執筆者紹介

株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
多くの組織でプロジェクトマネジメントが機能不全に陥る背景には、単なる運用ミスではなく、構造そのものの不備があります。米国のコンサルティングファームPM SolutionsやPwC、英国IPAなどが2020年代に実施した国際調査では、プロジェクトが成果につながらない組織に共通する構造的な課題が浮かび上がっています。見えてくるのは、PMOの有無ではなく、設計と運用の質が成果を左右しているということです。ここでは、各レポートから導き出された5つの構造課題を整理し、プロジェクト停滞の実態に迫ります。
PMOが、戦略との接続を持たないまま運用されているケースは少なくありません。「この機能は何のためにあるのか」「どのような成果を担保するのか」といった意図が曖昧なままでは、PMOは形式的な存在にとどまりがちです。
PM Solutionsのレポート「The State of the PMO 2022」によると、高いパフォーマンスを出すPMOを置く組織の67%が、「PMOの価値をまったく、あるいはほとんど疑問視していない」と回答しています。さらに、そのような組織では、「戦略目標との整合性」に対する自己評価も5点中4.6と非常に高く、PMOが戦略と連動して機能していることがうかがえます。
一方で、PMOが十分に機能していない組織では、52%がPMOを「オーバーヘッド(=コスト負担)」と見なしていました。パフォーマンスが高い組織では、その割合は17%にとどまります。この対比は、戦略的意義のないPMOが組織の重荷になるリスクを示しています。PMOを価値ある機能として定着させるには、役割と責任を明確にすることが欠かせません。何のために存在し、どんな成果に責任を持つのか?目的を戦略と結びつけるかたちで設計し直すことが、再構築の出発点になります。
プロジェクトで報告体制の整備ばかりが評価されるようになると、進捗報告が目的化し、支援や意思決定の機能が形骸化します。資料や報告の準備が優先され、タイムリーな対応が後回しになってしまうのです。PMI日本支部のPMO研究会の調査によると、PMOを導入している企業のうち、約53%が「教訓が次のプロジェクトに活かされていない」、約39%が「経営戦略とプロジェクト目標の整合性を取る仕組みがない」と回答しています。
進捗報告は機能していても、それが成果や改善に直結していない実態が浮かび上がります。こうした構造的課題を克服するには、単なる進捗の可視化にとどまらず、リスク予測やリソースの最適化を含めたマネジメント構造の見直しが必要です。
プロジェクトマネジメントの成熟には、知見の蓄積と再利用が欠かせません。しかし現場では、ナレッジが構造化されず、プロジェクトごとの経験が断片化することもあります。過去の教訓が活かされず、似たような課題に毎回ゼロから対応する非効率な状況が常態化しがちです。
Gartnerが2023年に実施した調査では、デジタルワーカーの47%が「業務に必要な情報を効果的に見つけられない」と回答しています。また、情報が平均11種以上のアプリケーションに分散している実態も明らかになり、知見の所在が不明確であること自体が生産性低下の要因になっていると指摘されています。
ナレッジが断片化してしまう背景には、記録と再利用を担う仕組みが、PMOに実装されていないという問題があります。知見を組織全体で一元的に管理し、蓄積→共有→活用とつなげる流れを制度として組み込まない限り、プロジェクトごとの学びはそのまま埋もれてしまいます。
PMOやPMに求められるスキルや評価軸が明確でなければ、人材育成が進まず、支援機能は形式的になりがちです。PMIの「Talent Triangle」(2024年版)では、プロジェクト・プロフェッショナルとして必要なスキルを以下の3領域に分類しています。
Ways of Working(手法・技術的スキル)
Power Skills(対人・リーダーシップスキル)
Business Acumen(ビジネス感覚)
こうしたマルチスキルを組み込んだ組織は少なく、多くのPMOは目の前の業務に追われがちです。その結果、必要なスキルセットが曖昧なまま、「とりあえず任せられる人」がPMOを担う状況が常態化しています。これではスキルの偏りやモチベーションの低下を招くだけでなく、PMOを戦略的な推進機関として育てる土壌も整いません。PMOの価値を高めるには、求められるスキルを明文化し、育成と評価の仕組みに落とし込むことが不可欠です。
部門をまたぐプロジェクトでは、調整の複雑さに加えて、「誰が最終的に判断を下すのか」があいまいなまま進みがちです。責任の所在が不明確では、意思決定が滞り、実行が遅れるリスクが常につきまといます。英国政府の年次報告(2021年)では、部門横断の調整不足や説明責任の曖昧さが、プロジェクトパフォーマンスの低下に影響を与えていることが示唆されています。
意思決定や責任の不備は、成果を妨げます。実際、報告書ではリスクを抱えるプロジェクト(Amber/RedまたはRed評価)が全体の約28%にのぼるとされ、マネジメントの体制が課題に直結することを浮き彫りにしています。意思決定の迷走を防ぐには、誰が、いつ、何を基準に判断するのかを明確にし、組織として一貫した意思決定がおこなえる仕組みを、マネジメントの枠組みを考える段階から組み込んでおくことが不可欠です。
多くの調査や事例が示しているのは、成果を上げられない背景には、プロジェクトがの枠組みに不備があるという事実です。スキルやツールの不足ではなく、戦略・組織・人材といった要素が連動していないことこそが、失敗の本質といえます。
ここでは、PMOを含むマネジメント機能について考えます。グローバル企業の取り組みをひもとくと、構造・運用・人材という3つの領域において、成果を生み出す突破口が見えてきました。それぞれの視点に対応する事例を紹介しながら、ヒントを探ります。
成果を上げている組織では、戦略目標が現場のKPIやタスクに落とし込まれ、現場の進捗や課題も経営にフィードバックされます。こうした双方向の連携が当たり前に機能します。その要となるPMOは、単なる事務局ではなく、経営と現場をつなぐ「戦略の翻訳機能」として機能し、役割と価値が明確に位置づけられます。
米国の学術医療機関OU Healthでは、電子カルテ導入後に複数の戦略的・部門別プロジェクトが一斉に立ち上がり、プロジェクトの選定や優先順位づけ、リソースの配分に混乱が生じていました。個別最適の積み重ねによって、全体像を見渡すことが難しくなっていたのです。
この課題に対応するため、同社は外部パートナーMorris Technology Solutionsの支援を受けてPMOの最適化に着手。まず、ガバナンス構造を全面的に見直し、全体視点でのプロジェクトポートフォリオとリソース配分の状況を可視化しました。これにより、何にどれだけ人と予算が使われているのかが明らかになり、経営層と現場が同じ情報基盤をもとに議論できるようになりました。
また、プロジェクトの意思決定が部署ごとに分断されることのないよう、エンタープライズ全体で統一された意思決定プロセスも新たに構築されました。こうした取り組みを通じて、PMOは戦略と現場を橋渡しする中核的な機能として再定義され、プロジェクトの優先順位づけや投資判断の質が確実に向上したと報告されています。
進捗報告だけでなく、リスク、リソース、ベネフィットなど複数の観点を動的に可視化し、経営層と現場が根拠ある情報を基に判断できる体制を構築している組織では、プロジェクト成果の精度が高まる傾向があります。BIツールやダッシュボードの導入によって、会議の場は単なる報告会から、分析に基づく意思決定の場へと進化します。
通信大手Vodafoneは、グローバル42拠点を対象にしたネットワーク構築プロジェクトを推進するにあたり、プロジェクトマネジメント手法をPMI(Project Management Institute)のプロジェクト管理標準に基づき、進め方やドキュメント、リスク対応などの手法を統一、基準に沿って標準化。
リスクやリソース、進捗といった情報をカテゴリ別に整理し、状況を的確に把握できる運用体制を整えました。これにより、プロジェクト管理部門が全体の状況をタイムリーに把握でき、意思決定の迅速化と精度向上につながったと報告しています。
ドイツのエンジニアリング企業Fichtnerは、中東の大手水道会社に対してPMOの再構築を支援しました。それまで各部門に分断されていたプロジェクト管理を見直し、スケジュール管理・データ可視化ツールを組み合わせた情報基盤を導入。戦略方針と現場運用の接続を強化し、プロジェクト全体の統制と意思決定の質を向上させました。こうした取り組みは、PMIの「Project Excellence Award」にも結実しています。
プロジェクトマネジメントを本質的に機能させるには、担当者に求められる役割やスキルが明確であること、さらに定期的なレビューや共通の言語・プロセスを共有する文化が不可欠です。これがなければ、個人依存の属人化が進み、疲弊や品質のばらつきに直結します。
フランス電力(EDF)は、プロジェクトマネジメントを単なる業務スキルとしてではなく、組織文化として根づかせることを目的に、教育機関Cegos社と連携し、体系的な社内育成プログラム「Project Manager PASS」を構築しました。
このプログラムでは、3年以上の経験を持つPMに対して、プロジェクト手法・リスク管理・チーム運営などの基礎を定着させる「Level1」と、5年以上の経験者を対象に、交渉力やコスト管理、リーダーシップなど高度なスキルを磨く「Level2」を展開。各レベルで習得すべきスキルセットを明確に定義し、社内で共通の言語と手法を持つマネージャーの育成を推進しています。
このプログラムは、フランス国内にとどまらず、EDFの4大陸にわたる子会社でも展開されており、グローバルに活用される仕組みとして定着しています。オンライン学習と対面研修を効果的に組み合わせたブレンデッドラーニングの実効性は社外にも高く評価され、国際的な人材育成アワード「Brandon Hall Awards」のGold賞受賞につながりました。
こうした事例が示しているのは、プロジェクトマネジメントが成果につながるかどうかは、使うツールや手法ではなく、それが現場でどう機能しているかにかかっているということです。
プロジェクトマネジメントが「管理のための運用」から「成果を生み出す構造」へと仕組みの転換を図ると、組織には具体的な変化が現れはじめます。
選定・実行・評価といった各フェーズが標準化され、判断基準が明確に定義されたプロジェクト運営では、属人的な判断に頼らず成果を再現できる体制が整います。1章で挙げたPM Solutionsの調査では、好業績の企業ほど、PMOと戦略目標との整合性が高いと自己評価しています。これは仕組み化したマネジメントが成果の安定性を高めている証左です。成果が再現できる仕組みがあれば、新任のPMでも一定の品質を維持しやすくなり、属人化のリスクを避けながらプロジェクトを継続的に回せる体制が整います。
意思決定のプロセスが不十分なままでは、判断のタイミングや責任の所在が曖昧になり、プロジェクトの進行が鈍化します。誰が、いつ、どの基準で決断を下すのか。こうしたルールをあらかじめ定めておくことが、組織全体の実行力を高める鍵になります。また、明確な意思決定ルールは、調整の手戻りや判断の迷走を防ぐことにもつながります。現場では判断待ちの時間が減り、経営層もリスクを事前に把握したうえで選択できるなど、スピードと精度の両立が見えてきます。
プロジェクトの現場では、試行錯誤が常に伴います。こうした知見は、個人の経験にとどめず、組織に蓄積・共有していく必要があります。ナレッジが可視化されると、新たなプロジェクトでも過去の失敗や成功を踏まえた施策が提案できます。学びが仕組みとして回り始めれば、「ベテランの経験、知見が頼り」の構造から脱却し、組織全体で学習し続ける文化が育ちます。
プロジェクトが思うように進まないとき、つい担当者の努力やスキル不足に目が向きがちです。しかし、多くの組織では、それ以前に「構造そのもの」が整っていないのが現実です。プロジェクトマネジメントは本来、戦略を動かすための仕組みです。経営の意志を現場の行動に翻訳し、現場の気づきを経営判断に還元する。そうした橋渡しがうまく機能していなければ、いかにスキルやツールを備えても、成果は思うようには生まれません。
変化を生み出している組織は、「どの情報を、誰が、どの場で判断するのか」「どうやって成功のかたちを次に引き継ぐのか」といった問いを起点に、マネジメント機能を意図して再構築しています。KPIが戦略目標と連動し、知見が次の挑戦を後押しする構造が組織に根づいているのです。
だからこそ、立ち止まって考えるべきは、自社のプロジェクトマネジメントが、何のために存在し、どう機能しているのかという根本の問いです。それが単なる進捗管理にとどまっていないか。成果を生み出す仕組みとして設計し直す余地があるのではないか。この問いに向き合うことが、戦略を動かす組織の構築につながります。
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