執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

人材採用の自動化、育成の個別最適化、離職予兆の検知、業務負担の軽減など、人事の現場で、AIはすでに「実働するパートナー」になりつつあります。一方で、個人情報の扱いや判断の妥当性といった倫理的な論点、属人化や曖昧な意思決定をデータによってどう補うかという課題も浮き彫りになっています。
本記事では、HR領域におけるAI活用を採用・配置・育成・エンゲージメントという4つの領域に分け、国内外8社の先進事例を分析。導入の成果と成功の要因を整理し、人的資本経営におけるAIの可能性と実践への手がかりを提示します。
生成AIの進展は、HR領域にも大きな変化をもたらしつつあります。McKinseyのレポートでは、採用や配置、育成、組織分析といった人事業務の60~70%が生成AIの適用範囲に入るとされており、スクリーニングやキャリア支援、パフォーマンス分析など、各領域で大きな価値創出の可能性が示されています※1。
| 分野 | 貢献割合(全体比) | 主な用途 |
| 人材採用準備(タレントアクイジション)/採用プロセス(募集・選考)/オンボーディング | 約20% | スクリーニング、合否予測、オンボーディング支援 |
| ピープル&タレントマネジメント | 約20% | キャリア支援、異動配置、エンゲージメント可視化 |
| ピープルアナリティクス・組織分析 | 約15% | 離職予測、パフォーマンス分析、組織診断 |
| L&D(学習・リスキリング) | 約12% | スキルギャップ分析、学習支援、習熟度評価 |
さらに、国内でもHR×AIの機運は高まりつつあります。カオナビの調査では、生成AIを活用する企業ほど「人的資本経営を非常に重視している」割合が高く、未活用企業の約2倍にのぼると報告されています※2。AI活用は単なる効率化にとどまらず、人材戦略の高度化や意思決定の精度向上といった経営テーマとも結びつき始めています。
国内のHR領域におけるAIの導入は、いまだスタート段階にあります。厚生労働省が実施した「AI・メタバースのHR領域最前線調査」によると、回答企業593社のうち、AIをすでに活用していると答えたのは約1割(56社)にとどまっています※3。
とはいえ、導入企業の取り組みを見ると、グローバルと同様の活用が始まっています。採用では応募者に対する合否スコアリング、配属では社内人材と業務のマッチング、育成ではAIによるキャリアコーチングといった活用がおこなわれており、浸透は徐々に進んでいると言えます。
特に日本企業では、「人の資質の定量化」や「属人化の排除」に重きを置いた導入が目立ちます。従来、経験や勘に頼っていた判断をAIで補完・標準化しようとする姿勢が強く、評価や配置といった領域におけるAIの活用が進みやすい土壌があると言えます。 厚生労働省の同調査では、AI導入によって次のような効果が得られたと報告されています。
特に評価業務においては、AIに判断を任せきるのではなく、人の判断を補助する役割にとどめるべきという考え方が主流です。評価の公平性や透明性をどう確保するかも含めて、個人情報の取り扱いには慎重な姿勢が求められます。また、AIによって分析や判断がおこなわれること自体について、対象となる従業員に対してどこまで説明し、どのように同意を得るかといった対応も重要です。
人事領域でのAI活用は、単一業務の自動化にとどまらず、HRプロセス全体の見直しにもつながり始めています。本稿では「採用・オンボーディング」「タレントマネジメント」「人材アナリティクス」「L&D(Learning & Development/学習・リスキリング)」の4領域から国内外8社の導入事例を紹介。それぞれの企業がどの業務にAIを取り入れ、どのような成果や示唆を得ているのかを通じて、実務に生かせるヒントを整理します。
取り組み
米国の大手ファストカジュアル・レストランチェーンであるChipotleは、北米3,500以上の店舗における大量採用を効率化するため、Paradox社の会話型AI「Ava Cado」を導入。求職者との初期チャットから情報の取得、質問の対応、面接日程の調整、オファー送信に至るまで、採用プロセスの初期段階をAIが一貫して担う仕組みを構築しました。スマートフォンを中心としたモバイル応募体験を重視し、数分でエントリーできる導線を整備しています。
効果
導入の結果、採用リードタイムは最大で75%削減。応募フォームの完了率は50%から85%へと大幅に向上し、応募数も約2倍に増加。応募から実際に勤務を開始するまで数日で完了できる体制を実現しました。
実装のポイント
大量採用を伴う現場では、AIによる初期スクリーニングがボトルネックの解消に直結しやすく、導入効果が出やすい典型的なユースケースです。特にスマートフォンでの応募完了率の改善は、現代の採用体験において最重要のKPIと位置づけられます。また、人間は最終意思決定に集中し、それ以外をAIが担うという役割設計は、日本企業においても再現性の高い導入モデルとなるでしょう。
取り組み
急成長中のタイミーでは、面接数の増加により担当者の工数が増大し、候補者体験をいかに個別最適化するかが課題となっていました。2025年、同社はエクサウィザーズの「exaBase 面談要約」を採用面接に導入。面談中の会話をAIがリアルタイムで処理し、内容の自動要約、スキルや志向性の構造化、懸念点の整理、次アクションのレコメンドまでを自動で生成する仕組みを導入しました。
面接担当者がメモ作成や情報共有に追われることなく、対話に集中できる環境を整えることが目的です。また、exaBaseシリーズには候補者への対応を自動化する「exaBase 採用アシスタント」もあり、質問応答や関心データの可視化など、採用全体の業務負荷軽減を支援しています。
効果
導入により、面接における議事録の作成工数が大幅に削減され、担当者間の評価のばらつきを抑えた標準化も実現。情報を共有するスピードが向上して選考のリードタイムが短縮され、担当者は候補者の理解に集中できるようになりました。タイミーによれば、面接のフィードバックや面接官のオンボーディングにかかる時間も従来の3分の2以下に削減されています。
実装のポイント
面接内容の記録や共有は多くの企業で属人化しやすい業務ですが、AIを活用することで標準化とスピードの両立が実現可能になります。AIが担当者の負荷の軽減、そして候補者の理解の深化という、背反する要素を両立させた好例といえます。
取り組み
米国の防衛・国家インフラを担う大手企業Peratonは、社員のキャリア自律と人材の流動性の向上を目的に、AIタレントマーケットプレイス「Career Compass(SeekOut)」を導入。社員のスキル、経験、プロジェクト歴といったデータを機械学習で分析し、適した社内ポジションやプロジェクト、学習の機会を自動レコメンドする仕組みを構築しました。加えて、キャリアパスを可視化するダッシュボードを提供し、社員が自身のキャリアチャンスを主体的に探せる環境を整えています。
効果
社内のキャリア機会にアクセスする社員が増加し、社内公募への応募は約10%増加。社内機会へのアクセスとエンゲージメントが高まり、社内でのキャリア成長を支援する仕組みとして機能しています。
実装のポイント
「希望しなければ見えないキャリア」を「見える化し、自ら選びに行けるキャリア」へと変えた点が大きな特長です。AIによるスキルベースのレコメンドにより、社内異動や配置の透明性と公平性が高まり、タレントマネジメントが属人的な推薦に依存しない構造へとシフト。これは、日本企業が抱える「社内公募の形骸化」や「配置の硬直性」といった課題への有効なアプローチとなる可能性があります。
取り組み
PeopleXはAIを活用した採用支援に注力しています。同社の「PeopleX AI面接」は、候補者との対話、深掘り質問、評価レポート作成をAIが担い、書類選考から一次面接を自動化。録画データをもとに、すべての候補者の回答を均一な基準で評価できる仕組みを構築しています。このプロセスにより、評価の公平性を高めるとともに、採用担当者の工数削減も実現。特に大量応募の対応が求められるケースで、AIが有効に機能しています。
効果
導入の結果、採用率は人間の面接官との比較で12%、定着率は6%向上し、ビジネス成果に直結しました。また、面接工数(香川大学の事例では約40時間分)を削減しつつ、78%の候補者がAI面接を選択するなど、応募者の満足度と公正性の評価も高まっています。
実装のポイント
選考の公平性とスピードを両立させるのはAIの得意とする領域です。AIが選考の「定型業務」を担うことで、人間の判断はより本質的な見極めや対話に集中できる設計になっています。
取り組み
英国の会計・ERP大手のSageでは、入社直後のオンボーディング期間中に離職が多発していたことから、その改善に着手。Microsoftの従業員サーベイツール「Viva Glint」と行動データ分析ツール「Viva Insights」を導入し、従業員がどのタイミングで、どのような課題に直面しているのかを可視化しました。
パルスサーベイを通じて、オンボーディング体験上の「つまずきポイント」を特定。ここからオンボーディング手順の標準化、役割の明確化、上司との1on1の頻度増加など、マネジメント側の改善施策を段階的に実行しました。
効果
初期の離職率は従来の40%から10%へと大幅に改善。従業員満足度の向上に加え、マネジャーのマネジメント行動の質の向上も定着しました。
実装のポイント
オンボーディングの体験は、定着率を大きく左右する接点で、ここを可視化・改善することは極めてROIが高い施策になります。Sageの事例では、サーベイと行動分析を連動させた「データ起点の改善」が成果に直結しました。感覚や属人的な対応では見えづらい課題に光を当て、現場に落とし込むプロセスの再現性は高く、多くの企業にとって実践可能なモデルです。
取り組み
クレディセゾンでは、部署間のカルチャーの違いから生じるエンゲージメント格差が課題でした。特に若手・中堅層の業務負荷や人間関係に起因するストレスが離職リスクとして顕在化し、早期のリスク把握と現場に根づく対話文化の形成が急務となっていました。
従来の従業員サーベイは、結果の読み解きや施策への反映に時間を要していました。そこで、より現場で活用できる仕組みとしてエンゲージメントプラットフォーム「Wevox」を導入。AIがサーベイ結果を分析し、対話すべきテーマを提示する「Wevox Board」の活用により、データに基づいた対話の実践につなげています。
効果
パルスサーベイを通じて収集したエンゲージメントデータをAIが分析し、「優先的に対話すべきテーマ」を部門ごとに自動抽出します。これにより、対話会や1on1での課題の掘り下げと改善アイデアの議論が活性化し、メンバーの主体性が向上。現場からの提案が増えるとともに、継続的な対話が離職リスクの早期対応にもつながっています。
実装のポイント
Wevox Boardの最大の特徴は、膨大な分析ではなく、現場にフィットした「対話のトリガー」をAIが提供する点にあります。大規模なデータサイエンスに頼らずとも、現場で扱いやすいAI洞察が、現実的かつ実践的な改善を支えています。
取り組み
Accentureは、クライアント企業と自社人材のAI・データ・クラウド分野のスキル強化のため、AIを活用した学習基盤「Accenture LearnVantage」をグローバルで展開しています。このプラットフォームの核は、AIレコメンドエンジンです。受講者の役割や組織戦略に基づき、最適な学習ジャーニーを提示することで、技術者から経営層まで、それぞれにパーソナライズし学習体験を提供します。
効果
各業界で進む急速な技術の進化に伴って発生するスキルギャップを可視化し、そのギャップを埋める学習とトレーニングをスピードと規模の両面で提供します。AIによる学習パスの最適化に加えて、実務での運用まで体系的に設計。AIのレコメンドによって、企業がそれぞれの事業領域で必要とするスキルを効率的に、そして効果的に整備できます。
実装のポイント
「スキル診断→個別化された学習→実務での活用」というAI時代のL&D(学習と能力開発)の理想的な流れがあります。AIレコメンドを起点とした学習パスの構築は、LXP(学習体験プラットフォーム)を導入する際の具体的なモデルとして参考になります。
取り組み
日立グループでは、ジョブ型人財マネジメントへの転換を進めるなかで、社員一人ひとりのアップスキリング・リスキリングを支える基盤として、学習体験プラットフォーム(LXP)「Degreed」を導入。日立アカデミーが提供する研修コンテンツに加え、LinkedIn LearningやgoFLUENTなど外部のオンライン教材も集約し、社内外の学習資源へ一元的にアクセスできる環境を整備しました。
効果
利用者が強化したいスキルを登録すると、それに応じた学習コンテンツがAIによって自動レコメンドされる仕組みを採用。利用者が増えるほどレコメンド精度が向上する設計です。また、ソーシャル学習機能により「誰が何を学んでいるか」「自分と似た志向性の同僚や上司が何を学んでいるか」といった情報が可視化され、社員同士のフォローや学習履歴の共有を通じて、日常的な学びとキャリア形成が結びつく環境が醸成されています。
実装のポイント
学習ログの可視化とソーシャル機能を組み合わせて、「誰が何を学んでいるか」を起点にしたコミュニケーションやキャリアの内省が活性化します。学習を組織文化として定着させるこの仕組みづくりは、スキルの陳腐化が加速するAI時代において、組織の競争力を維持するために不可欠な、新しい人材育成モデルです。

今回紹介した8つの事例からは、HR領域におけるAI活用が、単なる業務効率化にとどまらず、経営視点や組織づくりと密接に結びつき始めていることが見えてきました。また、IBMのグローバル調査では、AIや自動化がキャリアやスキルにどう影響するかを見通し、従業員と対話できているかが、活用の成熟度を左右する要素とされています。実際、先進企業の76%はAIと自動化を踏まえた「未来の働き方」について明確な計画を持ち、それを従業員と共有していると報告されています。※15
各企業の取り組みを紐解くと、一つの共通項が浮かび上がります。それは、AIの機能と人間の創造性をあいまいにせず、それぞれの持ち場を明確に定義して、相乗効果を生み出している点です。人事領域におけるAI活用の成否は、この切り分けにかかっていると言っても過言ではありません。8事例の中から特に顕著だった2つの成功パターンを以下に整理します。
今回の事例を見ると、AIの機能や精度は、入力されるデータの構造と整備レベルに強く依存していることがわかります。
日本企業では、データ入力の粒度やフォーマットの統一が課題になりやすく、「データをどう整えるか」がAI活用の起点かつ上限となります。スピード感よりも、どの業務で・どのデータを・どう構造化するかを設計することが、成果を引き出す前提になるのです。
これらの実践を横断してみると、「AIが一連の業務プロセス全体を担う」設計が共通しています。
共通していたのは、「この業務はこのAIで完結する」と現場が直感的に理解できる設計です。業務の中心にAIが定着することで、導入効果が明確化され、継続活用・全社展開が加速します。ツール間の連携ではなく、プロセスの一体化こそが、AI活用の成功を支えます。
採用や配置、エンゲージメント、学習といった主要な人事領域ごとに、AIが「データに基づく可視化」と「改善の方向性の明確化」を支えているのも大きな特徴です。企業の優位性は、AIが提示する示唆(インサイト)や分析結果を、現場のマネージャーや人事チームが、組織の価値観や戦略に照らしてどれだけ深く洞察し、具体的な行動や施策へと落とし込めるかにかかっています。
いま求められている人的資本経営とは、社員一人ひとりが「何を学び、どこで才能を発揮したいのか」という問いに対し、組織として真摯に応え、その成長に必要な後押しを具体的に提供することにあります。AIは、その実現を支えるために「データに基づく、質の高い対話」と「個別最適なサポート」を支える強力なパートナーになります。
こうした取り組みを根づかせるには、経営層から現場まで、「どのような働き方を組織として尊重し、どう支援していくのか」を共通の認識として持っていく土壌づくりが欠かせません。AIは単なる効率化の手段ではなく、組織の戦略と従業員の納得感をつなぐ橋渡し役でもあります。
HR領域におけるAI活用は、役割の再設計などの大掛かりな変革を目指すものではありません。AIがデータで何を浮き彫りにするのか。そして、組織はその事実に基づいて、いかに深い対話を重ねるかを考えていくべきです。HR×AIの成功は、AIが示すファクトと、人の価値観や意図がもっとも自然に交わる接点を見極められるかどうかにかかっています。
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