執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。


アドフラウドとは、botや人為的に操作された不正トラフィックによって、広告主の予算が「成果ゼロ」のクリックやインプレッションに浪費されてしまう構造的な問題です。
Juniper Researchによれば、2023年には世界のデジタル広告支出の22%、総額にして842億ドルがアドフラウドによって失われたと推定されています。2028年にはその損失額が1,720億ドルに倍増するという予測もあります※1。
日本は、世界的に見てもアドフラウドのリスクが極めて高い市場の一つとされており、2022年時点でアドフラウド率は世界ワースト2位、ディスプレイ広告のビューアビリティは世界最下位という衝撃的な調査結果があります※2。
また、2024年には国内のアドフラウド被害額が1,510億円に達したとの推定もあり、デジタル広告費全体の5%超が不正なトラフィックに費やされている可能性があります。市場全体(約3.6兆円)にこの水準のフラウドが発生していた場合、被害額は最大1,862億円にのぼると分析されています※3。
アドフラウドの脅威は、特定の怪しいサイトや一部の不正業者に限られた特殊な問題ではありません。2025年8月に発表されたSquadの国内調査では、主要な広告プラットフォームにおいても、以下のように最大数十%規模の不正クリックが確認されています※4。
これらは、あくまで最大値としての報告であり、常にこの水準が発生しているとは限りません。しかし、自社の広告費の数十%が不正トラフィックに浪費されている可能性があるという事実は、すべての広告主にとって無視できないリスクです。
「CPAは改善している」「クリック数は増えている」
そうした数字の報告を受けながら、実際の売上には反映されていない。そのようなケースの背景には、ボットや不正ネットワークによる「見えない浪費」が潜んでいます。成果レポート上は順調でも、実際には広告費の一部が成果ゼロのトラフィックに消えている。これが、アドフラウドのもっとも厄介な点です。
多くの企業が広告運用を代理店に委託していますが、その構造にはアドフラウドを温存してしまうというリスクがあります。代理店のKPIが「配信量」や「CPA改善」に偏る場合、不正トラフィックを除外するよりも、広告の露出やクリック数を維持することが優先されがちです。結果として、量の最適化が進む一方で、質の担保が置き去りになる状況が生まれます。
さらに、広告配信の経路や掲載面、除外設定などが十分に開示されないケースも多く、運用実態がブラックボックス化しているのが現状です。広告費の最終的な責任は企業側にあるにもかかわらず、その使途を自ら検証できない構造に陥っているのです。
こうした構造的リスクを踏まえ、総務省は2025年に「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を公表しました※5。このガイダンスでは、アドフラウドやブランド毀損といったリスクを「代理店任せでは防げない問題」として明示し、広告主自身が主体的に関与すべきと強調しています。具体的には、以下のような対応が推奨されています。
つまり、広告をどこに・誰に・どのように届けているのかを、企業自身が継続的にモニタリングする責任が求められるのです。代理店やプラットフォームに依存する構造から、自社による広告費のガバナンスへ。デジタル広告の透明性と信頼性を取り戻すには、まさに広告主側のパラダイム転換が不可欠です。
デジタル広告の透明性と健全性を守る上で、いまもっとも重要とされるのが「アドベリフィケーション(Ad Verification)」です。これは、広告が実際にユーザーの目に触れているか(ビューアビリティ)、安全な媒体で配信されているか(ブランドセーフティ)、そして不正なトラフィックによって浪費されていないか(アドフラウド対策)を、第三者の視点で検証・可視化する仕組みを指します。
JICDAQ(一般社団法人デジタル広告品質認証機構)が2024年に実施した「デジタル広告課題意識調査」では、広告主の約半数がアドフラウド対策に取り組んでおり、特に「信頼できるプラットフォームの精査」や「対策を行っているアドサーバーの利用」が上位に挙げられました※6。
一方で、誰がどの範囲を担うべきかという分担の曖昧さは依然として残っています。だからこそ、DXやマーケティングを推進するチーム がまず取り組むべきは、代理店やツール任せにしないスタンスです。自社主導で実践できる3ステップを見ていきましょう。
アドフラウド対策の第一歩は、広告レポートを鵜呑みにしないことから始まります。Google Analyticsや広告プラットフォームの管理画面で、不自然なクリック数や極端に短い滞在時間など、異常値を洗い出しましょう。数字の裏にある違和感をあぶり出すことが先決です。
異常に高いCTRの配信面はないか?
業界平均(1〜2%)の2倍以上なら、不正クリックやアドスタッキングの可能性があります。
GA4で「直帰率90%以上」「滞在時間0秒」のセッションが10%を超えていないか?
典型的なフラウドトラフィックのパターンです。
代理店に「配信先メディアリスト」や「無効クリックの除外基準」を開示依頼できるか?
開示がなければ、運用の透明性に疑問が残ります。
これらの確認には、追加のコストも特別な知識も不要です。違和感をデータで裏づける視点こそが、健全な広告運用の起点です。
次に重要なのが、不正を定量的に検知・監視できる仕組みの整備です。IAS、DoubleVerify、MOATなどのアドベリフィケーションツールを活用し、トラフィックの品質やビューアビリティをスコアリング。ブラックボックス化しやすい広告配信の実態を、データから可視化します。
ただし、ツールの導入だけで満足してはいけません。ツールが検知した不正データを、自社のKPIや顧客データと突き合わせて分析し、どの媒体・時間帯・地域でリスクが高いのかを特定する「読み解く力」が欠かせません。ツールは補助輪であり、主導権は企業側にあるという意識が重要です。
アドフラウド対策は、ディフェンスで終わるものではありません。除外対象となった媒体や配信設定の傾向を分析することで、不正が発生しやすい環境と、成果につながりやすい環境の両方が可視化できます。この知見をもとに、信頼性の高いメディアへ予算を集中投資し、広告クリエイティブやターゲティング精度を高めていくこともできます。健全化から最適化への転換が、真のROI改善をもたらすのです。
つまり、アドフラウド対策とは不正を防ぐことではなく、正しい意思決定を支えるデータを確保することに主眼を置くものです。広告データを単なるレポートではなく、企業の経営資産として扱う姿勢が求められます。「広告費を守る部門」から「データ資産で未来を導く部門」へ。広告・マーケティング部門のこの転換こそが、ROI最大化とデータドリブン経営の両立を実現します。

アドフラウド対策を持続的かつ実効性あるものにするには、ツールを導入するだけでは足りません。不正を検知するのは仕組みでも、判断し、改善を回すのは「人」です。現場で起こりがちな課題と、それに対する実践的な支援・改善の方向性を整理します。
アドフラウド対策を実務として回そうとする際、最初の課題となるのが「何から着手すべきか」という壁です。ツールを導入しても使いこなせない、代理店との情報格差が埋まらない、経営層に説明しても理解を得にくい。こうした悩みは、仕組みと人の両輪が整っていないことに起因します。
| 課題 | 支援/改善手段 |
| 原因が特定できない/ブラックボックス化 | 第三者視点のデータ監査支援、経営層向け報告フォーマット提供 |
| 代理店とのズレ・交渉力不足 |
データに基づく交渉支援・仲介役の提供、配信品質・除外基準の共通理解設計 |
| ツールを導入したが使いこなせない |
ツール選定、初期設定、運用サポート、ダッシュボード構築など伴走型導入支援 |
| 社内にノウハウがなく育てられない |
勉強会・ワークショップ実施、社内ガイドライン策定、自走化支援パッケージ |
| 対策がコスト削減止まり | クリーントラフィックを起点とした応用領域(CRM活用、LTV向上、パーソナライズ広告など)への波及支援 |
このように、アドフラウド対策は単なる技術的課題ではなく、組織構造や意思決定の仕組みまで含めた経営テーマです。特にDX担当者は、広告部門・IT部門・経営企画をつなぐハブとして、データを軸に意思決定を支える役割が求められます。
アドフラウド対策を継続的に機能させるには、「すべて内製」も「すべて外注」も最適解とは言い切れません。重要なのは、企業のリソース・知識レベル・スピード要求に応じて、最適な分担点を見極めることです。
●完全外注のメリット・デメリット
最新ツールや専門知見をすぐに活用でき、短期間で一定の効果を出せる点。リソースの限られた企業には有効です。ただし、ノウハウが社内に残りづらく、長期的にはブラックボックス化のリスクがあります。
●完全内製のメリット・デメリット
データが常に社内に留まり、柔軟な分析や改善がしやすい点。一方で、人材育成コストや専門知識のキャッチアップ負担が大きく、スピードを欠く可能性もあります。
こうしたトレードオフを踏まえ、内製と外部支援を組み合わせるハイブリッド型体制が現実解です。自社で「モニタリングと初期判断」を担い、外部の専門家が「分析・最適化・仕組み化」を支援する。この分担により、短期的な成果と中長期的な自走が両立します。
当社のような外部パートナーは、このモデルにおいて「実務の代行者」ではなく、「運用の共創者」として機能します。その目的は、外部への依存を深めることではなく、データを自社の資産として持続的に活かす力を社内に残すことにあります。
総務省が2025年に公表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主向けガイダンス」では、アドフラウド対策は広告効果改善ではなく、リスクマネジメントの一環として位置づけられています※7。
このガイダンスでは、アドフラウドによる「広告費の流出」は財務リスク、さらに「ブランド毀損」「不健全なエコシステムへの加担」はレピュテーションおよびコンプライアンスリスクとして明示。組織的なリスク管理・内部統制の重要要素として、企業自らが関与すべき領域とされています。
つまり、企業に求められるのは、運用を任せることではなく、広告の品質管理に責任を持つことです。透明性と信頼性のある配信を、自社の責任で確立する姿勢が問われています。こうした構造を、社内の役割定義や評価制度にも反映していくことが、次の競争力につながります。
アドフラウド対策が後回しになりがちな最大の理由は、その成果が見えにくい点にあります。「広告効果が改善した」「ROIが上がった」といった結果が、対策をしなかった場合との比較で明確に示しづらいため、社内での優先度が下がりがちです。しかし、放置されたコストは確実に積み上がります。
たとえば、月間広告費1,000万円の企業でフラウド率が10%なら、年間1,200万円。つまり、3年で3,600万円の損失に相当します。「対策に年300万円を投じるか、3,600万円の損失を受け入れるか」。この計算なら、経営層にも投資対効果として伝わるはずです。
さらに、2024年以降のCookie廃止やプライバシー規制強化により、企業はファーストパーティデータ活用へと舵を切り始めています。この環境下で、ボットや偽ユーザーを含む汚染されたデータを基盤にしてしまえば、CRMや広告施策、AI予測などすべての判断がノイズに支配されるリスクが生じます。アドフラウド対策は、もはや広告費の防御にとどまらず、企業の意思決定を守るための前提条件なのです。不正なトラフィックに予算を垂れ流し続けることは、投資効果を自ら損なう行為にほかなりません。
「見えない損失」を放置せず、ROIを正しく評価できる環境を整えること。それこそが、次の施策を誤らずに選び、限られた予算で最大の成果を上げるためのアクションになります。
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