執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

2025年12月に施行された「スマホ新法」。これにより、長年固定化されていたスマートフォンアプリの競争環境は劇的に変化し、企業は「未知のリスク」と「新たなビジネスチャンス」への対応を同時に迫られています。
この法律の金融機関への影響なども含め、サイドローディング解禁に伴う「偽アプリ・セキュリティリスク」への対策と、NFC開放による「自社決済圏(スーパーアプリ化)拡大」のチャンスを両面から解説し、競合他社との差別化を図りながら選ばれるアプリになるための戦略を考察します。
「スマホ新法(スマホソフトウェア競争促進法)」が2025年12月18日に施行され、GoogleやAppleといった巨大プラットフォーマーが規制事業者として指定されました※1。本規制が導入された背景には、現在のモバイル市場ではiOS(Apple)、Android(Google)という2つのOSが事実上標準とされ、OS市場が複占状態となっている現状があります。
内閣官房デジタル市場競争本部の「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」内でも、プラットフォーマーがOSという入口を支配していることで、アプリ配信や決済でも競争上有利な立場を維持していると指摘しました※2。こうした課題を踏まえ、スマホ新法ではOSに縛られ固定化してきたルールを緩めることで、事業者の公正な競争やユーザーの選択肢の拡大を実現しようとしています。
また、本法律は新たなアプリストアの参入を認める一方で、OS事業者がセキュリティ確保に必要な対策を講じることも求めています。これにより、市場を開放しつつもスマートフォンの安全性は維持される仕組みとなっています。では、スマホ新法は具体的に金融機関に対してどのような影響を与えるのでしょうか。
現在、銀行や決済サービスの多くはスマートフォンアプリを通じて提供されており、残高確認や振込、決済といった日常的な金融取引の多くはアプリへと移行しています。そのため、アプリ配信の仕組みやスマートフォン機能の利用ルールの変化は、金融サービスの提供環境にも影響を及ぼします。
つまり、スマホ新法は、金融機関に「銀行アプリの安全性」や「顧客との信頼関係」という、新たなリスクと課題をもたらすことになるのです。
※1:出典「スマホソフトウェア競争促進法(スマホ法)」(公正取引委員会・2025)
https://www.jftc.go.jp/msca/index.html
※2:出典「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」(内閣官房・2023)
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/digitalmarket/kyosokaigi/dai7/siryou1.pdf
スマホ新法は、スマートフォンのOSやアプリストア市場で圧倒的なシェアを持つ事業者に対し、公正な競争を促すことを目的に、新たな禁止事項と遵守事項を定めたものです。本法律の施行によって、金融ビジネスにはどんな影響があるのでしょうか。特に影響が強いとされる3つ(入口・機能・初期設定)の点を解説します。
公式アプリストア以外からアプリを入手する方法を「サイドローディング」と呼びます。これまでスマートフォンでは、iPhone・Androidともに、アプリは基本的に公式ストア経由でしか配信できませんでした。スマホ新法では、この仕組みを見直し、OSがアプリの配信経路を独占しないことが認められています。
その結果、OS事業者が決めていた配信条件や手数料といったルールに縛られず、より自由な競争環境が生まれることになります。
金融ビジネスへの影響
サイドローディングの解禁によって、アプリは必ず公式ストア経由で配信しなければならないという前提がなくなりますが、内閣官房の競争評価報告書ではリスクも明確に指摘されています。例えば、偽アプリストアが出現し、そのアプリを使うことで金融情報(ID・パスワード・認証情報など)の窃取のトラブルにつながる可能性があります。
そのため、アプリの配信の自由度はあがるものの、金融機関側は「入口」の信頼設計がより強く求められます。
NFCとは、スマートフォンに内蔵された近距離無線通信チップで、端末やカードをかざすだけで支払いが完了するキャッシュレス決済や、対応機器同士のデータ送受信などに利用されています。今回の機能開放は、このNFC機能を使ってOS事業者が自社サービスを優遇する形で利用を制限してきた構造を見直すことを目的としています。
これまで、Android端末ではNFCの技術仕様が比較的オープンに提供されており、アプリ側が柔軟に機能を活用できる環境が整っていました。一方、iPhoneではNFC機能の利用が制限されており、アプリ内でのNFC決済はApple PayやApple Walletにほぼ限定されていました。
スマホ新法の機能開放によって、iPhoneにおいてもサードパーティ製アプリがNFC機能を活用した決済を提供できる可能性が生まれます。
金融ビジネスへの影響
OS標準の決済方法に依存せず、銀行などの金融事業者が自社アプリ内で直接「タッチ決済」などの決済機能を提供できます。これにより、金融機関はユーザーの決済体験を自由にデザインできるようになり、LTV(顧客生涯価値)や顧客体験の可視化といったマーケティング上のメリットも期待されます。
一方で、決済体験を自ら設計・提供することになるため、開発負荷やセキュリティ管理の責任をより直接的に負う必要があるというデメリットも同時に生じます。
今回の規制では、ユーザーのブラウザや検索エンジンが事実上、初期設定で選ばれてしまう構造を問題視しています。ユーザーは、自分のスマホに初期設定でインストールされているブラウザや検索エンジンをそのまま使うケースが多いため、特定事業者への利用集中の原因であると指摘されています。これに対し、ユーザーが選択・変更しやすい仕組みを用意することが求められています。
このデフォルト設定の変更は、金融サービスの機能やUXを直接左右するものではないですが、ユーザーの情報接触経路やサービスへの流入動線に影響するため、アプリやWebを起点に顧客接点を設計している金融機関にとっては無視できない要素と言えます。
金融ビジネスへの影響
検索エンジンやブラウザの初期設定が固定されない仕組みになることで、ユーザーが金融サービスにアクセスする経路はこれまで以上に多様化すると考えられます。スマホ新法では、端末の初期設定時などにブラウザや検索エンジンをユーザー自身が選択する「チョイススクリーン」が導入されるため、金融サービスに関する情報検索やサービス導線が分散する可能性があります。
その結果、銀行やクレジット決済サービスにとっては、アプリストアだけでなくWeb検索や金融メディアなど複数の接点を考慮した顧客接点設計がより重要になります。つまり、金融サービスの集客は、アプリストア内の競争だけでなく、検索やWeb上の情報接触も含めたデジタル戦略が求められます。
スマホ新法によってアプリ配信の自由度は上がるものの、その裏側では従来OS事業者が担ってきたリスクや責任が、より直接的に金融機関側へと移ってきます。そのなかでも偽アプリによる顧客の詐欺被害リスクや、セキュリティの担保と快適なUXをどう両立するかは、避けて通れない論点です。安全な環境の維持を最優先課題として、金融事業者が注意すべき課題について取り上げます。
サイドローディングの解禁によって、企業や組織になりすます「フィッシング詐欺」の手口が巧妙化する恐れがあります。これまでユーザーは、公式サイトやメールからApp StoreやGoogle Playを開かなければアプリをダウンロードできなかったため、公式アプリのインストールは比較的安全でした。サイドローディングや代替ストアが増えることによって、公式を装ったメールやSMS、広告経由で偽ストアへ誘導される可能性があります。
これはユーザー自身も気づかないまま、不正アプリをインストールしてしまうリスクが高まることを意味しています。こういったリスクへの対策として、金融機関は「公式ルート以外でのアプリインストールは危険である」とユーザーへ周知することが重要になってきますが、その啓蒙活動にこれまで以上のコストと労力が必要なことを考慮しておかなければなりません。
サイドローディングの場合、ユーザーが手動でアプリをインストールするため、アプリの安全性の保証が基本的にできなくなります。これにより、顧客資産や認証情報の安全性が直接脅かされるリスクが発生し、アプリ側でセキュリティ検知や改ざん防止を強化する仕組みの構築が必要になります。
しかしながら、過度にセキュリティを強化することで決済確認ステップが増加したり、画面遷移が多くなったりすることでユーザー体験が低下する可能性も同時に発生します。
金融アプリでは、堅牢なセキュリティだけではなく、スムーズな操作性を両立させる高度なUI/UX設計が求められるため、設計と運用のバランスは非常に重要な課題です。上記のセキュリティリスクやコストの発生は、これまでプラットフォーマーが肩代わりしてきた「安全な体験設計」の責任が、金融事業者へと引き戻されたことを示しています。
一方、「スマホ新法」は、金融機関の大きなビジネスチャンスも含んでいます。OSやストアの制約が緩和されることで自社アプリを中心とした決済圏を拡大し、顧客接点を再び自社の手元に取り戻すことが可能になるためです。
これまで、決済や顧客体験に関するデータはOS側に集約されており、金融機関が全体像を把握することは容易ではありませんでした。
スマホ新法によってOS標準アプリへの依存を減らすことで、今後は自社アプリ内で顧客体験や行動データを直接捉えられるようになります。自社アプリを中心に顧客接点を集約することで、UX設計、マーケティング施策、収益モデルを一体で設計できる基盤が整い、自社アプリを決済の起点とする「スーパーアプリ化」を後押しします。
さらに、支払い前後の行動データを一貫して把握できるため、顧客理解の深化や改善余地の確保、LTVやデータ活用の向上といったメリットにも直結します。
アプリの入手経路が多様化することは、ITリテラシーが高くないユーザーにとって「どれが本物の銀行アプリかわからない」という不安につながります。今後、金融機関はユーザーが安心して操作できる環境を提供するために、信頼できるアプリとして以下の対応が求められます。
アプリが公式であることを示す「認証バッジ」「Verifiedマーク」を表示し、公式アプリであることを一目でわかるようにすることが重要です。このバッジをアプリやWebサイトで表示することで、ユーザーは公式アプリを判断できます。
さらに、バッジをユーザーが自然に目にする場所(アプリのダウンロード画面やログイン画面など)に配置することで安全性を可視化し、誤認リスクを減らすことが可能です。このように、公式であるという視覚的な明示が、金融機関の信頼維持につながります。
安全性の可視化とともに、ユーザーが情報を正しく理解し、アプリを使用できるようにサポートするUXライティングも必要です。単にマークを表示するだけでは、ユーザーがそのマークの意味や公式であることを理解できない場合があるためです。「認証バッジ」と併せて、ユーザーが安心してインストールを実行できる説明文を入れることで信頼のデザインとなり、ユーザーに安全だと納得させることができます。
また、インストールや操作説明の文章は、恐怖心をあおる警告文だけではなく、「こちらのリンクからインストールすると、公式アプリが入手できます」といった、明確で簡潔な表現にまとめることで、安心できる選択肢を提示できます。
スマホ新法によって市場が活性化し、金融サービスの自由度は確実に高まっています。しかしながら、金融という信用がすべての業界においては、自由がもたらすリスクへの備えが不可欠です。そして、多くの金融アプリは無料で利用できますが、銀行や決済サービスは使いやすさと同時に「安全であること」が前提として求められるツールです。
ユーザーが安心感と引き換えにアプリを選ぶ時代を迎えたからこそ、金融機関は今回の法改正を単なる負担としてではなく、自社をアップデートする「好機」として捉え、NFC活用による利便性向上と、セキュリティへの信頼を組み合わせた「信頼のデザイン」を改めて構築することが求められます。
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