執筆者紹介

株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
近年、家電メーカー各社は「顧客体験」の向上に向けたデジタル施策を積極的に展開しています。特にAIを活用したサービスが増えつつあり、家電と食材を組み合わせたD2C(直販)モデルの強化、操作履歴や生活パターンによる機能カスタマイズ、音声認識による番組検索テレビなど、そのアプローチは多岐にわたっています。
本コラムでは、国内の主要家電ブランドが取り組む最新のCX向上策をご紹介します。
家電製品の機能・性能が均質化していくなか、商品そのものでの差別化は難しくなり、家電メーカーは顧客の日常全体に寄り添う存在へと進化しつつあります。AIやIoT、クラウドサービスを活用した体験設計、デジタルによるサポートの強化など、その手法はブランドごとに個性を帯びています。実際にどのような取り組みをおこなっているのか、具体的な事例を見ていきましょう。
パナソニックは家電プロダクトそのものとデジタルサービスの融合によるCX革新を進めています※1。
例えば、美容家電分野では会員制コミュニティ「ヘアサプby Panasonic Beauty」を開設し、ユーザー同士でヘアケア情報の交換や、オフラインイベントに参加できる場を提供※2。これは商品を超えた体験価値の提供であり、ブランドファンの育成につながっています。
また、IoTを活用した音声プッシュ通知サービスでは、対応家電がテレビや照明を通じて、ゴミ出しの日や服薬の時間など日常生活のリマインドを音声で知らせ、忙しい暮らしをサポートしてくれます※3。
さらに、調理家電と食材定期配送を組み合わせたD2C型サービス「foodable(フーダブル)」も展開。高品質な最新キッチン家電を月額制で試せるうえ、家電のプロが選んだ厳選食材が定期的に届くため、忙しい日でも届いたその日から手軽に美味しい食事を楽しめます※4。
加えて、近年注目の生成AIも活用。スチームオーブンレンジ「ビストロ」向けのAIアシスタントでは、LINE上の対話を通じて献立提案から調理中の相談まで応じてくれる「Bistroアシスタント」の提供を開始しました。これは生成AIがお料理のプロのように寄り添いながら調理をサポートしてくれる画期的なサービスです※5。
このようにパナソニックはハードとサービスを一体化し、コミュニティ形成から日常サポート、購入後の価値提供まで包括的にCXを高めています。こうした取り組みは、家電販売における「従来の売り切りモデル」の脱却を目的に始められた、生成AIによるVoC(Voice of Customer)データの分析がベースとなっています。
週に十数万件を超える膨大な問い合わせデータを、人手で解析して有意義な知見を得るのは極めて困難だったそうです。またテキストマイニングツールなどで効率化を図ると、事前に設定したキーワードの抽出しかできず、文脈を含む豊かな情報が失われてしまうという限界がありました。
この課題に対し、生成AIの活用により、大量のVoCデータを効率的に分析しながら、文脈を踏まえた深い理解から顧客の潜在ニーズや特性を抽出することができ、重要な気づきを得ることが可能になりました※6。
シャープはAIoT(AI×IoT)戦略のもと、家電そのものがユーザーに寄り添い進化するスマートライフを提案しています。
クラウドAIとつながったシャープのスマート家電は、操作履歴や生活パターンなどのデータを学習し、家族それぞれに最適なパートナーへと成長します※7。
例えばオーブンレンジは、季節や時間帯によってよく使うメニューを本体画面に表示するなど、使えば使うほど操作パネルがわが家仕様にカスタマイズされ、利便性が向上するでしょう※8。
また洗濯機は、仕上がり具合の好みをユーザーがアプリで評価すると、フィードバックを学習してより好みに近い仕上がりになるよう自動調整する機能も搭載しています※9。
さらに家電同士の連携による体験も特徴的です。例えば洗濯機の終了を冷蔵庫が音声で通知したり、テレビで夢中になっていても調理完了を画面表示で知らせるなど、異なる家電同士が連動してユーザーをサポートします※10。
これらAIoT家電は、スマートフォンアプリ「COCORO HOME」で一括管理でき、複数機器の状態把握や遠隔操作も可能です※11。
シャープは「COCORO+(ココロプラス)」というサービスブランドの下で、音声対話で献立提案をおこなう「COCORO KITCHEN」や天候に応じ自動で空調を制御する「COCORO AIR」など、クラウド経由の各種サービスを展開しており、ハードとソフトの両面から生活者のCX向上を図っています。
三菱電機は家電と住宅設備を横断してつなぐ統合アプリ「MyMU(マイエムユー)」を提供し、暮らし全体の体験価値向上を目指しています。MyMUは同社のエアコンや冷蔵庫などさまざまな家電を一つのスマホアプリで操作・連携できるプラットフォームで、家のなかでも外出先からでも生活をより心地よくすることを目指しています※12。
利便性の面では、遠隔操作で外出後にエアコンの消し忘れを確認・停止したり、スマホのGPSと連動して帰宅前に自動でエアコンをオンにして快適な室温に整えたりといったことが可能。
経済面では必要なときに必要なだけ賢く家電を使う提案をおこない、省エネ運転や電力消費の見える化でムダのない暮らしをサポートします。また安心面の機能も特徴的。例えば「サーモでみまもり」機能では、居間の温度分布を熱画像でスマホ表示し、離れた場所から家族の様子をプライバシーに配慮しつつ確認できます。
加えてエアコンに搭載された独自センサー「エモコアイ」が非接触で人の脈拍を計測し、独自アルゴリズムでストレス度合いを可視化する「emoco」機能も備えています。
MyMUはこのように利便性・経済性・安心を一体化した統合UXを提供することで、家族のコンディションに合わせた快適環境づくりをサポート。デジタルとリアルがシームレスにつながるスマートホーム体験を実現しています。
※12:出典「家電統合アプリMyMU(マイエムユー)のご紹介」(三菱電機株式会社・2025)
https://www.mitsubishielectric.co.jp/home/mymu/index.html
レグザ(東芝)はテレビの視聴体験向上に生成AIを積極活用しています。CES2025で発表された最新の「レグザ インテリジェンス」対応モデルでは、業界に先駆けて生成AIを用いた音声操作機能「レグザAIボイスナビゲーター」を搭載しました。この機能によりユーザーはリモコン操作なしでテレビと対話しながらコンテンツ検索ができ、たとえ番組タイトルが分からなくても「最近話題のドラマを教えて」などのあいまいなリクエストから文脈を理解して番組をおすすめしてくれます※13。
放送と配信サービスを横断してユーザー嗜好やトレンドに合ったコンテンツを提案するこの生成AIボイスナビにより、煩雑だった視聴コンテンツの発見プロセスが革新され、直感的で快適な視聴体験が実現されています。
さらにテレビが人を検知して自動的に会話を始めるレーダー機能も備わり、真のハンズフリー操作を可能にしています※14。
日立グローバルライフソリューションズは、家電をインターネット接続し付加価値サービスを提供することでCX向上を図っています。同社の家事サポートアプリ「ハピネスアップ」では、対応する冷蔵庫や洗濯機から不具合の兆候を検知するとスマートフォンに通知し、アプリ上で故障内容の確認から修理の申し込みまでワンストップ対応できます。
また、気になる症状を自己診断して対処法のアドバイスを得たり、製品の使用状況に応じてお手入れ提案や安心点検レポートを配信するなど、利用者それぞれに合ったサポート情報を提供※15。
これらIoT・データ活用により、故障の予兆を逃さず迅速に対応できる安心感に加え、継続的に家電を活用するための個別支援を実現しています。
今回紹介した5つの家電メーカーの取り組みに共通しているのは、製品を単なる「道具」としてではなく、「生活を支えるパートナー」として再定義しようとする姿勢です。これまでのように製品の性能や価格で差別化する時代は終わり、今や顧客との接点全体を通じて、いかに豊かで持続的な体験を提供できるかが競争の軸となっています。
CXの中核は、「購入検討→購入→使用→アフターサポート」まで一貫してシームレスな体験を提供することにあります。定期配送やコミュニティ運営、予兆保守のような施策は、家電のライフサイクルに寄り添い、顧客との継続的な関係を築く基盤となっています。企業にとって、顧客接点の増加がLTV(顧客生涯価値)の最大化にも直結する重要な要素です。
操作履歴や好みを学習してカスタマイズされるAIoT家電、生活スタイルや体調に合わせて応答するアプリやセンサー技術など、ユーザー1人ひとりに寄り添う体験の設計が進んでいます。こうした高度なパーソナライゼーションは、製品の利便性を超えて「私のための家電」という情緒的価値を生み、ブランドへの愛着につながります。
生成AIやIoT、クラウドといった最先端技術は、CXを飛躍的に進化させる一方で、顧客との信頼関係がなければ定着しません。安全性やプライバシーへの配慮、直感的に使える設計思想、万が一のサポート体制など、テクノロジーを生活に根付かせるためには、人に寄り添う視点が不可欠。信頼の積み重ねこそが、継続的な選択とブランドロイヤルティの礎となります。
今後、家電業界におけるCXの主戦場は「モノの進化」から「体験の質」へとシフトしていきます。体験の連続性、パーソナライズ、そして信頼の構築という3つの柱が、これからの家電ブランドにとって重要な価値創出のフレームワークとなるでしょう。
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