執筆者紹介

株式会社メンバーズ
「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。
ブランドと開発の分断をどう解消するか──その答えの一つとして、デザインシステムが注目を集めています。デジタルプロダクトの品質とスピードが経営成果に直結する今、現場レベルの整備にとどまらない戦略的な設計基盤として価値が再定義されています。
そもそもデザインシステムとは何でしょうか?それは単なるスタイルガイドやパーツ集ではありません。整ったUIと再利用性を担保し、ブランド信頼、開発スピード、顧客体験の質を横断的に支えていく組織の資産です。デジタル庁はこれをデザインプリンシプル、コンポーネント定義、ガイドラインなどのアセットの集合であり、組織をまたいで共有されるバウンダリーオブジェクトと定義しています※1。デザインシステムは、部門やプロジェクトを超えて設計・実装の調和を保ち、組織としての一貫した価値提供を支えます。
つまり、デザインシステムは組織の共通言語として機能しますが、それは単一の仕組みではなく、複数の要素が段階的に組み合わさることで成立します。まず、色やフォント、余白などのルールを定義するスタイルガイドが基盤になります。次に、ボタンや入力欄などのUI部品をモジュール化したコンポーネントライブラリが加わり、設計と開発の再利用性を高めていきます。さらに、それらを運用・更新していくルールや命名規則、リリースを管理する仕組みまでを含めて、はじめてデザインシステム全体が機能します。
※1:出典「デジタル庁デザインシステムβ版v2.3.0」(デジタル庁・2025)
https://design.digital.go.jp/
種別 | 役割 | 特徴 |
スタイルガイド | 見た目の統一 | 色、タイポグラフィ、余白などのルールを定義 |
コンポーネントライブラリ | 再利用性と開発効率の向上 | UI部品(ボタン、入力欄など)をモジュール化 |
設計原則・運用ルール | 継続的な運用と品質の担保 | 命名規則、運用プロセス、リリース管理、デザイン原則などを体系化 |
デザインシステムは、単なるビジュアルの整備にとどまらず、開発の生産性向上、UXの質の維持、ブランド価値の一貫性確保といった多層的な価値を提供する仕組みです。いまやその意義はデザイン領域に限定されるものではなく、変化に強い組織づくりを支える経営インフラとして、戦略的な視点で再定義されつつあります。
デザインシステムの導入はグローバルでも加速しています。米国ではGoogleのMaterial Design(2014年)、IBMのCarbon Design System(2015年)に加え、米政府のUSWDS(U.S. Web Design System)も2015年から広く導入が進み、官民問わずベストプラクティスとして定着しました。一方日本では、2019年頃からメルカリ、クックパッドなどの先進企業が導入を始め、近年ではデジタル庁が全府省向けにデザインシステムを展開するなど、経営課題としてのデザイン整備が社会レベルでも認識され始めています。
こうした広がりの背景にあるのが、デザインシステムは単なる開発支援ツールではなく、経営の根幹に作用する戦略資産であるという再評価の流れです。ブランド価値の構築、業務効率の最適化、顧客体験の質向上といった企業の競争力に直結する領域で、その効果が認められ始めています。
特に重要なのは、デザインシステムが現場の創意と経営の戦略を一つの構造で接続し、全体最適を可能にする基盤として機能している点です。ブランド戦略、UX設計、開発業務といった異なるレイヤーを横断し、共通のフレームで橋渡しすることで、意思決定と実装の連続性を担保する。このブリッジ機能こそが分断を克服し、変化に強い組織を実現します。
戦略と実行を接続するデザインシステムの構造的役割
このように部門横断の共通基盤となることで、デザインシステムは経営視点からも次の4つの効果を生み出します。
1.ブランド価値への貢献
部署・チャネル・ベンダーを超えて一貫したUI/UXを提供し、ブランドの信頼性と認知力を高める。
2.業務効率・開発コスト
UIパーツの再利用により開発スピードを向上させ、重複作業や仕様確認の削減で人的コストを抑制。
3.顧客体験の質向上
Web・アプリ・店舗など複数の顧客接点で体験を統一し、サービスへの信頼と満足度を高める。
4.組織ガバナンスへの貢献
部門間の共通言語として機能し、連携の促進、意思決定の迅速化、技術的負債の管理強化につながる。
これらのインパクトを見れば、もはやデザインシステムは開発現場のみのツールと片付けることはできません。経営視点での設計・運用が問われる現代において、それはまさに経営の質を高める戦略基盤になるのです。
デザインシステムの価値は、理論や構造の整理だけでなく、現実の経営にどれだけインパクトをもたらすかにこそ現れます。ここでは、前章で示した戦略的効用を踏まえ、実際にデザインシステムを導入し成果を上げている国内外の先進企業の事例を紹介します。UI/UXの整備にとどまらず、どのように経営成果へとつなげているのか。理論を超えた実践知にフォーカスします。
取り組み
グローバルでeコマースプラットフォームを展開するShopifyは、プロダクト全体のUX一貫性と開発生産性の両立を図るため、独自のデザインシステムPolarisを導入しています。Polarisは、単なるUIガイドを超え、プロダクトチームからブレのないUXの実現に向けたNorth Starと位置づけられる戦略的基盤です。設計・開発の共通言語として機能することで、全社的なユーザー体験の最適化とオペレーション効率を同時に推進しています。
成果と今後の展望
明文化されたガイドラインの整備により、デザイナー・エンジニア・ビジネス部門間の連携が強化。これにより意思決定のスピードが上がり、新機能やストア立ち上げのスピードも向上しました。結果として、競争の激しいeコマース市場において、タイム・トゥ・マーケットの短縮に直結する効果を発揮しています。
※2:出典「Upgrade to Shopify Polaris」(Shopify・2018)
取り組み
SaaS業界のリーダーであるSalesforceは、Sales Cloud、Service Cloud、Marketing Cloudなど、多数の製品ラインを展開するなかで、全体のユーザー体験とブランドトーンを整合させることに課題を抱えていました。こうした背景のもと構築されたのが、Lightning Design System(LDS)です。これは、社内外の開発者が活用できるガイドラインとUIコンポーネント群を体系化したもので、複数のプロダクトをまたぐ設計の共通基盤として機能しています。
成果と今後の展望
LDSの導入により、プロダクト間でのUIが整えって連携するようになり、ブランドの信頼性とユーザー体験の質が向上しました。また、プリビルドされたUIコンポーネントやテンプレートの活用により、開発スピードが大幅に向上し、再利用性と保守性が高まっています。さらに、アクセシビリティ基準(WCAGなど)に準拠した設計がなされており、誰でも使いやすいUIを実現。これらの成果は、LDSが開発効率とユーザー体験の両面で戦略的な価値を提供することを示しています。
取り組み
ドイツの自動車メーカーAudiは、Webやモバイルアプリといったデジタル接点に加え、車載インターフェース、カタログ、サイネージといったフィジカル領域も含めたブランド体験の統一を目指し、Audi Design Systemを導入しました。世界中のあらゆる顧客接点で一貫した印象を提供することで、グローバルブランドの同期と価値向上を図る戦略的な取り組みです。
成果と今後の展望
デジタルとリアルの接点をまたぐ統合体験により、ブランド価値と信頼性が向上。複数国・複数製品におけるデザインと開発の効率化も進み、グローバルブランド戦略の中核インフラとしての役割を果たしています。
※4:出典「Audi Design」(Audi MediaCenter・2024)
※5:出典「Audi Design System」(Design Systems Directory・2023)
取り組み
JiraやConfluenceなどのプロジェクト管理・情報共有ツールを中核とするSaaSプロダクト群を展開するAtlassianは、Atlassian Design System(ADG)を活用し、IT・業務・カスタマーサービス全体を横断する体験設計を推進しています。特にエンタープライズ向けの購入プロセスでは、サービスデザインのアプローチとサービスブループリント(サービスの流れを視覚的に表現した図)を組み合わせ、顧客と社内双方の課題を可視化。部門間の足並みを揃えながら、体験の質と業務の効率化を両立させています。
成果と今後の展望
プロダクト部門を超えたコラボレーション強化と業務改善の成果として、エンタープライズ領域でのリード獲得数が11%増加。成約率の向上にもつながるなど、明確なビジネスインパクトを生み出しています。ADGは現在、スケーラブルな運用と継続的改善を支える基盤として機能しており、今後の企業成長における戦略的インフラとしての存在感をさらに強めています。
※6:出典「Rethinking the enterprise high-touch purchase journey: a service design case study」(Hieu Design/2020)
※7:出典「Atlassian Design System Overview: Versions, Basics & Resources」(Motiff・2020)
※8:出典「The Atlassian Design System ? Creating Design Harmony at Scale」(UXPin・2023)
各社の取り組みからは、業種や地域を問わず、デザインシステムが開発、ブランド、UX、そして組織連携に至るまで、多面的な経営成果をもたらしていることが見て取れます。これは、デザインシステムが単なるビジュアル整備の枠を超え、経営基盤としての機能を果たし始めている証左といえます。
こうした共通の構造的成果を、代表的な4領域に整理したのが以下の表です。それぞれの効果は、企業の規模や業種を超えて確認されており、デザインシステムの戦略的意義を多角的に捉える指標となります。
成果領域 | 内容 | 関連事例 |
開発効率・コスト削減 | UIパーツの再利用性向上により、設計・開発の工数を削減 | Shopify(Polaris):明確なガイドラインによって開発スピードが向上 |
Salesforce:プリビルドUIによって設計・実装を効率化 | ||
ブランド価値・顧客体験向上 | 複数チャネル間でUXを統一することにより、ブランド信頼と顧客満足度を向上 | Audi:リアルとデジタルを貫く統一体験でブランドの信頼性を強化 |
Salesforce:一貫したUX設計によってNPSを向上 | ||
組織横断の連携強化 | 共通基盤により部門間の連携や意思決定のスピードを向上 | Atlassian:サービスブループリントで部門連携を強化し、コラボレーションを促進 |
競争力強化 | 市場変化への対応スピードと継続改善の仕組みにより、組織のアジリティとレジリエンスを強化 | Shopify:タイム・トゥ・マーケットの短縮によって競争力を向上 |
Atlassian:スケーラブルな運用基盤として継続的な改善を実践 |
デザインシステムは、一度構築して完了するプロジェクトではなく、常に更新と改善を繰り返す経営の仕組みとして機能します。そのためには、初期の導入設計から全社展開に至るまでの段階的なステップと、それを支えるマネジメントの関与が不可欠です。
フェーズ1:戦略設計
デザインシステムの導入は、まず経営層や関係部門との連携のもとで、その意義と目指す成果を明確にすることから始まります。対象となるプロダクトやサービスの範囲を定義し、開発工数削減率、ブランド整合性、NPS向上といった、経営と現場をつなぐKPIを設定。単なる現場改善ではなく、組織全体に与えるインパクトを想定した戦略設計が求められます。
フェーズ2:パイロット導入と効果検証
導入初期には、優先度の高いプロジェクトやチームに限定して小規模な試行を実施。実際の業務フローにデザインシステムを組み込み、UX改善や開発スピードの向上、品質安定化といった成果を検証します。定量・定性の両面からフィードバックを収集し、運用ルールやコンポーネントの精度を高めるフェーズです。
フェーズ3:全社展開と運用体制の構築
パイロットフェーズの成果をもとに、経営層の承認を得て全社展開へと拡張。DesignOps(デザインシステムの運用を担う専門体制)などの専任チームを設置し、ガイドラインやコンポーネントの継続整備を担う運用体制を構築します。また、オンボーディング支援や教育プログラム、ツール連携を通じて、デザインシステムの全社的な浸透と活用を促進していきます。
デザインシステム導入を成功に導くうえで、経営層の関与が不可欠になります。特に、以下の3点が重要な役割を果たします。まずは初期投資の判断。ROIの見込みだけでなく、ブランド構築、顧客体験、業務効率といった経営全体へのインパクトを理解した上での意思決定が求められます。次に、導入範囲とKPIの明確化。現場任せではなく、経営視点で全社的な目的を設定し、その成果をどのように測るかを定義する必要があります。
そして、リーダー任命と体制構築です。推進を担うのは、単なる導入担当ではなく、部門横断で調整・牽引できるリーダーの存在が欠かせません。加えて、中長期的な成果創出には持続可能なガバナンス体制の構築も必要です。このように、デザインシステムは経営の意思と現場の実装を橋渡しする存在として、マネジメントに新たな価値をもたらします。
デザインシステムの導入は、単なる見た目の整備や開発効率の向上にとどまる取り組みではありません。その本質は、組織全体の動き方そのものを再設計することにあります。ブランド価値の統一感や開発生産性の向上、顧客体験の最適化。これらを同時に実現する統合装置として、デザインシステムは企業経営の中核に位置づけられつつあります。
下表は、導入前後における典型的な変化を整理したものです。定性的な改善にとどまらず、経営指標への貢献までが視野に入っていることが分かります。
項目 | Before | After |
ブランド表現 | プロダクトやチャネルごとにばらつきがある | 統一感のあるビジュアルとトーンを維持 |
UI開発効率 | 都度個別設計、重複作業が多い | コンポーネントの再利用で開発期間を短縮 |
UX・CX | タッチポイント間でUXが断絶 | 全チャネルで統一された体験を提供 |
組織内連携 | デザイナーとエンジニア、部門間の連携が不十分 | 共通言語・共通資産によって連携が円滑に |
経営指標へのインパクト | 効果が見えにくく、投資判断しづらい | ROI・KPIとして定量的に効果が可視化可能 |
デザインシステムは、ブランド、開発、UXを横断する戦略的なレバレッジです。それは単なる現場改善ではなく、中長期の競争力を支えるための経営的な意思決定です。マネジメントがその意義を正しく理解し、全社的な視点で推進していく。この旗振りがあってこそ、デザインシステムは組織を動かす資産へと昇華します。
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「“MEMBERSHIP”で、心豊かな社会を創る」を掲げ、DX現場支援で顧客と共に社会変革をリードする、株式会社メンバーズです。