執筆者紹介
株式会社メンバーズ
株式会社メンバーズは、「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、顧客と共に社会変革をリードするデジタル実装パートナーです。

「SaaSがAIを取り込んで進化する」という2025年時点の議論から一歩進み、2026年に入って「SaaSの死(SaaS is Dead)」論が、より実務に近いレイヤーで再燃しています。
発端は、Anthropicが2026年1月12日に公開した「Claude Cowork」です※1。コーディング経験のない人でも、AIにファイル操作やレポート作成、ブラウザでの情報収集といった一連の業務を任せられるデスクトップエージェントで、研究プレビューとしてClaude Max契約者向けにmacOS版から提供が始まりました。
インパクトが本格化したのは同月末です。Anthropicは2026年1月30日、Sales・Data・Enterprise Search・Finance・Legal・Marketingなど専門業務ごとのプラグイン一式(11種類)をオープンソースで公開しました※2。
契約書レビューやNDA仕分け、財務データの集計といった実務タスクを、業務特化SaaSを介さずにClaude Coworkだけで完結できることが伝わり、2026年2月3日にはAdobe・Salesforceなど米SaaS企業や、財務・法務情報を提供するデータ事業者の株価が同日中に大きく下落しました※3。投資銀行Jefferiesのトレーダーが名付けた「SaaSpocalypse」という言葉とともに、この急落は48時間で約2,850億ドル規模の時価総額消失として報じられています※4。
その後もAnthropicは2026年2月24日に金融特化プラグインを追加し※5、2026年5月12日には法務領域を12分野・20以上のMCPコネクタに拡充した「Claude for Legal」を正式公開しています※6。1月の"予兆"から半年かけて、法務・財務という専門職の実務領域にAIエージェントが段階的に食い込んでいった、というのが正確な経緯です。
ただし、本記事の立場としては、SaaSは終焉するのではなく、提供価値が再定義されつつある、というのが結論です。
ここまでは市場の反応やAnthropicの発表を追ってきましたが、実際に企業の現場で「SaaSの見直し」は進んでいるのでしょうか。ワークフローシステムを提供するエイトレッドが2026年4月22日に公表した調査(従業員100名以上の企業に勤務する情シス・DX推進・経営企画担当者107名対象)は、この問いに具体的な数字で答えています※7。
AIの進化を受けて「SaaSの見直しを実施・検討している」「必要性を感じている」との回答は合計80.4%。すでに見直しを実施済みという回答も15.0%ありました。
見直し対象の上位は「プロジェクト・タスク管理」(45.3%)と「営業支援(SFA)」(44.2%)。
一方、ワークフローや電子契約、監査対応といったガバナンス・コンプライアンス系SaaSについては、63.5%が「AIでは代替できない・すべきでない」と回答。理由としては「AIの判断ミスが重大なリスクにつながる」(52.9%)、「承認・決裁には人間の判断と責任が必要」(50.0%)が上位でした。
70.1%が「AI連携機能を持たないSaaSは今後淘汰される」と回答しています。
つまり、「SaaSの死」は一枚岩の現象ではなく、業務の性質によって進み方が大きく違うというのが実態に近い見立てです。プロジェクト管理や営業支援のように定型化しやすい業務ではAIエージェントへの代替検討が進む一方、承認・決裁を伴うガバナンス系SaaSは、人間の責任が求められる限り簡単には置き換えられません。
「SaaS is Dead」という言葉が使われる文脈は、実は一枚岩ではありません。
2022年:金利上昇などのマクロ要因によるSaaS株安。AIの話ではなく、資金調達環境の悪化が主因でした。
2024年12月:Microsoft CEOのSatya Nadella氏が、ポッドキャストで「業務アプリケーションは本質的にCRUD(作成・読取・更新・削除)データベースに業務ロジックを乗せたものに過ぎず、そのロジックはAIエージェントに移っていく」と発言※8。ここから議論が「AIがSaaSを侵食する」という抽象論に移りました。
2026年:AIエージェントが契約書レビューや顧客対応など実務レイヤーに到達し、議論が抽象論から実装フェーズに入りました。
AIを統合したSaaSツール、つまりAI SaaSにより、企業の業務効率化やカスタマーサポートの高度化が進んでいます。ここでは、AI SaaSの活用によって成功を収めた3つの事例と、人間の作業そのものを丸ごと引き受ける新しいタイプのAIサービスを紹介します。これらはSaaSの提供価値が「ツール」から「労働の代行」へ広がっていることを示しています。
Salesforceは自社のカスタマーサポートサイトに自律型AIエージェント「Agentforce」を導入し、自社を実験台とする「カスタマーゼロ」の取り組みを続けています。2025年の開示では、週あたり約32,000件の顧客対応をAgentforceが処理し、解決率は83%、人間へのエスカレーションは半減、実際に人による対応が必要になった顧客は全体の1%にとどまっているとされています※9。
日本国内でも実績が出ています。富士通は2025年1月からSalesforceサポートデスクにAgentforceを採用し、平均対応時間はチャットボット利用時より71.5%、人による対応時より67%それぞれ短縮したと報告しました※10。国内企業がAgentforce導入の効果を数値で示した早期の事例として参考になります。
ソフトバンクの100%子会社Gen-AXが提供する生成AI SaaS「X-Boost」は、2025年8月に無償トライアル環境の提供を開始し、導入検討のハードルを下げました。金融業界向けの検証プロジェクトでは、平均回答時間を80%以上削減したという実績が公表されています※11。
Gen-AXはソフトバンクの営業網(国内大企業の約93%と取引実績)を活かし、金融・小売・製造業など複数業種への導入支援を進めるとともに、音声応対に対応する自律思考型AIエージェント「X-Ghost」を開発し、テキストベースの照会応答から音声対応まで、サービス領域を拡大しています※12。
PKSHAの業界特化型AIエンジンは、2025年10月時点で導入企業4,400社が利用する規模に成長しています※13。さらに、時価総額上位100社のうち7割以上がPKSHAのAIを何らかの形で導入しているという開示もあり、大企業への浸透度がより具体的に示されるようになりました※14。
Abridgeは、医師と患者の診察音声を解析し、カルテや請求コードを自動生成する医療特化AIです。従来のSaaSが「カルテ入力を効率化するツール」であったのに対し、Abridgeは医師の事務作業そのものを引き受ける設計になっています。
Northwestern Medicineなど300以上の医療機関で導入されており※15、Best in KLASを2025年・2026年と2年連続で受賞しています※16。2026年6月には、診察記録の自動作成にとどまらず、保険請求から、臨床試験の候補患者の特定にまで扱う範囲を拡大すると発表しました※15。
SmarterDxは、請求送付前に病院の全患者カルテを自動で再レビューし、人手による照合作業では見落とされていた診断名の漏れや請求内容の不整合を検知するAIです。Abridgeが診療の最前線で「カルテ作成作業」を代行するのに対し、SmarterDxはその後のバックオフィス工程である「請求前のチェック・監査業務」を自動化しており、「作業代行型AI」が医療サービスにおけるバリューチェーンの前工程から後工程へ広がっていることを示す事例です※17。
この変化は、「System of Record(記録のための台帳)」から「System of Action(実際に行動するエージェント)」へという整理軸で捉えると分かりやすくなります※18。従来のSaaSは業務データを正しく記録・保管する「台帳」としての役割が中心でしたが、AIエージェントは記録するだけでなく、実際にタスクを実行する「行動する主体」になりつつあります。Salesforce、Gen-AX、PKSHAの取り組みも、単なる機能追加ではなく、この「行動する側」への役割拡張として振り返ることができます。
なお、AIエージェントが機能する前提として、部門間でSaaSが乱立しデータ連携ができていないという課題※19の解消は避けられません。この文脈で2026年に普及が進んでいるのが、Anthropicが策定したデータ連携規格「MCP(Model Context Protocol)」です。異なるSaaS間でAIエージェントが安全にデータをやり取りするための共通言語として位置づけられ、月間のSDKダウンロード数は2026年時点で4億回を突破し、年内で4倍に拡大しています※20。
Klarnaのように、AIによる自動化を先行させた企業でも、CEOがコスト偏重による顧客対応の品質低下を認め、2025年5月にAIと人的サポートを併用する体制へ方針転換する場面が生じています※21。AIエージェントに業務を委ねる前提として、まずデータのサイロ化解消が必要という点は、事例を追う上でも押さえておきたいポイントです。
AI SaaSは、業務効率化や顧客体験の向上、新たな価値創出を実現し、企業の競争力を大きく向上させます。しかし、こうした技術革新は単なる生産性向上にとどまらず、市場環境やビジネスモデルそのものを変革する要因にもなっています。
AI SaaSが広く普及することで多くの企業がそのメリットを享受できる一方、どの企業も類似したAIツールを使うため差別化が難しくなります。
例えば、カスタマーサポートや営業支援にAIを導入する企業が増えれば、AIの活用自体が競争優位性を生み出しにくくなる可能性があります。そのため、単にAIツールを導入するのではなく、独自の強みを活かした活用戦略が求められます。
| 課題 | 具体的な対策 |
| 独自の価値提案の重要性 | 企業固有の専門知識・データ・プロセスとAIを組み合わせ、特定業界向けに最適化したソリューションを構築する。 |
| 継続的なイノベーション | AIの進化は速いため、最新技術を活用し続ける戦略が必要。 例:定期的なAIモデルの更新、データの継続的な最適化。 |
| 人間とAIの協働 | AIだけに頼るのではなく、専門知識を持つ人材と組み合わせることで、より価値の高いアウトプットを生み出す。 |
| カスタマイズと柔軟性の確保 | 一般的なAI SaaSをそのまま使うのではなく、自社の業務プロセスに適応したカスタマイズをおこなう。 |
| データの質と活用力 | AIの精度はデータに依存するため、独自データを蓄積し、活用する仕組みを構築する。 |
| エコシステムの構築 | 単体のAI SaaSツールではなく、複数のツールを連携し、自社に最適なエコシステムを形成する。 |
業務の自動化が進むことで、日本企業が直面している人材不足の課題を解決し、生産性の向上に貢献する可能性があります。特に、反復的な作業やルーチン業務をAIが担うことで、従業員はより高度な業務に集中できる環境が整います。
一方で、業務効率化が進むことで、一部の職種では従来の役割が不要になる可能性もあり、雇用への影響が懸念されています。さらに、AIの活用が進むことで、仕事の定義そのものが変わり、人材に求められるスキルや役割の再構築が必要になります。特に、レガシー企業とスタートアップでは、この変化への捉え方が異なる点で注意が必要です。
レガシー企業:AI活用のメリットを感じながらも、既存の業務プロセスや組織文化の変革が求められ、導入のハードルが高くなりがちです。特に、既存の従業員の役割や業務プロセスをどのように最適化するかが課題になります。
スタートアップ:事業成長を前提に、AIを活用して最適なワークフローを構築し、競争力を強化できます。しかし、技術の急速な進化に追随しながら、継続的な改善をおこなう必要が出てきます。
こうした変化のなかで、AI SaaSの普及により単なるツール導入だけでは差別化が難しくなっています。企業が持続的な競争優位を確立するためには、次の4つのアプローチが重要になります。
自社のSaaS活用を「ツール導入」ではなく「業務代行」の観点で見直す
AIエージェントが実行できる業務範囲は年々広がっています。単なる効率化ではなく、どの業務を丸ごと委ねられるかという視点で棚卸しをおこないます。
データがサイロ化していないか、AIエージェントが機能する前提の連携基盤を確認する
部門間でSaaSが乱立し、データ連携ができていない状態では、AIエージェント導入の効果は限定的です。
既存SaaSベンダーのAI機能拡張を、業務プロセス再設計の契機として捉える
Agentforceのような機能拡張は、単なる追加機能ではなく、業務フローそのものを見直すきっかけとして活用します。
単一業務での検証から段階的に拡大する
カスタマーサポートなど検証しやすい業務から始め、効果を確認しながら対象業務を広げていく進め方は、2026年の事例でも変わらず有効です。
国内の実態調査でも、ガバナンス系SaaSの6割超が「AIでは代替できない」と評価されているように、業務の性質によって置き換えの進み方は大きく異なります。しかし、SaaSの主戦場が「効率化ツール」から「業務そのものの代行」へ広がりつつあるのは事実です。
Salesforce・Gen-AX・PKSHAといった既存プレイヤーのAI機能拡張と、Abridgeのような「業務代行型」AIサービスの登場は、その広がりを異なる角度から裏づけています。企業に求められるのは、AIエージェントを恐れることではなく、自社の業務のどこを記録し、どこを人の行動に委ねるかを見極めることです。
※本コラムは、2026年8月時点の公開情報をもとに構成したものです。
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