執筆者紹介
株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。

市場や顧客ニーズが急速に変化する現代、企業にはフットワークやスピードが求められています。これに応える手法として、アジャイル開発が注目される一方、計画性や安定性を重視するウォーターフォール開発も依然として多くの場面で採用されています。本記事では、これら2つの手法の特徴を整理しながら、アジャイル開発が企業の競争力を高める背景と課題に迫ります。さらに、実際の導入事例を通じて、自社に最適なアプローチを見極めるヒントを提供します。
現代の市場環境では、機動力とスピードが求められる場面が増え、アジャイル開発への注目が高まっています。ソフトウェア開発から生まれたこの手法は、今ではさまざまな業界に広がり、企業が変化を競争優位に変える重要なツールとして位置付けられています。本章では、アジャイル開発が注目される理由と、日本企業が直面する課題について詳しく解説します。
アジャイル開発は、2001年に発表された「アジャイルソフトウェア開発宣言」から始まりました。この宣言はソフトウェア開発の最前線にいるエキスパートたちが発したもので、顧客のニーズが急速に変化する環境で、開発チームが柔軟かつスピーディに対応することを目的としています。詳細な計画を固定するのではなく、変化に適応しながら価値を提供し続けることに重点を置いた宣言は、その後のソフトウェア開発に大きな影響を与えることになりました。
従来型のウォーターフォール開発は計画重視で段階的に進めていくことに重きを置きますが、アジャイル開発は短いスパンでの反復的な進行を重視します。このアプローチにより、変化する要件や市場ニーズに迅速に対応し、最終的な顧客価値を最大化することが可能になります。
エンタープライズ向けのデジタル変革支援をおこなうDigital.aiによるレポート「State of Agile Report」※1によれば、回答者の71%が「ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)においてアジャイルを使用している」と答えています。この数字は、グローバルではアジャイル開発が主流になっている現状を示すものです。
一方で、日本の状況は異なります。同レポートに基づくと、日本におけるアジャイル導入率は22.9%(DX白書2023)※2にとどまり、普及が進んでいない現状が伺えます。この背景にはいくつかの課題が存在します。
まず、日本の企業文化には「計画重視」や「組織の縦割り化」といった特徴があります。この文化的要因は、アジャイルのような柔軟性を重視する開発手法とマッチしにくいものです。また、アジャイルの成功には経営層の理解と支援が不可欠ですが、トップダウンでのアジャイル推進が不足している企業も多いのが実情です。
スキル不足も障壁です。アジャイル開発を効果的に実践するには、適切なトレーニングや経験を積んだ人材が必要ですが、多くの企業ではそのリソースが不足しています。このため、中小企業を中心にアジャイル導入の成果が見えづらく、導入へのハードルが一層高まっているのです。
生成AIの進化はソフトウェア開発の現場に決定的な変化をもたらしています。GitHubが公開した調査によると、GitHub Copilotの活用により、コーディングにかかる時間は最大で55%短縮、すなわち開発スピードは約2.2倍にまで加速することが示されています。2026年現在、ソフトウェア開発において、コードを書くという工程の優先順位は相対的に下がり、実装そのものがボトルネックになるケースは激減しました。しかし、実装が速くなればなるほど際立ってくるのが、待ち時間の存在です。
具体的には、「度重なる定例会議」「他部署との調整」「多層的な社内承認」といった時間です。AIによって高められた現場の実装スピードを、こうした旧来型の管理フローが相殺してしまっているという矛盾が生じています。このギャップこそが、AI時代の新たなボトルネックといえるでしょう。
現在、アジャイル開発に求められている役割は、単にタスクを細分化して積み上げていくことではありません。AIの活用によって実装スピードが劇的に向上した今、真に問われているのは、その速度を落とさずに、市場のフィードバックを即座に意思決定へ反映させるという、プロセス全体の俊敏性です。
開発現場がどれほど高速にアウトプットを出したとしても、組織側に変化を取り込む仕組みがなければ、AIがもたらす恩恵を受けることはできないのです。
しかし、企業のあらゆるプロセスを即座にアジャイル化することは、現実的ではありません。そこで重要になるのが、スピードを優先すべき領域と、統制を重視すべき領域を明確に切り分け、最適に組み合わせるハイブリッド戦略です。AIによる高速な試行錯誤を許容するアジャイルな領域と、企業のガバナンスや品質、セキュリティを厳格に担保するウォーターフォールな領域。これらを予算の組み立て、契約の形態、品質保証といった具体的な制度面から不整合がないように設計する。
これこそが、AI時代の開発における最適解と言えます。
かつてのアジャイル開発は、一部のハイエンドなエンジニアの職人技に頼っており、現場でのタイムリーなフィードバックでプロジェクトを回していく人海戦術が前提でした。しかし、現在は生成AIとプラットフォームエンジニアリングの普及により、その前提は「仕組みの活用」へとシフトしています。
非エンジニアに近い層まで開発に参画し、外注を介さずに自社でスピード開発を完結させる。そのパラダイムシフトが起こっているのです。
アジャイル開発の核心は、小さなサイクルで修正と検証を繰り返す反復にあります。生成AIによるコード生成やテストの自動化、ドキュメントの即時整理といった支援は、これまで多くの工数を要していた作り直しや細かな仕様変更に伴う作業負荷を最小化します。
以前であれば現場が躊躇していたようなプロトタイプ作成や微調整のループも、AIが瞬時に肩代わりすることで、圧倒的な速さで回せるようになっています。どう作るかという手戻りの懸念から解放されたことで、チームは「ユーザーにとって何が正解か」という本質的な検証に全リソースを投入できる環境が整いつつあります。
内製化のスピードをさらに後押ししているのが、プラットフォームエンジニアリング※の台頭です。Google Cloudの調査によれば、グローバル企業の55%がすでにこれを導入しています。プラットフォームエンジニアリングは、インフラ構築やセキュリティ設定といった複雑な専門作業を「内部開発基盤(IDP)」として標準化・セルフサービス化し、開発者を付随的な業務から解放します。
同調査では導入企業の85%が「プラットフォームによって成果が出ている」と回答しています。高度なインフラ知識がなくても、部署の垣根を超えたリアルタイムな情報共有と、市場への即時のフィードバック体制を自社主導で構築できる環境が整ったことで、専門人材の不足に悩む企業でも、自社主導の高速開発が可能になりつつあるのです。
※開発者が本来のアプリケーション開発に専念できるよう、複雑なインフラ構築やセキュリティ設定などの共通作業を、誰でも簡単に利用できる「セルフサービス型の共通基盤」として提供する取り組みのこと。開発のたびに専門部署へ依頼・調整する手間を省き、試行錯誤のスピードを最大化できる。
ここで再評価すべきは、ウォーターフォールが持つ計画性、そして品質の安定性という強みです。本来、ウォーターフォールは大規模な基幹連携や厳格なガバナンスが求められる領域において、高い信頼性を発揮します。
AI時代のハイブリッド戦略において重要なのは、アジャイルかウォーターフォールかの二者択一ではありません。ウォーターフォールが持つ「設計・実装・テスト」という確実な開発プロセスを、AIの力を借りて極小サイクルで高速に回すこと、すなわち「ウォーターフォールのプロセスをアジャイルの速度で実行する」という考え方です。
こうした技術基盤とプロセスの融合により、全体の統制を維持しつつ、現場の加速を組織全体の成果につなげることが可能になります。技術進化がかつてないほど速い現代において、従来のように統制を取るべき部分と、最新技術を活用してスピードアップを実現する部分を最適な形で組み合わせる設計思想こそ、DXを成功させるための不可欠な要素になっているのです。
ウォーターフォール開発とアジャイル開発は、それぞれ異なる特徴を持ち、適用場面も異なる開発手法です。本章では、両手法の特徴と課題を整理し、それぞれがどのようなプロジェクトに最適なのかを掘り下げて解説します。
ウォーターフォール開発は、計画されたプロセスを順序立てて進める方法です。各フェーズが明確に分かれており、前段階のタスクを完了させてから次のフェーズに進むのが基本セオリーです。安全性や品質が最優先されるプロジェクトでは、ウォーターフォールの計画性が特に強みを発揮します。また、仕様変更を最小限に抑える必要がある場合も同様です。たとえば、医療機器の開発や法規制が厳しい製品の開発が挙げられます。
一方で、アジャイル開発は、短い反復サイクル(スプリント)を繰り返しながら進行するプロセスが特徴です。初期の計画に縛られず、フィードバックを取り入れながら変更を柔軟に対応できる点は大きなメリットになります。このため、ソフトウェアやWebアプリケーションの開発など、顧客ニーズや市場動向が変化しやすい環境で強みを発揮します。段階的に小規模なリリースをおこなうことで、顧客価値を迅速に提供することもできます。以下の比較表は、ウォーターフォール開発とアジャイル開発の特徴を対比し、それぞれの適用場面を整理したものです。
| 特徴 | ウォーターフォール開発 | アジャイル開発 |
| プロセスの進行方法 | 各フェーズを順序立てて進行。次フェーズに進む前にすべてを完了させる | 短い反復サイクル(スプリント)を繰り返しながら進行 |
| 変更対応 | 初期計画が固定され、途中の変更が難しい | 変更を柔軟に対応可能。フィードバックを取り入れて改善 |
| リリースのタイミング | プロジェクト完了時に一括リリース | 各サイクルで小規模リリースをおこない、段階的に価値を提供 |
| 市場対応力 | 市場や顧客ニーズの変化への追従が難しい | 市場動向を反映しやすく、顧客の声を迅速に反映できる |
| 適している場面 | 大規模かつ要件が明確なプロジェクト | 変化が多い市場や早期リリースが必要な環境 |
ウォーターフォールとアジャイルは、それぞれ異なる特徴を持っていますが、必ずしも、どちらか一方を採用する必要はありません。双方の利点を組み合わせた「ハイブリッドアプローチ」が有効なプロジェクトも多く見られます。この手法は、計画性と柔軟性をうまく組み合わせ、プロジェクトの特性に合わせた最適な解決策を導きます。
たとえば、初期フェーズではウォーターフォールを採用し、全体の目標や必要なリソースを明確化。これによって、プロジェクト全体の方向性が確立できます。安全性や法規制への適合が必要なプロジェクトでは、このアプローチが有効です。一方で、開発フェーズはアジャイルが有効です。短いスプリント単位で進行し、顧客や市場の変化に対応しながら開発を進めることで、リリースまでのスピードを向上させ、顧客満足度を高めることができます。
ウォーターフォール開発とアジャイル開発は、それぞれ異なる強みを持ちながら、適切な組み合わせによって最大の成果を引き出すことができます。次章では、アジャイル開発の柔軟性とスピードに焦点を当て、その活用事例と具体的な成果を詳しく見ていきます。
DXが求められる現代のビジネス環境では、アジャイル開発が組織を強化する重要な手法として注目を集めています。本章では、具体的な事例を通じて、アジャイルがもたらす成果や導入の背景を紐解いていきます。
内製文化が乏しい状態から、外部パートナーを作業リソースとしてではなく、知見の源泉として活用した事例です。単なる外注に留まらず、スキルトランスファーを重視した伴走型の支援を受けることで、段階的に自社の内製力を引き上げています。理想論に走らず、現実的な「ハイブリッドな移行期」を戦略的に設計した点が成功の鍵となっています。
金融機関としての厳格なセキュリティやコンプライアンスの遵守を前提に、対話型AIをはじめとする生成AI関連のプラットフォームや行員向けの開発基盤を整備しました。特筆すべきは、サイバーセキュリティやコンプライアンス、AI固有のリスク専門部署が多角的に審査し、その結果を設計や運用面の工夫で組織に落とし込んでいる点にあります。これにより、現場の担当者が業務効率化や新サービス開発に取り組みやすい環境が整えられています。方針の変更が1日や数時間でおこなわれるという意思決定の速さを背景に、堅牢な統制とスピーディーな試行錯誤を両立させています。
日本郵政グループのデジタル戦略会社として、アジャイルな体制とUXチームによるユーザー起点の改善プロセスを組み合わせてDXを推進しています。特筆すべきは、そのハイブリッドな開発構造です。既存の巨大な業務システムとの連携ではウォーターフォール型で慎重に品質を確保する一方、フロント側では1ヵ月単位の改修サイクルを回す機動力を確保しています。巨大な組織のアセットを活かしつつ、専門組織がスピード感を持ってサービスを生み出す先進モデルといえます。

前章で紹介したING銀行、British Telecom、英国政府デジタルサービスの事例には、共通する成功要素が見られます。それは、「柔軟な文化の醸成」「専門人材の活用」「小さな成功体験の積み重ね」という3つのポイントです。本章では、これらを具体的に分析し、業界や職務に応じた実践方法を掘り下げます。
アジャイル導入の鍵は、試行錯誤を歓迎する柔軟な組織文化にあります。British Telecomでは、部門横断型チームを組織し、役割を明確に分担することで迅速な意思決定を実現しました。製品開発サイクルを12ヵ月からわずか90日に短縮する過程では、スプリント単位で進捗を確認し、課題を早期に共有・解決する仕組みを整備。この取り組みにより、迅速な製品リリースと高い顧客満足度を同時に実現しています。
特に注目すべきは、各スプリント終了後にチーム全員が集まり、成果物や課題を議論する定例会を導入した点です。この仕組みは、問題が長期化するリスクを防ぎ、チーム全体での振り返りを通じて実践性を高める役割を果たしました。こうした成果から、テクノロジー系企業やスタートアップにおいて特に有効なアプローチと言えるでしょう。
アジャイル開発を成功させるには、プロジェクト全体の目標を共有し、各メンバーの役割を明確にすることが重要です。ING銀行では、プロダクトオーナーが顧客フィードバックをリアルタイムで収集し、それを優先順位として開発チームに提示する仕組みを構築しました。この取り組みにより、UX改善が遅れるという課題を克服し、機能横断型チームが短期目標に集中しやすい環境を整備。結果として、リリースサイクルを四半期単位からわずか2週間に短縮するという成果を上げました。
特に、日本企業では役割が曖昧になりがちな傾向が見られるため、役割分担をより明確にする取り組みが推奨されます。経営層は導入目的と目標を明確化し、全社的な支援体制を整備することが重要です。また、ミドル層はアジャイル導入の効果をデータで可視化し、定期的に進捗報告をおこなう必要があります。一方、現場チームはアジャイル開発に基づく実務運用を習得し、スクラムを活用して短期目標を達成しながら次のステップへと進む姿勢が求められます。
英国政府デジタルサービス(GDS)では、市民フィードバックを収集し、それをサービス改善に反映する短期サイクルを採用しました。改善案は小規模なパイロットプロジェクトで検証した後、広範な実装を進めるという戦略を展開。このプロセスにより、公共サービスのUXテストを地域単位で実施し、その結果を基に全体導入を決定していきました。結果として、サービス提供のリードタイムを30%削減するという成果を実現しています。
このような取り組みは、新規製品の開発や小規模な業務改善プロジェクトにも応用可能です。具体的には、パイロットプロジェクトを設定し、短期間で成果を共有した上で次のステップに進む前にフィードバックを反映するというアプローチが、効率的かつ持続可能な改善につながるでしょう。
小規模プロジェクト
スクラムを中心に採用し、短期間での成果物作成とフィードバックを重視する。
大規模プロジェクト
ウォーターフォールの計画性を前提にしつつ、開発フェーズでアジャイルを活用して顧客ニーズに柔軟に対応する。
導入フレームワークの調整
既存のプロセスを完全に置き換えるのではなく、試験的にアジャイルを導入し、成功例を基に徐々に拡大するステップアップ方式を採用。
アジャイル導入は、変化に対応できる環境の整備、専門人材の活用、小さな成功事例の積み重ねによって、大きな効果をもたらします。ただし、その導入には、チーム間のコミュニケーション不足やリーダーシップの欠如といった課題が伴うことも事実です。これらの障壁を乗り越えるには、自社のプロジェクトや組織文化に合った手法を見極めることが欠かせません。Deloitteの「2024 Global Human Capital Trends」は、アジャイルの柔軟性を活かすためには、スキル育成の重要性やAI技術の活用が鍵になると指摘しています。このレポートが示すように、今、私たちに求められているのは、手法の選択を超えた、認識のアップデートです。
AIによってコードを書く時間が極限まで短縮された今、真のボトルネックは実装の速さではありません。本質的な課題は、その速さをいかに意思決定にフィードバックし、プロダクトの価値へと変換できるかという点に移行しています。
この変革は、必ずしも大規模な組織改革から始める必要はありません。まずは特定のプロダクトや領域において、AIとプラットフォームを前提とした意思決定モデルを試行し、成功体験を積み重ねることが重要です。小規模なチームから得られた知見を地道に横展開していくこと。その積み重ねが、形骸化したプロセスを打破し、変化を味方につける強靭な組織へと変革していくための確かな一歩になります。
最後に、実際にメンバーズのアジャイル・スクラム開発の現場で活躍している社員のインタビュー記事をご紹介します。単なる開発手法としての枠を超え、コミュニケーションの課題を抱えていたチームをどう再生させたのか。そして、メンバー全員が前向きに価値を創出できる「アジャイルな状態」をどう作っていくのかを語っています。
株式会社メンバーズ
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