執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

各業界で顧客の行動や関係性に変化を生み出している事例を見ていきます。取り上げる8社に共通するのは、業界の前提を問い直し、顧客の行動や感情が変わるポイントに踏み込んでいる点です。このような意思決定が、継続利用やロイヤルティの向上につながっています。

画像出典:株式会社ZOZO プレスリリース
EC業界では即日配送や翌日配送が一般化し、配送スピードの速さが顧客満足の前提条件として定着してきました。しかし、すべての注文が最速で届く必要があるとは限りません。配送リードタイムの短縮は、CO2排出量の増加やドライバー不足が深刻化する、いわゆる物流の2024年問題といった社会課題とも密接に関係しています。
こうした前提に対してZOZOが導入したのが「ゆっくり配送」です。通常よりも余裕のある配送タイミング(注文から7~10日後の発送)を選択できる仕組みで、顧客は緊急性の高い商品とそうでない商品を自ら切り分け、生活リズムに応じて配送方法を選べるようになりました。企業側も倉庫作業や配送便の負荷を平準化しやすくなり、結果としてCO2排出量の削減や2024年問題への対応につながっています。
2024年8月から本格導入された「ゆっくり配送」は、顧客が配送スピードの決定に主体的に関わる体験を生み出し、利便性とサステナビリティの両立を目指す取り組みとして評価されています。CX AWARD 2024では、急がないニーズに応える新たな選択肢を提示しながら、物流効率化と環境負荷低減という社会課題に同時に取り組んでいる点が高く評価されました。

画像出典:auじぶん銀行株式会社 プレスリリース
金融サービスにおいて、顧客満足度の向上は重要視されてきたものの、その多くはアンケート結果の集計や個別改善にとどまり、組織全体の意思決定にまで十分に反映されているとは言い難い状況でした。特にデジタルバンクにおいては、機能追加や利便性向上が優先される一方で、顧客の実感とサービス改善の間に距離が生まれやすい構造も抱えています。
auじぶん銀行はこの課題に対し、顧客評価指標(NPSなど)を活用し、改善の優先順位を判断する軸として運用しています。単なるスコア測定にとどまらず、顧客の評価理由やコメントを手がかりに改善ポイントを洗い出し、関係部門で共有しながら継続的な改善につなげています。部門横断での連携や運用の定着には一定の調整が必要でしたが、現場レベルの改善にとどまらず、サービス企画や業務プロセスの見直しにも反映。組織横断での継続的な改善を実現しています。
その結果、顧客対応の品質向上が評価され、HDI格付けベンチマークで最高ランクの三つ星を獲得するなど、外部からも高い評価を得ています。この事例は、顧客理解を軸に改善を積み重ねることで、サービス全体の体験価値を底上げするCXのあり方を示しています。

画像出典:株式会社INFORICH プレスリリース
外出先でのスマートフォン利用において、充電切れは避けがたい不便の一つです。モバイルバッテリーの持ち歩きやカフェでの充電といった対処は一般的でしたが、必要なタイミングで使えないことや、返却・持ち運びの煩雑さといった制約が残り、利便性には限界がありました。
ChargeSPOTはこの前提を見直し、所有するものから必要な場所で利用するものへとモバイルバッテリーを再定義しました。専用スタンドで借り、別の場所で返却できる仕組みによって利用の自由度を高めており、2025年12月時点で国内設置台数は5万9,784台に。アプリを通じて近くの拠点を検索し、必要なときにすぐ利用できる体験を実現しています。
その結果、ChargeSPOTは「Best App Award 2025」ライフスタイルカテゴリ最優秀賞を受賞するなど、日常に溶け込むサービスとして評価を高めています。この事例は、個別機能の改善ではなく、どこで・いつ充電するかという利用シーン全体を見直し、場所やタイミングの制約を取り除いた点が特徴です。ユーザーにとって必要なときに存在している状態を設計することが、CXの質を高めることにつながります。
サブスクリプション型の音楽配信サービスにおいて、継続利用は大きな課題です。膨大な楽曲なかから好みの音楽を見つけ続けるには負荷がかかり、サービスはしだいに受動的に再生される存在になりがちです。再生履歴などのデータは蓄積されるものの、それが顧客にとって価値として実感されにくいという構造的な課題もありました。
Spotifyはこの状況を見直し、顧客データを分析のためだけでなく、ユーザー自身に還元する体験へと転換しました。年末に提供される「Spotify Wrapped」は、年間の視聴履歴をもとに、聴取傾向や好みをストーリー形式で可視化する機能です。視覚的に整理された結果はそのまま共有可能な形で提示され、個人の音楽体験が自己表現として拡張されることで、自然な形で拡散が生まれています。一方で、膨大なデータ処理や可視化、パーソナライズ精度の向上といった面では継続的な改善が求められます。
Wrappedは世界中のユーザーの聴取データをもとに毎年展開される体験として定着し、Spotifyを象徴する機能の一つとなっています。2024年のCannes Lionsでは、2023年版のWrapped体験がCreative Effectiveness部門でブロンズを受賞し、データとパーソナライズを活用したデジタル体験として評価されました。本事例では、データを分析対象にとどめず体験価値へと転換し、顧客の体験として再構成することで関係性の強化につなげています。

画像出典:ラッシュジャパン合同会社 プレスリリース
多くのリテール企業にとって、SNSは顧客接点の中核を担う存在となっています。広告配信や情報発信を通じて認知と購買を促進する手法は一般化しており、アルゴリズムに最適化された発信が求められる一方で、顧客との関係はプラットフォームに依存しやすく、ブランドの価値が断片的に消費される傾向も見られていました。
Lushはこうした前提を見直し、主要SNSからの撤退を決断しました。広告やアルゴリズムに依存したコミュニケーションではなく、自社チャネルや店舗を軸に、顧客と直接つながる関係構築へと舵を切っています。ブランドの価値観や倫理観に共感する顧客との接点を重視し、製品体験やストーリーを通じたコミュニティ形成を志向しています。一方で、認知拡大の機会損失や新規顧客との接点確保といった課題も伴うなかで、発信手段や接点設計の再構築が求められました。
同社は顧客との接点を単に増やすのではなく、関係の質を高める方向へと軸足を移しました。パッケージレス商品や低環境負荷設計といった取り組みが評価され、Sustainability Awardを受賞するなど、ブランドとしての一貫性が支持されています。顧客との関係を外部プラットフォームに委ねるのではなく、自ら設計し直すことが長期的なロイヤルティにつながっています。

画像出典:富士フイルム株式会社 プレスリリース
スマートフォンの普及により、写真は即時に確認・共有できるものとして定着しました。一方で、撮影体験は効率化が進み、偶然性や待つ時間の楽しさといった要素は失われつつあります。結果として、写真は日常的に消費される存在となり、一枚ごとの特別感は薄れています。
富士フイルムはこの前提を見直し、使い切りカメラ「写ルンです」の体験をデジタル時代に合わせて再構成しました。撮影後すぐに確認できないというアナログ特有の不便さや、現像を待つ時間のワクワク感、どのように写っているかわからない偶然性といった要素をあえて残しつつ、デジタル連携によって写真データをスマートフォンで受け取れる仕組みを取り入れました。これにより、効率化のなかで失われていた体験要素を意図的に残すことで、写真との関係性そのものを再構築しています。
その結果、レトロな写真表現や体験を求める若年層を中心に支持を広げ、写真カルチャーの再評価につながっています。CX AWARD 2025では、不便さを単なる制約として排除するのではなく、体験価値として再定義した点が評価されています。

画像出典:株式会社ポケモン プレスリリース
トレーディングカードゲームは、開封や収集、対戦といった多面的な楽しみを持つ一方で、カードの購入や保管、対戦環境の確保といったハードルも存在します。特にデジタル化が進むなかでは、物理カード特有の体験価値をどのように再現するかが課題となり、利便性を優先すると体験の魅力が薄れるというジレンマもありました。
「Pokémon Trading Card Game Pocket」は、この課題に対し、カードゲームの楽しさをデジタル上で再構築するアプローチを取りました。パックを開封する瞬間の高揚感や、カードを収集する喜びといった要素を、演出やインタフェースによって強化し、日常のなかで気軽に楽しめる体験へと落とし込んでいます。
さらに、交換や対戦といった機能を組み合わせることで、個人のコレクション体験を他者との関係性へと拡張しました。こうした設計により、従来のカードユーザーにとどまらず、新たな層にも日常的に利用される体験として広がっています。「開封・収集・対戦」という体験の要素を組み替えることで、継続的に関わりたくなる利用サイクルを生み出している点が特徴です。
エンターテインメント領域において、IPは映像やゲームといったコンテンツを通じて消費されることが一般的です。しかし、コンテンツの消費が個人の画面内で完結しやすくなるなかで、ブランドや作品の魅力をどのように実体験として伝えるかは大きな課題となっています。過去の作品や歴史は情報として蓄積されても、体験として共有される機会は限られていました。
任天堂はこの前提を見直し、IPや企業の歴史そのものを体験として再構成する場として「ニンテンドーミュージアム」を展開しました。展示を見るだけでなく、実際に遊び、触れ、参加できるコンテンツを通じて、来場者が主体的に関与できる設計です。これにより、過去のゲーム体験やキャラクターへの記憶が現在の体験として再接続され、世代を超えた共有が生まれています。
その結果、ブランドの世界観を体感できる場として高い関心を集め、IPの価値を拡張する取り組みとして評価されています。「ニンテンドーミュージアム」は、ただコンテンツを提供するだけでなく、顧客がそのなかに入り込む体験へと転換した点が大きな特徴です。個別のプロダクトやサービスを超えて、ブランド全体を一つの体験として設計することが、長期的な関係性を築くCXにつながることを示しています。
紹介した8つの事例は、業界やサービスの違いを超えて、顧客の行動や感情に変化を生み、継続利用やロイヤルティの向上につなげています。その背景に共通しているのは、CXを個別の接点改善としてではなく、顧客の体験全体を設計し直すものとして捉えている点です。特に重要なのは、次の3つの視点です。
業界の常識や既存の前提をそのまま受け入れず、顧客にとって本当に価値のある体験は何かを問い直すことが出発点となります。配送は速いほどよい(ZOZO)、SNSは使うべき(Lush)、写真はすぐ確認できるべき(写ルンです)といった前提を疑うことで、新たな体験の可能性が生まれています。
利便性の向上にとどまらず、顧客の行動や感情が変わるポイントに踏み込み、体験の流れそのものを再設計することが求められます。NPSを軸に組織の意思決定を変えたauじぶん銀行や、顧客データを自己表現へと転換したSpotify、日常の行動のなかに自然に組み込まれる体験を設計したChargeSPOTは、体験構造そのものを変えた事例といえます。
すべてを効率化するのではなく、顧客の納得感や関与を生む要素をあえて残すことも、継続的な利用につながります。不便さを価値に転換した写ルンですや、開封・収集のワクワクを再構築したポケポケ、ブランドの世界観を体験として提供する任天堂の取り組みは、体験の質を高めるための“残し方”を示しています。
優れたCXとは、すべてを便利にすることではなく、顧客がどのように体験し、どのように関係を築いていくかを起点に設計を見直すことにあります。
CXは、顧客との関係性をどう設計するかという意思決定の連続によって形づくられます。デジタル化が進む環境では、操作の手間や待ち時間、判断に迷う要素といった摩擦をなくし、利便性を高めるだけでは差別化が難しくなるためです。
だからこそ、離脱を防ぐために取り除く摩擦と、あえて残すことで関与を深める要素を切り分けることが出発点になります。利用を妨げるストレスは削減しつつ、開封時の高揚感や待つ時間の楽しさのように、顧客の感情が動く瞬間は意図的に残す設計が求められます。体験全体を均一に改善するのではなく、どこで顧客の心が動くのかを見極め、その一点に資源を投下すべきです。
今回紹介した事例に共通していたのは、機能や効率を足し続けるのではなく、業界の前提を問い直す姿勢でした。 CX担当者に求められるのは、新しい機能を追加することではなく、既存の接点をどう組み替え、何を残すかを判断する視点です。その判断の積み重ねが、継続的な利用とロイヤルティを生み出すのです。
自社のCXを見直すポイント
自社のサービスは業界の常識を前提に設計されていないか
顧客の行動や感情が変わるポイントに投資できているか
効率化の過程で失われている体験はないか?
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。