執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

なぜ多くの店舗DXが構想止まりに終わってしまうのか。現場定着を阻む3つの要因をひも解き、突破の糸口を探ります。
小売企業では、DXの一環としてPoC(概念実証)を繰り返すものの、社内の合意形成やリソース確保に至らず、結果的に立ち消えになるケースが少なくありません。
IPAのDX白書2023によれば、小売業界において「DXという言葉の意味を理解し、実際に取り組んでいる」と答えた企業は15.7%にとどまっています。「DXを全社戦略の下で実装している」とする企業は、日本企業の多数派にあたる売上高500億円未満では2割台にとどまっており、PoC段階から全社展開へ移行できない企業が依然として多い実態が浮き彫りになっています※1。
ECで成果を上げたパーソナライズ施策が、店舗ではまったく活用されていない。このチャネル間の分断が、ブランド体験の不整合を生み、顧客の離反リスクを高めています。リテールにおけるOMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインを融合する取り組み)の難しさは、まさにこの「最後の1マイル」に表れます。顧客情報が統合されず、接点ごとの対応が一貫性を欠いてしまうのです。
KPMGの「Global Tech Report 2024」でも、消費財・小売企業の60%が顧客フィードバックを収集しているにもかかわらず、活用に至っていないと指摘されています。これは、チャネル横断のデータ連携が進まず、サイロ化が残っていることを意味します。
いま、店舗とEC、リアルとデジタルの体験をシームレスに結ぶ OMO の統合は、LTV(顧客生涯価値)向上の前提条件です。真に顧客中心の体験ジャーニーを実現するためには、テクノロジーの導入にとどまらず、業務プロセスや組織構造を一体で再設計する視点が求められます。
DX推進において、ツールや技術以上に問われるのが「人」です。特に、ITに精通しつつ現場の実情も理解するハイブリッド人材は、プロジェクトを成功に導くための要といえます。経済産業省のDXレポート2.2では、DXの成熟度を高めるためには、経営者がビジョンを明示し、それを全社で共有できる体制が必要と提言されています※3。つまり、縦割り構造ではなく、部門横断的な連携が必須です。特に店舗DXにおいては、現場を深く理解する人材をリーダー候補として抜擢し、OJTや外部の伴走支援を通じて育成する体制が、着実な成果につながります。

リアルとデジタルが交錯する現代において、DXは単なる効率化の取り組みではなく、企業の競争力そのものを左右する「体験設計と収益性の最適化」の手段へと進化しています。OMOを前提としたLTV最大化こそ、今あらためて再定義すべきDXの核心です。
DXを「業務のデジタル化」や「効率化」にとどめていては、本質的な価値創出にはつながりません。McKinseyは、DX推進においては業務効率化を出発点としつつ、最終的なゴールを「顧客ジャーニーの体系化とその価値の定量化」に据えるべきだと提言しています※4。オンラインから店舗、購入後のサポートまで、すべての接点を顧客起点で統合する。その仕組みが、DXによる競争優位をもたらします。
顧客体験の質を高め、LTVを最大化する取り組みは、すでに海外の先進企業で実践段階に入っています。S&P Globalのレポートでは、リアル店舗を中心にAI・IoTを実装した「スマートストア」化の潮流が紹介されています※5。
センサーによる購買行動のリアルタイム把握、AIによる在庫補充や需要予測、レジレス決済、パーソナライズされた商品提案など、これらの仕組みは単なる効率化ではなく、「顧客がどのように体験し、どこで価値を感じるか」というデータをもとに運営を最適化する、店舗DXの最前線です。
店舗を単なる販売拠点ではなく、顧客接点のプラットフォームとして再定義し、オンラインとオフラインをデータで統合する。その一体化が、次世代の店舗DXを支える中核アーキテクチャとなりつつあります。
OMO設計とは、オンラインとオフラインを区別せず、顧客視点で一貫した体験をつくる構造改革です。IPA「DX動向2025」でも、日本企業は効率化に偏重しがちで、海外に比べLTVやCX設計といった体験価値の最大化への意識が低いと指摘されています※6。
ただし、一口に小売業と言っても、業態によってLTVの構造は大きく異なります。たとえば、高頻度・低単価のドラッグストアでは習慣化がキーになる一方で、低頻度・高単価の家電量販では、購買前の比較体験やアフターサービスの設計が重要になります。OMOやCX設計、業態ごとのLTVドライバーを踏まえた体験設計は、DXの価値を実現するうえで不可欠な論点です。
| 業態 | 購買頻度 | 検討期間 | 購買単価 | 体験設計の焦点 | LTV向上に必要な要素 |
| ドラッグストア | 高頻度 | 短期 | 低単価 | 習慣化・利便性・パーソナライズ | 定期購入/アプリ通知/健康データ連動型CRM |
| 家電量販店 | 低頻度 | 長期 | 高単価 | 比較検討支援・相談体験・安心保証 | 購入前の接客体験/アフターサービス/機種ごとのリピート設計 |
| アパレル | 中頻度 | 中期 | 中単価 | 試着・接客・ブランド体験 | 会員ステージ制度/接客の記憶データ/来店通知 |
| 飲食チェーン | 高頻度 | なし | 低単価 | 味・待ち時間・接客効率 | 利用履歴ベースのキャンペーン/スタンプによる習慣化 |
こうしたLTV設計は、現場との接点で実装する必要があります。たとえば当社が提供する「店舗DX支援サービス」では、デジタル人材が店舗現場に常駐し、本部と現場をつなぐブリッジ役としてOMO戦略の実行を支援します。これはツールの定着支援にとどまらず、接客でのデータ活用や業務設計そのものの見直しを伴走するアプローチです。ユナイテッドアローズでのPoC支援では、現場起点の変革と本部戦略の接続を同時に実現する実践知が積み上がっています。
デジタル人材が店舗に常駐しOMO戦略の実行と業務プロセス改革を伴走支援する『店舗DX支援サービス』提供開始!第一弾としてユナイテッドアローズへPoC支援を開始
「構想止まり」を防ぎ、現場で動かすためには、現場視点でのAI活用設計と、その実装を推進できるミドル層の存在が不可欠です。たとえば、丸紅とフジヤベトナムの取り組みでは、営業現場にAIを導入し、訪問間隔・頻度・販売量などの指標をもとに、訪問ルートを最適化。属人的な判断に頼らず、日次業務を自動提案する仕組みを構築し、生産性と品質を両立しています※8。
また、欧州の大手シューズ小売業者では、AIによる在庫最適化と店舗間移動の自動化により、導入からわずか半年で欠品率を8.8ポイント改善、損失売上を11.95%削減、追加売上は2,140万ドルに達するという成果を上げました※9。現場オペレーションに即したAI導入が、短期で確実な利益改善につながることを示しています。
さらに国内では、@cosmeを展開するアイスタイルのOMO戦略が注目されています。ECと店舗を連携させた「@cosme SPECIAL WEEK」や「BEAUTY DAY」といったイベントでは、購買・来店・レビューなどのユーザーアクションを統合管理。AIによるクチコミ分析ツール「@cosme Copilot」の活用に加え、現場実装を担う中間層リーダーの育成を通じて、オンラインで設計されたCXを店舗に定着させる仕組みを築いています。同社のリテール事業は前年比27%成長を記録し、OMOによる顧客体験の深化と収益を両立しています※10。
このように、構想から現場実装へと橋渡しする人材と設計思想の有無が、成果を左右する分水嶺となっているのです。では、店舗DXを前に進める推進リーダーには、具体的にどのような視点とスキルが求められるのでしょうか。ここで挙げるのは、経営と現場、デジタルと業務を横断する3つの実践力です。

OMOの実現では、オンラインで設計された顧客体験を、店舗という現場で使えるかたちに落とし込み、定着させる力が問われます。ここで求められるのは、単なるITスキルではなく、現場業務への理解と接客価値への共感に裏打ちされた視点です。店舗DXを成功に導く中核人材、橋渡し役としてのリーダーに迫ります。
LTV最大化やデータドリブン経営といった経営ビジョンを、現場が日々の行動で理解し実践できるようにすることが、推進リーダーの重要な役割です。たとえば、「顧客LTVを高める」という経営方針を、店舗レベルでは「再来店率」「アプリ会員化率」「顧客満足度スコア」といったKPIに置き換え、スタッフが自分の行動で成果を実感できる形に可視化します。
また、現場のミッションとKPIを対応させた表を作成し、経営層と現場の意思疎通をスムーズにすることも重要です。成果を測る際は、現場KPIの変動と顧客行動データ(例:来店頻度、購買単価)の相関を追うことで、戦略が現場で機能しているかを検証します。
DXを「やらされ施策」にせず、現場から自然に動き出す状態をつくるには、共感を仕組みとしてデザインする視点が必要です。たとえば、店舗ごとにスタッフ主導の改善アイデアを募集し、成果を月次で共有・表彰する「ミニDXアワード」を設ける。あるいは、データ活用による業務改善(例:発注時間の短縮や売上貢献)を可視化するデジタルKPIボードを設置する。
また、導入初期には「否定禁止ルール」を定め、スタッフの提案が批判されずに出せる場を保証することで、心理的安全性を確保します。こうした仕掛けを通じて、「デジタルで自分の仕事が変わった」という実感を生むことが、現場DXの起動力になります。
OMO施策においては、導入はスタートラインにすぎません。真の価値は、データ活用を業務動線に埋め込むことで初めて定着します。たとえば、POSデータや予約・在庫データを週次でダッシュボード表示し、店舗ミーティングで「KPI変動要因」「顧客行動」「次週改善策」を共有する運用を仕組み化する、といったように、改善会議のフォーマットを固定し、数値を中心にPDCAを回すことで、DXを継続的な文化にできます。効果測定は、改善サイクルの継続率や施策更新までのリードタイム短縮など、運用の速さと継続性で評価することが重要です。
多くの企業がPoCでつまずき、定着や全社展開に苦しんでいる背景には、共通する課題があります。それはテクノロジーの精度やツールの有無ではなく、「現場で人が動くための組織設計が伴っていない」という課題です。特に見落とされがちなのが、「現場と本部の熱量ギャップ」です。
DXをリードする側は、構想や理想像から逆算して全社展開を描きがちですが、現場の課題は日々変化し、ツール導入だけでは動きません。必要なのは、意欲あるモデル店舗で小さな成功体験を積み上げ、それを再現可能なモデルとして昇華することです。
これら実現するには、業態特性と現場リズムに合った「DXの実装条件」を見極める視点にかかっています。ただ導入するだけでは形骸化は避けられないので、実装するための人、時間、共通言語、教育にまで踏み込めるかどうかが、成功のカギとなります。
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「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。