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生成AIからサプライチェーン最適化まで!主要消費財メーカー7社に学ぶDX戦略

生成AIからサプライチェーン最適化まで!主要消費財メーカー7社に学ぶDX戦略

国内の大手消費財メーカーは近年、従来の業務効率化にとどまらず、企業競争力を再構築するためのDXを本格化させています。特に直近2年は、生成AIの実装、顧客接点のデジタル強化、サプライチェーンの最適化、研究開発のデータ化など、多様な取り組みが加速しました。

生成AIは議事録作成や調査といった共通業務を超えて、社員が自ら開発者として関与する段階へ進化。顧客接点では、会員制プラットフォームやデータ基盤を通じ、ブランドと消費者が直接結びつく動きが広がっています。さらに、需要予測や物流効率化といったサプライチェーン領域、そして製品の中身を設計する処方設計や開発スピードを左右する研究開発領域でも、デジタル活用が進展しています。加えて、環境課題に対応するために業界横断でデータを共有するなど、DXは社会的責任とも結びついてきました。

本コラムでは、主要7社の最新事例を整理し、それぞれの特徴を明らかにします。

目次

花王:市民開発と顧客基盤強化で進める全社DX

花王は、DXを経営の成長エンジンと明確に位置づけています。特に注目すべきは、ROIC(投下資本利益率)に基づくDX投資管理です。これにより、デジタル施策を単なるコストではなく、事業成長や収益改善につながる投資として評価する枠組みを構築しています。これにより、DXが経営の主要なKPIと直結する体制が整えられました※1

人材面では、シチズンデベロッパーの育成が大きな特徴です。従来、業務アプリやデータ活用は情報システム部門に依存していましたが、花王はMicrosoft Power Platformを用いて、IT部門以外の現場社員自身がアプリを開発できる仕組みを導入しました。2027年までに3,000人規模のシチズンデベロッパーを育成する目標を掲げており、業務現場の課題解決を迅速に進める「民主化されたDX」を推進しています。

また、データ基盤Kao i-Lakeの整備も進んでいます。ここでは市場データ、販売データ、収益性データを一元的に管理し、価格戦略や需給調整、S&OP(販売・生産・在庫計画)に活用。意思決定を迅速かつ高精度に行える環境が整備され、データドリブン経営が現場レベルに浸透しています。

さらにマーケティング領域では、My Kaoを中核に据え、グローバルでの展開を加速。消費者の声を迅速に収集し、商品開発やテスト販売に反映するインタラクティブプラットフォームとして機能させています。研究開発では、マテリアルズ・インフォマティクスやRNA解析を応用し、個別の肌質やライフスタイルに適したサービス開発を進めるなど、製品の差別化を図っている状況です。

花王のDXは、投資管理・人材育成・データ基盤・顧客接点・研究開発という複数の要素が有機的に連動することで、全社の競争力強化を下支えするものです。

※1:出典「花王DX戦略説明会」(花王株式会社・2024

ユニ・チャーム:環境課題と結びつけるデジタル変革

ユニ・チャームは、第12次中期経営計画において、DXを成長の中心に据えています。デジタル関連には約200億円の投資をおこない、製造・販売・研究・マーケティングといった幅広い領域に横断的なデータ基盤を構築中です※2

特筆すべきは、環境対応とDXを結びつけた取り組みです。花王やライオンなどの同業他社や資材メーカーと共同で、脱炭素社会の実現に向けた「一次データ流通基盤」構築の実証実験をおこなっています。これは国内の日用品業界で初の試みであり、温室効果ガス(GHG)排出量の算定に必要な一次データを共通プラットフォーム上で安全に流通させることを目的としています。

この取り組みでは、デジタル技術を活用して一次データ流通を促進し、GX・DXを通じてGHG排出削減を推進しています。これは、今後の脱炭素経営における業界標準となる可能性を秘めた取り組みです※3
ユニ・チャームは、DXを通じて事業成長と環境課題解決の両立を明確に打ち出しており、サステナブル経営をデジタルで実現する先進的なモデルといえるでしょう。

※2:出典「第12次中期経営計画(FY2024FY2026)」(ユニ・チャーム株式会社・2024
※3:出典「サプライチェーン上のGHG排出量算定を産業界全体で効率化する『一次データ流通基盤』共同実証実験を開始」(ユニ・チャーム株式会社・2024)

ライオン:生成AIの民主化とエージェント開発

ライオンは、生成AIの活用において業界をリードしています。2024年には社内イベント「生成AI大賞」を開催し、全社員が生成AIを積極的に業務に活かす文化を醸成しました。議事録作成や文章作成、リサーチ業務などにおいて既に大きな効果を上げています。

さらに2025年には生成AIにエージェント機能を実装。従来のチャット型AIでは難しかった複雑な業務プロセスを自律的に処理できるようになり、日常業務の効率化と高度化が進展しました※4

特に注目すべきは、ビジネス部門から100名のAIエージェント開発者を育成する取り組みです。これにより、情報システム部門に依存せず、現場社員が自身の業務課題に合わせたAIアプリやツールを開発できる体制が整いました。現場のニーズに即したDXが可能になり、従来にないスピード感で業務改善が進んでいます。

DX戦略の柱は、未来予測型経営とDX民主化による効率化です。前者では、消費者行動データや市場動向を分析して将来のシナリオを描き、先を見据えた意思決定を実現。後者では、現場社員が自ら改善に取り組む文化を支えています。ライオンの事例は、DXを一部門に閉じるのではなく全社員に広げることで、組織全体を変革の主体とする先進モデルを示しています。

※4:出典「AIエージェントでオペレーショナル・エクセレンスを加速~社内生成AI『LION AI Chat』がエージェント機能を実装、ビジネス部門から100名の開発者を年内に育成~」(ライオン株式会社・2025)

資生堂:研究開発のデジタル基盤VOYAGERによる革新

資生堂は、研究開発領域におけるDXを強力に推進しています。2024年2月に導入されたVOYAGERは、処方設計や成分データ、評価データを統合管理するデジタルプラットフォームです※5。従来、部門ごとに分断されていた知見を集約し、研究から商品化までのリードタイム短縮を実現しました。

VOYAGERの強みは、AIを用いた処方シミュレーションや試験データの自動解析です。研究者は過去の膨大なデータを活用し、最適な処方を迅速に導き出せるようになりました。その結果、新商品の市場投入までの期間を短縮し、品質を担保したまま開発スピードを上げることが可能になっています。

さらに資生堂は、AIによる肌解析を活用して消費者個々の肌状態を数値化。これにより、将来的にはパーソナライズド化粧品の開発も視野に入れています。研究開発のDXは、単なる効率化にとどまらず、新たな顧客価値創造につながる点で特に意義深いといえるでしょう。

資生堂の事例は、研究現場における知の集約とデータ活用がいかに企業競争力に直結するかを示しています。

※5:出典「資生堂、100年にわたる研究の蓄積と先進AI技術を融合し共創から生まれる革新的な化粧品開発の新時代へ」(株式会社資生堂・2024

P&G:AI活用で進化するサプライチェーン最適化

P&GジャパンのDXへの取り組みは、壮大なビジョンやスローガンよりも、測定可能な事業成果に徹底的にこだわる実践的な姿勢が際立っています。特に、オペレーションが複雑でコストインパクトの大きいサプライチェーンにおいて、その強みを発揮。P&Gジャパンは、物流コストの高騰や人手不足といった、いわゆる2024年問題にDXで正面から取り組んでいます※6

その中核となるのが、流通パートナーと共同で構築したAI出荷予測システム。このシステムは、売上、在庫、販促計画といったデータを共有し、AIを用いて高精度な需要予測をおこないます。これにより、従来は直前・小ロットになりがちだった小売からの発注を、早期・大ロット化することが可能になりました。これは、生産計画から在庫、輸送まで、サプライチェーン全体の最適化につながり、店頭での欠品リスクを低減することができます。

さらに、自動配車システムやAIトラック台数予測システムを導入し、配送ルート、トラックの積載効率、ドライバーの稼働時間などを総合的に分析し、最適な配車プランを自動で算出。これらの取り組みは、すでにトラック台数の7%削減、積載効率の5%向上という具体的な成果につながっています。

※6:出典「P&Gジャパンのサプライチェーン戦略~DXの活用により、物流最適化を推進~」(P&Gジャパン合同会社・2024

ユニリーバ:社員2.3万人のAI教育と顧客接点の再定義

ユニリーバは、人材育成と顧客接点の再設計を軸にDXを進めています。2024年末までに世界で2万3,000人の社員がAI基礎教育を修了し、全社的にAIリテラシーを底上げしました。これにより、社員が業務効率化だけでなく、各部門において主体的にAIを活用できる体制を整備しました※7

まず、新興国市場向け施策として、AIとeコマースを組み合わせたeB2Bプラットフォームを展開。インドネシア、ベトナムなど5か国で50万以上の小売店と600のディストリビューターが活用し、日々約7.5万件の注文を処理しています。発注・配送ルート最適化や在庫把握をAIで支援し、地方の小規模店舗でも効率的に仕入れが可能になりました※8

一方、主要顧客向けには、需要予測や補充データをリアルタイムで共有するカスタマー・コネクティビティ(顧客接続性)モデルを導入。一例として、メキシコのウォルマートとのパイロットケースでは棚の在庫率が98%まで向上し、手作業に頼らないデータ駆動型の補充体制を確立しました※9

さらに、アマゾンとの協業では、日本の問題解決手法であるカイゼンを採用。世界中のユニリーバとアマゾンのチームがオフィス、倉庫、フルフィルメントセンターに集まり、エンドツーエンドのサプライチェーンプロセスを新しい角度から分析、改善を進めています。インドでの取り組みでは注文充足率が35%改善しています※10

これらの事例に共通するのは、AIとデジタルツールを通じて顧客(小売企業)と一体化したサプライチェーンを構築し、販売機会損失を防ぐだけでなく、消費者への提供価値を高めている点です。ユニリーバは「カスタマー・コネクティビティ」を再定義し、データ共有を起点にした持続的成長モデルを世界各地で実践しています。

※7:出典「オペレーショナルエクセレンスを推進するユニリーバのデジタル変革」(ユニリーバジャパン株式会社・2025)
※8:出典「How AI and e-commerce tools are transforming emerging market retail」(Unilever・2025)
※9:出典「Utilising AI to redefine the future of customer connectivity」(Unilever2024
※10:出典「Customer collaboration and Kaizen strengthen Unilever’s supply chain with Amazon」(Unilever・2025)

ロレアル:デジタルファーストを掲げる企業へ

近年、ロレアルはデジタルファーストを掲げる企業へと成長。顧客との関係構築・強化や新たな製品・サービスの開発にデジタルが活かされています。ロレアルの研究開発機関であるリサーチ&イノベーションセンターは、化粧品処方に応用される初のAI予測モデルの構築に向け、IBMと生成AI領域における独自のパートナーシップを発表しました。このモデルにより、ロレアルの科学者は、すべての製品と市場において、インクルーシビティ、サステナビリティ、パーソナライゼーションのより高い基準を達成できるようになります※11

顧客体験の領域では、ModiFaceというAR、AIを活用したバーチャルトライオン(試着)アプリを開発。これはリップスティックなどのメイクアップやヘアカラーをバーチャルで試せるサービスで、eコマースやライブショッピングと連動し、オンラインで提供しています※12

また、イノベーションやターゲットの拡大の一環で美容機器も積極的に投入。特許取得済みの赤外線ドライヤー「AirLight Pro」※13、細かい手の動きが困難な人に向けた、口紅を塗布する際のアシストデバイス「ハプタ」など、AIを搭載したハードウエアを開発、リリースしました※14

 

※11:出典「Decoding the Digital Transformation Reinventing the future of Beauty」(LOREAL GROUP・2020)

※12:出典「Reinventing the Consumer Beauty Experience Through Digital Services How Beauty Tech is bringing people together」(LOREAL GROUP2025

※13:出典「ロレアルグループ、CES®2024で画期的なプロ仕様ヘアドライヤー「AirLight Pro」を発表」(日本ロレアル株式会社・2024)

※14:出典「ロレアル CES® 2023イノベーション賞を受賞した2つの新しい美のテクノロジーを発表」(日本ロレアル株式会社・2023)

DXが拓く社会から選ばれる企業への転換

消費財メーカー各社のDXは、単なる業務効率化やIT導入の段階を超え、経営戦略の中心として企業価値とブランドを再構築する取り組みへと進化しています。

近年では、生成AIの導入やデータ基盤の統合をはじめ、購買データやSNSなど多様な顧客接点の情報を活用し、マーケティングから生産、物流までの全体最適化を図る動きが加速しています。これにより、経営のあらゆる領域にデジタルが根付く「データ駆動型経営」への転換が進みつつあります。

特に注目すべきは、DXを事業成長と社会課題解決を両立させる基盤として位置づけている点です。顧客体験の向上、研究開発の効率化、サプライチェーンの脱炭素化、業界横断でのデータ共有など、デジタル活用の範囲は事業構造全体に広がっています。これらの取り組みは、消費財業界が持続的な成長を遂げるための重要なモデルケースであり、他業界にも大きな影響を与えています。

らに、消費財メーカーではDXを通じて自社の存在意義と社会的責任を再定義する動きも進んでいます。リアルとデジタルを融合した購買体験の創出、生成AIを活用した商品開発プロセスの刷新、環境負荷を可視化して消費者と共有する仕組みづくりなど、テクノロジーは企業活動の根幹に組み込まれています。こうした変革は、効率化の先にある環境対応とブランド価値向上を両立する経営モデルへの移行を示しており、デジタルが企業と社会を結ぶ新たな接点となっています。

執筆者紹介

株式会社メンバーズ

「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

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