執筆者紹介

株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
AIを導入したものの、「現場で使われない」「定着しない」といった課題に直面する企業は少なくありません。実際、AI insideの調査では、業務のなかで定着しているAIエージェントの割合はわずか15.9%にとどまっています※1。
また、Gartnerが2024年に実施した調査によると、日本の大企業のうち、AIに必要な人材やスキルを「十分に確保できている」と回答した企業は、わずか7%にとどまりました。これは海外(22%)と比べても大きなギャップがあり、日本企業における人材不足が構造的な課題であることが浮き彫りになっています※2。
こうした状況は、AI活用が単なるツールの導入で終わるものではなく、いかにして定着させるかという運用設計と、それを担う人材の存在が不可欠であることを示しています。
この課題は日本国内にとどまらず、グローバルでもタイムリーなテーマとして議論が深まっています。たとえば、生成AIの活用実態と、それに伴うリスク・組織課題に注目したMcKinsey「The State of AI 2024」では、AI活用の現場定着を阻む要因として、不正確な出力、業務プロセスとの統合の難しさ、そして推進人材やガバナンス体制の整備不足といった課題が挙げられています。次から、こうした課題構造をもとに、企業がAI導入後に直面しやすい4つの壁について整理し、その実態に迫ります。
AIの活用が、一部の意欲的な担当者に依存しているケースが少なくありません。プロンプト設計や設定ノウハウが共有されず、属人的に蓄積されていることで、組織全体への展開が難しくなっています。また、活用フローや評価指標が曖昧では、改善のPDCAがうまく機能しません。その結果、現場の勘に頼った運用が続き、再現性が担保されない状況に陥ってしまいます。
生成AIの出力精度や正確性に不安を感じ、意思決定や対外業務では使用を避ける現場も多く見られます。さらに、既存の業務フローにAIが組み込まれていないことから、「便利そうだが使いづらい」といった印象にとどまり、定着に至らないケースが少なくありません。
セキュリティポリシーや利用ルールが明文化されておらず、「うっかりミスが怖い」「誤って使うと問題になるのでは」といった心理的ハードルが、現場の利用を妨げています。特に、個人情報や機密情報を扱う業務では、リスク回避のために使用そのものを制限する動きも見受けられます。
AIの活用を現場に定着させるには、単なるITの導入管理にとどまらず、業務理解・技術知識・ルール整備を横断的に担う人材が必要です。しかし、そうした役割を担える人材は社内にほとんど存在せず、育成にも時間とリソースを要します。結果として、AI活用の推進が属人化・停滞し、全社展開が難航しがちです。
このように、AI導入後に直面する課題の本質は、技術そのものではなく、「どう設計し、誰が運用するか」という体制の不在にあります。属人化やガバナンスの未整備、出力への不安が積み重なるなか、運用を継続的に設計・マネジメントする仕組みがなければ、AIは現場に根づきません。
AI導入の目的は、ツールを導入すること自体ではありません。重要なのは、業務に活かし、成果へとつなげることです。しかし、PoCや小規模導入を終えた企業のなかには、AIを定着させ、成果を創出するステップに進めず足踏みするケースも見られます。背景にあるのは、AIを誰が、どのように、どんな目的で運用するのかという設計の不在、そしてそれを担う人材の不足です。
IPA「DX白書2023」では、AIを現場に定着させられる人材が「不足している」と答えた企業が65.4%にのぼり、現場の知見と基礎的なAI知識を持ち、自社へのAI導入を推進できる人材の育成が急務とされています。1章で挙げたGartnerの調査では、「現場で使われない」という課題を明らかにしていましたが、IPAのレポートは、「なぜ人材がいないのか」「なぜ設計できないのか」という構造的な課題が浮き彫りになりました。
業務プロセスにAIを統合することは、単なるシステム導入ではなく、業務そのものの再設計を意味します。しかし現場では、業務の理解と技術的な知識を併せ持つ人材が不足しており、プロンプトの設定が属人化したり、部門ごとに最適な活用方法を見出せなかったりといった課題が頻発しています。
さらに、社内のガイドラインやルールが未整備であることが、現場の混乱を助長しています。「使い方が分からない」「セキュリティが心配で触れない」といった不安が、AI活用の足かせになっているのです。
AIを現場に定着させるには、結局のところ、それを支える人材が不可欠です。日本企業に欠けているのは、業務とAIをつなぎ、定着と成果を担う「AI運用人材」の存在です。
AIを活用し続けていくためには、単なるIT技術者ではなく、業務設計、ルール整備、品質管理といった運用全体を統括できる人材が必要です。つまり、AIをどう使うかを現場に浸透させ、改善のサイクルをリードする存在こそが、定着の成否を握ります。組織に、こうした役割を担える人材がいるかどうか。それが、AI活用が一過性で終わるか、継続的な価値創出につながるかを左右します。
AI活用を組織に定着させるためには、誰がその運用を担うのかを明確にする人材設計が不可欠です。この点で、海外ではすでにスタートアップや投資家を中心に動きが進んでいます。特にVCや事業会社の経営層は、AI活用を単なるITツール導入ではなく、組織構造や投資判断の重要要素として位置づけ、専門人材の配置を戦略の中核に据え始めています。
米国の大手ベンチャーキャピタルであるAndreessen Horowitz(a16z)は、AIエージェントがホワイトカラー業務の代替・拡張を担う存在になるとし、今後の業務プロセスに大きな変化をもたらすと指摘しています。
なかでも、Salesforceなどの既存ワークフローとのAI統合が重要であり、単なるツール導入にとどまらず、業務全体の再設計と運用体制の構築が必要であることを意味しています。こうした統合を実現するには、新たな役割やプロセスを生み出すことが前提となります。そして、その実行を支えるには、人材の設計と配置を戦略的に捉える視点が欠かせない。a16zはそう指摘しています。
Gartnerが2025年に発表した調査では、CDAO(Chief Data & Analytics Officer)のうち、70%がAI戦略と運用モデルの責任を担っていると報告されています。これは、AIの導入や運用が単なるIT部門のタスクではなく、専門知見を持った人材による戦略的なマネジメントが求められる時代に入ったことを示しています。一方、国内ではこうした専門職能や体制の整備がまだ限定的であり、AI運用を本格的に推進するには、外部の専門人材の活用が現実的かつ効果的な手段となりつつあります。
AIは導入することがゴールではありません。求められるのは、いかに業務に根づかせ、継続的に価値を生み出すかという運用の仕組みです。これまで見てきたように、日本企業の多くはAIの導入は実現できていても、運用設計の不在や専任人材の不足といった課題により、十分な成果を引き出せていません。
一方、a16zが指摘するように、海外企業ではSalesforceやServiceNowといった既存業務システムとAIを統合し、エージェントの管理・最適化を担う新たな役割や運用プロセスを組織的に整備しつつあります。また、Gartnerの調査でも、70%のCDAOがAI戦略と運用の責任を担う体制が整っており、人材の機能分担と責任設計が明確です。こうした体制の違いは、今後の競争力を左右する重要な要素です。
このギャップを埋め、「使えるAIから活かせるAI」へと進化させるには、以下の3つの観点が、指針となります。
どの業務で、何のためにAIを使うのか。目的と対象を明確にすることが、運用設計の出発点になります。単なる効率化ではなく、業務ごとの課題にどうアプローチできるかを可視化し、部門ごとのニーズや制約を踏まえたプロセス再設計が不可欠です。
PoCのフェーズを超えてAIを本格運用に移行するためには、誰がその運用を担うのかを明確にすることが必要です。プロンプトの管理や改善、活用状況のモニタリングなどをリードする運用オーナーの役割は不可欠となるでしょう。この体制はIT部門だけでなく、業務部門や経営層と連携する形で横断的に設計されるべきです。
現時点で、業務理解と技術の両面をカバーできるAI運用人材が社内に揃っている企業は限られています。だからこそ、外部の専門人材との連携が現実的かつ効果的な選択肢となります。プロンプト設計やガイドライン整備、モニタリングの仕組み化まで、初期導入から定着・改善までを支援する伴走型の支援ニーズは今後さらに高まるでしょう。
まずは、自社の業務や体制をこれらの観点から見つめ直すこと。それが、AI活用の本当のスタートラインです。技術トレンドや話題性にとらわれず、「なぜ使われないのか」「どうすれば使い続けられるのか」という問いに立ち返ることが、成果につながる運用設計の第一歩になります。
AIを組織で使いこなす力とは、単にプロンプトを書くスキルではありません。それは、技術と人をいかに機能させるかを設計・改善し続ける、組織運営そのものの力なのです。
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