向上につなげる設計思想を持つことです。まずは、自社にどんな音声データが蓄積されているかを見直し、その中にどんな可能性が眠っているかを探ること。それが、未来のCXを形づくる第一歩になります。
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。