執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

製造業の課題は、技能継承から設備老朽化、デジタル格差、サプライチェーンまで多岐にわたっているように見えます。実際には、これらは同じ構造のなかで連動して起きています。
経済産業省「2025年版ものづくり白書」によれば、製造業の9割以上が技能継承に取り組む一方、その主力は退職者の再雇用(70%超)に依存しています※1。
これは、熟練者のノウハウが体系化されず、現場の品質や稼働安定性が再現しづらい状況を意味します。特に中小企業では、人員・資金面の制約から教育体制を整備できず、属人性の解消が進みにくいことが課題として指摘されています。
ものづくり白書では、デジタル技術を使った業務改善に取り組んでいない企業が22%に上るなど、現場DXの進展には依然として大きな差があると指摘されています※1。特に従業員50人以下の企業では実施率が31.5%と低く、規模が小さいほどデジタル活用が進みにくい傾向が明確です。
アビームコンサルティングの調査でも、スマートファクトリーへの取り組みは全体の32.9%にとどまり、そのうち45.7%が「完全自動化を目指しながらも進展していない」と回答しています※2。推進人材の不足(約2割)や予算制約が足かせとなり、工程をまたいだデータ連携や分析基盤の整備が進みにくい状況が浮かび上がっています。
同調査では、工場データとサプライチェーンデータを十分に連携できていない企業が12.7%存在し、ユースケース設計やシステム統合の難しさが課題として示されています。また、部門や拠点をまたいだデータ連携が進まないことで、需給変動への対応が遅れ、管理負荷の増大やコスト上昇につながるケースも報告されています。
こうした状況の背景には、人・設備・データ・サプライチェーンがそれぞれ独立して動いてしまう構造があります。これは個別の改善だけでは対応しきれず、工場全体を見渡した最適化が欠かせません。こうした背景から、生産現場では「全体をつなぐ仕組み」そのものが問われています。
スマートファクトリーとは、IoTやAI、産業ロボット、デジタルツインといった技術を組み合わせ、生産プロセス全体をデータで最適化する工場を指します。概念の源流は、2011年にドイツが提唱した「Industrie 4.0」。日本では2017年の「ものづくりスマート化ロードマップ調査」を契機に、現場の見える化や自動化が広がり始めました。その後10年で対象範囲は大きく広がり、工場単体の最適化から、設計やサプライチェーンを含む全体最適へと進化しています。
最新の視点は、経済産業省・NEDO「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」(2024年)が示すとおりです。同ガイドラインは次のように述べています。
“ 既存の部門機能・業務を前提とした「部分最適」な取組みから、ものづくりの全体プロセスを視野に入れた「全体最適」を目指す取組みへのステージアップ”
“ 開発設計、生産管理、製造ひいては販売・サービスに及ぶ広い意味でのものづくりの全体プロセスを、デジタル技術を用いて最適化する手法について、特に、デジタルソリューション導入の企画段階に重点を置いてまとめた”
引用:「スマートマニュファクチャリング構築ガイドライン」(経済産業省 NEDO・2024)
スマートファクトリーとは、この考え方を現場に実装し、現場判断をデータで支える「自律型の工場」をつくる取り組みです。AIやロボットを入れること自体が目的ではなく、工場全体をデジタル統合し、再現性のある意思決定を可能にする仕組みづくりが本質なのです。
スマートファクトリーを考えるうえでは、製造業が直面する課題をどの領域で捉え、どう整理するかが重要になります。経済産業省・NEDOが2024年に示した枠組みでは、こうした変革ポイントを「マニュファクチャリング変革課題マップ」として体系化し、取り組むべき領域を可視化しています。この整理軸を手がかりに、スマートファクトリーが実際にどの課題をどう解決するのか、効果の及ぶ範囲を具体的に見ていきます。
ガイドラインが示す変革領域の特徴は、個々の技術導入にとどまらず、「人材・設備・品質・生産・環境」という複数のチェーンを連動させ、全体最適へつなげる視点にあります。下表は、その要点を抽出したものです。
| 課題領域 | 変革の方向性 | 主な対応技術・アプローチ |
| 人材・技能継承 | 属人化から標準化へ。作業支援・協働ロボット・ナレッジ継承の仕組み化 | 作業ナビゲーションシステム、画像AI、協働ロボット、技能データベース |
| 設備・保全 | 老朽設備も含めた稼働データの取得・分析による、既存設備の後付けデジタル化 | 追加センサー、エッジAI、OEE可視化、予知保全モデル |
| 品質・生産性 | 工程間データ連携による品質の再現性確保と歩留まり改善 | AI検品、MES、トレーサビリティ、タグ連携 |
| 生産最適化・需給変動対応 | デジタルツインで全体最適を実現し、リードタイム短縮・生産柔軟性を強化 | デジタルツイン、最適化AI、シミュレーション |
| 環境・サステナビリティ | エネルギー最適化と排出量可視化、BCPと脱炭素の両立 | FEMS、需給予測AI、SCM連携 |
これらの領域は一見別々に見えますが、向かう先は共通しています。それは、人・設備・品質・生産・環境をどうデータで結び、工場を自律的に判断できる姿へ近づけるか、という点です。スマートファクトリーとは、技術を寄せ集めることではありません。経営・業務・現場をデジタルで有機的につなぎ、可視化から最適化、そして自律化へと段階的に進めていく「全体最適の仕組み」の構築にあります。

工場のデジタル化は、省力化や自動化の段階を越え、設備・品質・生産・環境をまとめて最適化するフェーズへ向かっています。スマートファクトリーの鍵は、これらの領域をデータでつなぎ、現場と経営を一体で動かす仕組みづくりにあります。
ここからは、予知保全や品質検査、生産シミュレーション、エネルギー管理などを実践する国内外8社の取り組みを紹介します。企業がどんな課題に向き合い、どの技術を組み合わせ、現場をどう変えたのか。具体的な成果を見ていきます。
背景・課題
日本の製造現場では設備の老朽化と保全人材の減少が重なり、突発停止への後追い対応が常態化していました。稼働率の把握は人手による記録に偏り、設備の状態変化を定量的に捉えられないことが安定稼働の妨げとなっていました。
解決アプローチ
コマツ産機はIoT稼働管理システム「Komtrax」を導入し、設備データの常時収集と遠隔モニタリング体制を構築しました。大型サーボプレスには予知保全AIを組み込み、微細な振動・温度変化を解析して故障兆候を捉える仕組みを実装しました。
効果・成果
生産性は従来比140%へ改善し、稼働率と保全コストが大幅に改善しました。データが共通言語となり、現場での改善提案が自発的に生まれる文化的変化も報告されています。
実装ポイント
背景・課題
製造業では、わずかな設備停止が年間利益を大きく揺るがします。Siemensの調査「The True Cost of Downtime 2024」によれば、計画外ダウンタイムは年間1.4兆ドル、売上の約11%に相当する損失を生むとされています。従来はクラウド分析に依存していたため、送受信の遅延によって異常兆候を捉えきれず、事後保全を避けられない構造がありました。
解決アプローチ
Siemensはこの課題を断ち切るため、Arm v9ベースのエッジAIセンサーを採用し、自社ソリューション「Senseye Predictive Maintenance」と統合しました。
効果・成果
エッジ分析によりクラウド遅延が解消され、設備応答の即時性が向上しました。稼働条件の自動補正により、廃棄最小化・設備寿命延伸・CO₂削減といった副次的効果も確認されています。
実装ポイント
背景・課題
多品種・変量生産が進む製造現場では、検査やライン調整が熟練者の判断に依存しており、突発異常が生産ロスやエネルギー浪費に直結していました。Boschの分析でも、ライン上のセンサー情報が統合されず、品質・設備・保全が分断されたまま管理されていることが大きな課題として確認されていました。
解決アプローチ
Boschはこの分断を解消するため、IoT・AI・MESを統合する「Nexeed / Bosch IoT Suite」を全拠点に標準化しました。
効果・成果
AIにより「ラインが自ら条件を調整する」運用が確立し、生産変動に強い運営体制が整いました。
実装ポイント
背景・課題
多品種少量と短納期が常態化するなか、品質の再現性と作業標準化は重要性を増しています。しかし現場では、作業スピードや手順のムラ、目視検査の判定差といった、属人的なばらつきが大きなボトルネックになっていました。熟練者の引退や人材流動性の高まりも重なり、「技能を人から人へ伝えるだけでは限界がある」という課題が顕在化していました。
解決アプローチ
オムロンは、現場の技能や判断をデータとして扱い、工程最適化につなげる仕組みとして「i-BELT」を展開しました。
効果・成果
特に、作業データの可視化によって、従来は見えなかったムラや負荷偏りが明確になり、改善の着眼点が定量的になりました。これが再現性の高い現場づくりを支えています。
実装ポイント
背景・課題
空調機器の市場は季節・地域の要因が複雑に絡み、需要変動が大きい分野です。世界に工場が分散するダイキンにとって、生産のスピードと安定性の両立は長年のテーマでした。しかし現場では、工場ごとにシステムやデータ形式が異なり、生産・保全・品質情報がつながらないサイロ化が顕在化。突発停止は納期遅延・余剰在庫・需要機会損失につながり、「拠点単位の最適化では限界がある」という課題が明確になっていました。
解決アプローチ
ダイキンは、まず「見える化/数値化」の中核として工場デジタルツインを構築し、これを基盤に予知・予測と最適化の機能を段階的に連携させました。
| フェーズ | 取り組み内容 |
| 見える化/数値化 | 作業動作・動線の自動計測 AI外観検査でばらつき削減 設備・異常予兆・人の動きをデジタルツインで一元表示 |
| 予知・予測 | FTAによる故障因果モデル化 稼働データ×故障モードのAI学習 熟練判断基準のデータ化 |
| 最適化 | 高速シミュレーションで生産順序を自動生成 ライン負荷・工程時間に基づく全体最適計画 ノーコードで70超の業務アプリを開発 |
効果・成果
数値改善に加え、現場がデータを基準に動く文化が定着し、状況を後追いする工場から先回りして最適化する工場へと変わり始めています。
実装ポイント
背景・課題
自動車産業は、電動化・多品種化・地域規制への対応など複雑な要請が同時進行しています。BMWにとっても、新モデル投入のスピードと柔軟な生産体制の確立は避けて通れないテーマでした。しかし実際の工場では、年間数千規模の設備・治具変更が発生し、実機検証や改修に多大な時間とコストがかかっていました。欧州を中心に高まるカーボンニュートラル要請も重なり、効率・品質・持続可能性を同時に満たす新たな工場モデルが求められていました。
解決アプローチ
BMWが採用したのが、生産戦略「iFACTORY」の中核に据えたバーチャルファクトリー(デジタルツイン工場)です。
こうしてBMWは、工場全体を「リアルタイムで更新され続ける仮想空間」として運用する基盤を築きました。
効果・成果
「つくる前につくって確かめる」仕組みが、生産立ち上げのリスクを大きく圧縮し、BMWのスピード経営を後押ししています。
実装ポイント
背景・課題
化学・エネルギープラントでは、温度・圧力・原料組成など多くの変数が刻々と変化し、運転には高度な判断が求められます。長年、制御は熟練運転員の経験に依存してきましたが、24時間操業の負荷、熟練者の減少、エネルギー価格の高騰が重なり課題が顕在化。さらに、PIDやAPCでは扱いきれない非線形挙動も多く、「安全・安定・省エネ」を同時に達成する運転は、人の手だけでは限界が見えていました。
解決アプローチ
横河電機とENEOSマテリアルは、プラント制御に強化学習AI「FKDPP」を導入。これは支援AIではなく、制御そのものを担うAIを前提にした世界初の取り組みです。
これにより、従来の制御技術では難しかった複雑系プロセスに新しい運用が生まれました。
効果・成果
AIが制御の最終判断者を担うことで、プラント運転は人の負荷に左右されない持続可能な体制へと前進しています。
実装ポイント
背景・課題
半導体製造はナノスケールの工程が連なる典型的な複雑系で、わずかなプロセス誤差が歩留まりに直結します。設備のチューニングには膨大なデータ解析と熟練エンジニアの知見が必要でした。一方で、ライン全体を人の経験だけで最適化することには限界があり、DX人材不足、工程間データの分断、異常検知の遅れといった課題が蓄積。「工場全体をひとつの知的システムとして運用する」転換が不可避になっていました。
解決アプローチ
SamsungはNVIDIAと協働し、5万台規模のGPUクラスタを中核とするAIメガファクトリー基盤を構築しています。
計測→分析→予測→制御が途切れず循環する、自己進化型の工場が構築されました。
効果・成果
Samsungが推進する「AI メガファクトリー」は、単一工程の改善に留まらず、工場を巨大なAIシステムにする点が特徴です。
実装ポイント

近年の事例が示すのは、スマートファクトリーが単なる自動化の延長ではないという点です。コマツ産機による「勘のデータ化」、Bosch やダイキン工業の自律ライン制御、BMWやSamsungの「つくる前に学ぶ」デジタルツイン。いずれも、工場を学習するシステムとして再設計する方向へ向かっています。
この潮流は、世界的な調査でも裏付けられています。Deloitteの調査では、スマートマニュファクチャリングを体系的に進める企業が、生産性や稼働キャパシティを着実に押し上げていると整理されています※27。スマートマニュファクチャリングの取り組みを進める企業は、生産出力10〜20%向上、従業員生産性7〜20%改善、稼働キャパシティ10〜15%向上──こうした成果を平均的に報告しています。スマートファクトリーを持つ企業の共通点から見えるのは、次の三つの具体的な一手です。
①いま何が起きているかを定義する
コマツ産機もオムロンも、最初にやったのは高度なAI導入ではなく、「どの工程にどんなムラがあるのか」「設備は実際どれだけ稼働しているのか」という、「見えているようで見えていない現実」の可視化でした。これは中小工場でも同じで、稼働データ、作業時間、工程の手戻り、数値化の精度を上げるだけで改善の打ち手は一段変わります。
②課題を工程単位ではなくつながりで捉える
Boschやダイキンの成果は、品質・設備・生産をバラバラに扱わず、チェーンの断点をつないだところから生まれました。例えば「検査が遅い」問題が、実は設備の微振動の変化や作業負荷の偏りから起きていた、という例は珍しくありません。工程単位ではなく“流れを見る”視点が、次の改善テーマを必ず見つけてくれます。
③デジタルを現場任せにしない仕組みをつくる
成功した企業は例外なく、現場主導の改善と、IT/デジタル部門の伴走、そして経営の意思決定、この三層をつなぐハブを持っています。PoCが散らばって失敗するのは、「つなぎ役」がいないことが主因です。逆にいえば、小さく始めても、仕組みさえ整えば学習サイクルは確実に回り始めます。
スマートファクトリーは、現場の悩みをデータで因果につなぎ直し、止まらず・ぶれず・先を読める工場へ変えるアプローチです。効率化の先、学び続ける工場になる一歩は、目の前の一工程を「つながり」として見直すところから始まります。
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。