執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。


顧客データもシステムも揃っているのに成果が出ない。そうした実感を持つ担当者が増えています。かつては、ポイント還元や限定クーポンといったインセンティブが、顧客獲得や囲い込みの主戦力でした。しかし今では、それらは、「あって当然」に変わりつつあります。
Deloitteの2024年調査では、ロイヤリティプログラムに参加していても価値を実感していない消費者が多数派を占めています。実際に「利用する意味がある」と感じている人は全体の6割に満たず、多くの施策が形だけの制度にとどまっている実態が示されています※1。
BCGの2024年調査を見ても、米国ではロイヤリティプログラムの参加者数自体は増加しているものの、プログラムへの関与度はおよそ10%低下し、ブランドへの忠誠度が20%減少していることが明らかになっています※2。特に小売や飲食、ホテル、航空などの生活密着型業種ではこの傾向が顕著で、特典がコモディティ化している現状が浮き彫りになりました。
こうした傾向は、「ポイントが貯まる」だけでは選ばれる理由にならなくなっていることを示しています。ロイヤリティを値引きや特典と同義に捉える発想から脱却し、体験価値を軸に再構築する時期に来ているのです。
多くの企業は、購買履歴やアプリの行動ログなど、IDとひもづいた膨大な顧客データを保有しています。しかし、それらが実際の体験設計に活かされているケースは多くありません。現場からは「データはあるが、どう使えばよいかわからない」という声もよく聞かれます。
その背景には、データが部門ごとに分断されていたり、活用のためのスキルや体制が整っていなかったりといった、組織的なボトルネックが存在します。McKinseyも「分析基盤が整っていても、部門横断の連携や実装スキルが不足すれば成果は出ない」と指摘※3。多くの企業が、使えるはずのデータを活かせていないというジレンマに陥っています。
今、消費者が求めているのは、単なる値引きではなく、「このブランドは自分のことを理解してくれている」と感じられる体験です。パーソナライズ、タイミング、文脈といった要素がそろってはじめて、ロイヤリティは生まれます。
体験価値の再設計が求められる背景には、「業界ごとに異なる継続的な関係構築の難しさ」があります。ロイヤリティプログラムは多くの業種に広がっていますが、顧客接点の持ち方や購買頻度には違いがあり、直面する課題も業態ごとに異なります。代表的な業種の焦点を以下に整理しました。
| 業界 | ロイヤリティ施策の焦点・課題例 |
| 飲食 | ピーク以外の再来店促進、エリア間送客の仕組み化 |
| ドラッグストア | 低単価・高頻度来店の“習慣化”、健康・美容カテゴリのパーソナライズ |
| 家電量販店 | 非購買期間中の接点設計、修理や関連商品のLTV化 |
| アパレル | 季節変動や流行に左右されない関係継続、EC/店舗の体験統合 |
| 航空・旅行 | 年数回の利用でも想起されるステータス設計、非旅行期の関係維持 |
従来のように、ロイヤリティプログラムをマーケティング部門の施策のひとつとして捉えていては、これからの顧客には応えられません。今、求められているのは、ロイヤリティを「戦略」として捉え直す視座です。
RITS Centerの2025年調査では、戦略的に設計・運用されたプログラムによって「売上が最大25%増加」「リテンション率が最大30%向上」という成果が報告されています※4。
※4:出典「Benefits of implementing a customer loyalty program for Your business」(RITS Center・2025)
https://rits.center/modern-loyalty-programs-for-business-growth/
顧客の期待が変化するなかで、ロイヤリティプログラムも再定義が求められています。キーワードは、「体験価値」と「データ活用」。単なる販促施策ではなく、顧客接点のすべてを戦略的に設計し直す時代が来ています。パラダイムシフトの背景と、それに適応する企業の共通点を明らかにします。
冒頭で挙げたように、ロイヤリティ施策は「ポイントが貯まる」「クーポンがもらえる」といった金銭的インセンティブが主流でした。しかし今、顧客の期待はそれを上回っています。割引だけでは差別化できず、ロイヤリティを高めるには、感情的なつながりや個別最適な体験の提供が不可欠です。
この変化は、Deloitteの「2024 Consumer Loyalty Survey」でも明らかです。Z世代やミレニアル世代では、重視する要素が「ポイント」から「デジタル体験」「ゲーミフィケーション」「コミュニティ参加」「特別なサポート」などにシフト。競合サービスへの乗り換えも、金銭的な条件ではなく「体験の質」が主な動機になってきています。※5
※5:出典「2024 Consumer Loyalty Survey」(Deloitte・2024)
https://www.deloitte.com/global/en/Industries/consumer/perspectives/consumer-loyalty-survey.html
「パーソナライズが大事なのは理解している」「データはあるのに活用できていない」。そう捉えながらも、実行に移せていない企業が多いのが実情です。ここで役立つのが、Deloitteが提唱する「ロイヤリティプログラムの成熟度3ステージモデル」です※6。このフレームでは、企業の現在地を可視化し、「なぜ成果が出ていないのか」「何が足りていないのか」を具体的に整理できます。
このモデルは、米国の115件以上のロイヤリティプログラムを分析し、企業の取り組みを3つの段階に分類しています※6。

この3ステージモデルは、ロイヤリティ施策における理想と現実のギャップを可視化する、実務的な指標です。理想論をなぞるのではなく、「自社はいまどこにいるのか」「次に何をすべきか」を具体的に見極めるための物差しとして機能します。既存プログラムの再考にとどまらず、顧客戦略そのものを再構築する視点としても有効です。
前章で分析したように、ロイヤリティプログラムを導入して壁に直面する企業は少なくありません。現場では、施策の形骸化やデータ活用の停滞といった課題が立ちはだかっています。では、成果を上げている企業は何が違うのでしょうか。先進企業の事例をもとに、ロイヤリティ施策を成長戦略へと進化させる「3つの実行条件」を読み解きます。
ロイヤリティプログラムの重要性は理解されているものの、多くの現場では「クーポンを出しているが使われない」「データはあるのに活用できない」といった課題に直面しています。Deloitteの成熟度モデルで言えば、「On the Verge」=転換点にある企業が多く、壁となっているのは以下のような構造的課題です。
では、The Next Waveへ進むには何が必要なのか?成功企業の共通項から導き出されたのが、以下の「3つの実行条件」です。顧客理解・体験設計・組織運用の3軸を整備することで、ロイヤリティ施策は販促から成長戦略に進むことができます。
現代のロイヤリティ施策では、顧客一人ひとりの理解なしに成果は望めません。購買履歴、行動ログ、アプリの利用状況、さらには感情やフィードバックまでを統合的に捉えることで、ようやく「響く施策」が設計できます。その前提として、CDP(Customer Data Platform)やMA(Marketing Automation)の整備は不可欠です。
事例:Starbucks
Starbucks Rewardsでは、アプリと店舗、決済、購買履歴のデータを横断的に連携し、パーソナライズされたオファーを提供しています。これにより、2025年度第1四半期には米国内の会員数は3,460万人に達し、アプリ残高が35億ドルに拡大したことが公式に公表されています※7。こうした成果の背景には、データを「集める」だけでなく「活用できる体制」をいかに整えるかが、ロイヤリティプログラムの成否を分けるという事実が見えてきます。
現代の顧客は、値引きよりも「自分にフィットした体験」に価値を見出します。購買や閲覧といった行動データに基づいて、最適なタイミングで特典や体験を届ける設計が、ロイヤリティ形成の鍵を握ります。ポイントカードではなく、自分を理解してくれるブランド体験こそが、選ばれる理由になります。
事例:Amazon Prime
Amazon Primeは、送料無料や即日配送にとどまらず、プライムビデオや限定セールといった特典を通じて、ユーザーの生活に深く組み込まれた存在となっています。海外マーケティングメディアNetcoreの分析によると、Prime会員は非会員に比べて2倍以上の購買支出を記録しており、映像・音楽・限定セールなどの体験型の付加価値がロイヤリティ形成に大きく寄与しているとされています※8。こうした事例は、利便性の提供を超えて、ブランド体験そのものがロイヤリティの源泉になりつつあることを示しています。
ロイヤリティプログラムは「設計して終わり」ではなく、日々の運用と改善の積み重ねが成果を左右します。LTVや再購入頻度、エンゲージメント率などのKPIを追いながら、効果を可視化し、迅速に軌道修正できる体制が求められます。そのためには、経営層が顧客体験を短期的な施策ではなく、中長期的な事業価値として捉え、継続的に投資と支援をおこなう姿勢が欠かせません。
BCGのレポートによると、パーソナライズド体験の提供に優れた企業は、他社に比べて年間成長率が平均10%高く、株主リターンも上回るとされています※9。これは、顧客体験の質が単なる満足度向上ではなく、事業成長と競争優位を左右する経営テーマであることを示しています。体験の質を継続的に高めていくことは、顧客満足を超えた企業成長の基盤であり、ロイヤリティ経営の中心に据えるべき視点と言えるでしょう。
ロイヤリティプログラムが精緻に構築されていても、運用で成果を上げられるとは限りません。現場では、システムの制約、部門間の分断、人材不足といった現実的な壁が立ちはだかっています。本章では、技術・組織・運用それぞれに共通する課題を整理し、それを乗り越えるための実践的なアプローチを考察します。
ロイヤリティプログラムの効果を最大化するには、あらゆる顧客接点をまたいだデータ連携が不可欠です。しかし実際には、POS、アプリ、EC、カスタマーサポートなどがシステムごとに分断され、統合には多大なコストと工数がかかります。さらに、オンプレミスのレガシー環境が残る企業では、リアルタイムでのパーソナライズや即時対応が難しく、顧客体験の質を損ねる要因となっています。
Omnivyの「Integrated Loyalty Report 2025」では、企業の47%が「システム統合の困難さ」を主要課題として挙げており、顧客情報の断片化が施策成果の足かせになっている現実が浮かび上がっています※10。
たとえば、マーケティング部門がMA施策を進めていても、IT部門は実装スケジュールを優先し、カスタマーサービス部門が拾った顧客の声も共有されない。こうした部門間の温度差や認識のズレは、ロイヤリティプログラム推進の大きな障壁になります。
特に、CDPやMAを導入している企業では、データの基盤が整っていても、「誰が何をもとに意思決定するのか」が曖昧で、分析結果が活用されないケースが多く見られます。顧客接点、システム、体験設計など複数領域をまたぐロイヤリティ施策には、部門横断で意思決定を行えるガバナンス体制が不可欠です。
ロイヤリティ施策の現場では、改善サイクルがうまく機能していないケースが多く見られます。キャンペーンを実施しても、その効果を振り返る仕組みがなく、どれだけの会員が反応したのか、LTVがどう変化したのかを検証しないまま終わってしまう。特に、店舗主導で展開される施策では、こうした「やりっぱなし」の状態が顕著です。
また、KPIが会員数の増加やクーポン利用率といった定量的な指標に偏っていると、再購入率やLTVといった中長期的な質を測る観点が抜け落ち、改善の方向性も曖昧になりがちです。さらに、改善を担う人材や時間が確保されていなければ、PDCAは属人化しやすく、担当者の異動などをきっかけに継続的な改善が途絶えてしまうリスクもあります。施策を「打つこと」ではなく「育てること」と捉え、その前提に立った体制設計が求められます。
データや仕組みを持っていても、それを使いこなす人材がいなければ意味がありません。特に、以下のようなスキルを持つ人材は、ロイヤリティプログラム成功の要です。
Accentureによると、74%の消費者が「自分向けに最適化されていない体験」に不満を抱いています。これは、パーソナライズの不足がロイヤリティ低下の一因となっており、単にテクノロジーを導入するだけでは顧客の期待にないことを示しています※11。
一人ひとりの文脈を理解し、適切な体験として届けるには、仕組みだけでなく、それを使いこなすスキルと体制が不可欠です。いま企業に問われているのは、どれだけデータを持っているかではなく、どれだけ意味あるかたちで活用できているか。ロイヤリティ形成における前提が、確実に変わりつつあります。
ここまで述べてきたような取り組みを、すべて自社で内製化するのは現実的ではありません。だからこそ、信頼できる外部パートナーと適切に役割を分担し、基盤構築やデータ活用などの専門領域は外部の知見を活かすことが効果的です。そのうえで、自社は商品開発やCX設計といった、本質的な価値創出に注力する。この分業体制こそが、限られたリソースのなかでも成果を最大化するための現実的な選択肢となります。
ロイヤリティプログラムは、顧客との関係をいかに深めるかを問い続ける営みです。ポイントや特典に偏るだけでは、顧客の理解にはつながらず、関係構築の本質が見失われがちです。重要なのは、構想よりも実装。現場での着実な運用と改善の積み重ねこそが、信頼を生み、ロイヤリティを育てていきます。
その第一歩は、高度な仕組みづくりではなく、自社の棚卸しにあります。どんなデータを持ち、どんな接点を活かせているのか。購買頻度は低くてもLTVの高い顧客が埋もれていないか。カスタマーサポートの声が施策に反映されているか。現場のなかにこそ、改善のヒントが眠っています。
成果を上げている企業は、「データ活用の基盤」「設計と改善を担う人材」「意思決定を支える運用体制」を三位一体で整えています。ツールを導入するだけでなく、それを使いこなす人がいて、仮説と検証を繰り返す文化が根づいている。そうした土壌が、ロイヤリティを一過性の施策から、事業全体を支える仕組みへと昇華させています。
企業にとってロイヤリティは、顧客との関係性というかけがえのない資産です。その価値をいかに育て、活かしていくか。いまこそ、短期的な販促から脱し、経営戦略として考えるべき時機です。
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