コラム

【EC激戦】SHEINやTemuはなぜ急成長しているのか

作成者: 株式会社メンバーズ|2025.04.28

SHEINとTemuの“異次元成長”を支える構造と戦略

「SHEINとTemuのような企業は、AIを活用して従来のファストファッションを「ウルトラ・ファストファッション」へと進化させた先駆者である──。彼らはマシンラーニング技術を使って正確に需要を予測し、業界をリードする方法を開発している」※1

※1:出典「AI Has Helped Shein Become Fast Fashion’s Biggest Polluter」(WIRED・2024)
https://www.wired.com/story/shein-is-officially-the-biggest-polluter-in-fast-fashion-ai-is-making-things-worse/

そう語るのは、Sustainable & Just Future創設者であり、TIME誌「次世代のリーダー」にも選出された米国の気候活動家セージ・レニエ氏。SHEINとTemuが築いたビジネスモデルは、単なるデジタル化にとどまらず、テクノロジーとサプライチェーンを掛け合わせた「新しい成長アーキテクチャ」として、世界中の消費市場に大きなインパクトを与えています。

両社がいかにして“異次元の成長”を実現しているのか──その構造と戦略を、ビジネスモデル、価格競争力、テクノロジーの活用、グローバル展開、財務基盤の5つの視点から整理します。

ビジネスモデル:異なる立ち位置からのグローバル戦略

まずは、SHEINとTemuの成長の核を成すビジネスモデルを比較してみます。

両社のビジネスモデル比較:成長戦略と市場ポジションの違い
項目 SHEIN Temu
設立年 2008年 2022年
事業形態 自社ブランド型ファストファッション ノンブランド越境ECマーケットプレイス
主な戦略 オンデマンド生産 + LATRシステム(少量生産・需要に応じた再発注で在庫最適化) 完全運営代行型プラットフォーム
商品カテゴリ ファッション中心 日用品・雑貨など幅広いカテゴリ
ターゲット層 若年層・女性中心 価格に敏感な幅広い層の消費者
マーケティング手法 インフルエンサー・SNS中心 テレビ広告・SNS・ゲーム型キャンペーン
AI活用例 トレンド予測、在庫最適化 クーポン配信最適化、需要予測
販売・流通網 自社運営 + 工場ネットワーク PDDグループの物流網活用(越境ECに最適化された広域・高速配送体制)

SHEINは、自社ブランドを中心に展開することでサプライチェーンを自ら制御し、アジャイルな生産体制を構築。小ロットかつ高頻度で新商品を投入する「LATRLimited, Agile, Trial, Repeat)」という独自手法により、リアルタイムで消費者ニーズを反映した商品展開を実現しています。この需要主導型のアプローチは、ZARAH&Mを超えるウルトラ・ファストファッションとして注目を集めています。

Temuは、PDDホールディングスの傘下で運営される新興プラットフォームで、出品者とユーザーを結ぶ「完全運営代行型」のマーケットプレイスを展開。自社ブランドを持たず、幅広いノンブランド商品を超低価格で提供する戦略により、価格に敏感なグローバルユーザーを取り込んでいます。また、アプリ内にゲーム要素を取り入れるなど、ゲーミフィケーションを重視したUX設計も強みの一つです。

両社に共通するのは、データ主導の意思決定と超効率的なロジスティクス。従来のECでは難しかった「低価格×即応性」を両立し、新たな競争モデルを構築しています。

価格競争力:低コスト製造と物流最適化の徹底

SHEINとTemuが持つもう一つの競争優位は、圧倒的な価格設定にあります。両社とも、中国国内の低コスト製造ネットワークと、越境ECに最適化された広域物流インフラを活用。仕入から配送までのコスト構造を極限まで最適化することで、他のグローバルEC企業では難しい水準の価格を実現しています。

特にTemuは、ノンブランド商品の取り扱いに特化し、5~10ドル台の低価格商品を大量にラインナップ。価格に敏感な消費者層のニーズを的確に捉え、短期間で急成長を遂げました。この「価格主導型の市場攻略戦略」は、デフレ圧力が強まるなかで世界各国の消費者に刺さりやすく、競争力の中核を成しています。

テクノロジーの活用:リアルタイムの意思決定とUX強化

テクノロジーの活用は、両社のビジネスモデルを支える重要な柱です。以下の表に、主な技術活用領域を比較して整理します。

両社のテクノロジー活用比較
技術要素 SHEIN Temu
AI・データ分析 トレンド予測、リアルタイム商品分析、迅速な再生産 需要予測、広告効果最適化、パーソナライズクーポン配信
ロジスティクス最適化 製造ネットワーク+在庫最適化 世界中の販売者と連携し、低コストで大量配送を実現
ユーザーエンゲージメント レビュー分析・SNS分析で商品改良 ゲーミフィケーション、紹介特典、ゲーム式割引体験の提供

SHEINは、SNSやレビューサイトなどからトレンドデータをリアルタイムに収集・解析し、素早く商品改良や再投入に活かす「AI起点のMD戦略」を展開。Temuは、アプリ内でのゲーム機能やパーソナライズドクーポンなど、エンタメ要素を活かしたUXで高いリテンションを確保しています。

グローバル展開:短期間での多国展開とセグメント戦略の差異化

SHEINとTemuは、異なるアプローチでグローバル市場の開拓を進めています。SHEINはファッション分野において、米国をはじめとする主要国でブランド認知を確立し、Z世代を中心とした若年層からの強い支持を獲得。一方、Temuは北米・ヨーロッパ市場を中心に、低価格日用品を武器にしたマス向け展開を急拡大させています。

特筆すべきは、そのスピードです。SHEINは十数年をかけてブランドを構築してきましたが、Temuは2022年のローンチからわずか2年足らずで世界各国にサービスを拡大。これは、戦略的な投資とグローバルオペレーションの柔軟性による成果といえるでしょう。

財務基盤:SHEINのIPO準備とTemuのグループ成長戦略

SHEINは非上場企業であるため公式な財務データは限られていますが、報道によれば2023年の売上高は約320億ドル、純利益は約16億ドルとされており、収益性の高さが際立っています。同社は現在、米国でのIPOを視野に入れた準備を進めており、グローバル投資家に対して「高成長×高収益」の魅力をアピールするフェーズに入っています。

Temuの強みは、親会社であるPDD Holdingsの圧倒的な資金力と物流インフラに支えられている点にあります。2024年の通期収益は1,106億元(約152億ドル)、純利益は274億元(約38億ドル)※2とされており、これはTemuの拡張戦略の実行力を裏付ける重要なファクターです。

同社はこの財務基盤を活かし、物流・サプライヤーネットワークの迅速な整備を進めるとともに、アプリUXのエンタメ性を強化することで市場を急速に拡大。特に日用品カテゴリでは、SHEINとは異なるターゲット層を確実に取り込んでおり、両社の「棲み分け型グローバル展開」が今後の市場競争をさらに加速させていくと見られます。

※2:出典「PDD Holdings決算資料」(PDD・2024)
https://www.globenewswire.com/news-release/2025/3/20/3046056/0/en/PDD-Holdings-Announces-Fourth-Quarter-2024-and-Fiscal-Year-2024-Unaudited-Financial-Results.html

若年層に浸透するSHEIN、急拡大するTemu―日本市場での存在感は

SHEINとTemuは、日本市場でも急速にシェアを拡大しています。SHEINは2024年1月時点で839万人のユーザーを獲得し、ZOZOTOWNを上回る存在に。前年比で3倍以上の成長を遂げており、飛躍的な伸びで国内EC市場の一角を占めつつあります。Temuは日本進出からわずか半年で月間アクティブユーザー数が1,500万人を突破し、日本の大手EC3社(Amazon Japan、楽天市場、Yahoo!ショッピング)の平均ユーザー数の50%超に迫る勢いを見せています。

2024年11月時点で、日本国内での月間アクティブユーザー数は3,100万人に達し、日本のECプラットフォームで4番目の規模となっています。このような急成長の背景には、両社が持つ独自の戦略とテクノロジー活用があります。ここで、日本企業がSHEINとTemuから学ぶべき4つのポイントを整理してみましょう。

1.顧客中心主義と迅速な対応:若年層の“今ほしい”を逃さない

SHEINが短期間でヒットを量産できる理由は、SNSや検索行動をもとに、リアルタイムでニーズをつかむ体制にあります。初回生産を少量に抑え、消費者の反応を見て追加生産を決定するオンデマンド生産モデルを採用。ユーザーの反応を見ながらヒットの兆しがあればすぐに追加生産し、その判断はデータに基づき、無駄なく素早く動くことを重視しています。

2.コスト構造の見直し:流通の“中抜き”が価格とスピードを変える

モデルや、効率的なサプライチェーンの構築を図ることで、コスト競争力を高めています。Temuが短期間で支持を広げた背景には、1円・10円といった超低価格の商品ラインナップがあります。さらに、割引や紹介キャンペーンなどのプロモーションも相まって、「お得感」がユーザーを動かしています。

3.グローバル戦略の強化:推し発信×即反映

SHEINは、SNSやインフルエンサーを活用したデジタルマーケティングで若年層の支持を得ています。「どのチャネルで、誰から届けるか」を戦略的に設計し、ブランドを見つけてもらう仕組みを強化しています。

4.マルチローカルコマースへの対応:変化を前提とした「柔軟なビジネス設計」

SHEINとTemuは、各地域の消費者ニーズに合わせた商品ラインナップとサービスを提供。急速に変化する市場環境に対応するため、柔軟なビジネスモデルを採用しています。固定的なビジネスモデルにとらわれず、環境変化に応じて迅速に戦略を見直す柔軟性があります。

SHEINやTemuの成功ポイントを学びつつ、自社の強みをどう活かすか。日本企業には、グローバル市場で競争力を高めるための戦略が求められています。

持続可能性と規制対応─成長の陰に潜む構造リスク

 

SHEINTemuは、急成長を遂げた一方で、そのビジネスモデルに対する倫理的・環境的な懸念が国際的に高まってきました。各国政府や国際機関による規制強化の動きも加速するなかで、持続可能性と法的対応力が問われる局面に差しかかっています。両社が直面する課題とリスクを整理してみましょう。

環境負荷の増大

SHEINのCO₂排出量は2023年に前年比2倍の約1,670万トンに達し、急増する製造と航空輸送が大きな要因と指摘されています。リサイクル素材の活用が約6%にとどまっている点も指摘されており、廃棄物や海洋汚染の問題も深刻です。※3

※3:出典「第3回年次持続可能性報告書」(SHEIN・2023)

労働・人権をめぐる課題

Public Eyeによる現地調査では、SHEINの一部工場で週75時間労働が常態化していることが報告されています。さらに、Temuを含む越境EC企業には、強制労働や劣悪な労働環境に関する疑義も呈されています。※4

※4:出典「Interviews with factory employees refute Shein’s promises to make improvements」(Public Eye・2023)

国際規制とリスクの高まり

SHEINとTemuは、長らく「デミニミス条項(800ドル以下の輸入品に関税がかからない制度)」を活用して関税を回避してきましたが、米国およびEUではこの制度の見直しが進行しています。特に、2025年4月にトランプ前大統領が発表した新たな関税政策により、米国ではこの制度が撤廃され、5月2日以降、中国および香港からの小口輸入品に対して最大で90%の関税が課されることになります。

これにより、SHEINやTemuなどの越境EC企業は、これまでの低価格戦略の土台が大きく揺らぎつつあります。さらに、個人情報保護や知的財産権の侵害をめぐる法的リスクも顕在化しており、両社の事業運営に影を落としつつあります。※5

※5:出典「Shein, Temu, and Chinese e-Commerce: Data Risks, Sourcing Violations, and Trade Loopholes」(USCC・2023)

規制対応とサステナビリティ戦略

SHEINは、2030年までにサプライチェーン全体のGHG排出量を25%削減する目標を掲げ、リサイクル素材の使用比率を高める計画を進めています。たとえば、ポリエステル素材の31%をリサイクルポリエステルに移行するほか、サプライヤー監査の強化や、地域ごとの物流体制・法規制対応チームの整備にも取り組んでいます。

短期的な対応として、両社は中国以外への製造拠点の分散や、東南アジア・中南米といった新興市場への事業シフトを模索しています。しかし、グローバルな供給網の再構築にはコスト・時間の両面で大きな負荷が伴い、競争力の再定義が避けられません。※6

両社は単なる価格競争から脱却し、「持続可能性」や「品質・信頼性」に根ざした新たな価値提案へと戦略の軸足を移し、次なる成長の道筋を切り拓く局面に入っています。

※6:出典「Decarbonize our Supply Chain 」(SHEIN・2024)

日本発の越境EC戦略とは ─ SHEIN・Temuに学ぶ“次の一手”

SHEINとTemuは、データとテクノロジーを駆使し、グローバルECのゲームチェンジャーとなりました。徹底した効率化と顧客中心主義を武器に、短期間で市場を席巻した両社の事例は、もはや新興プレイヤーだけでなく、大手企業にとっても無視できない存在です。

しかし、持続可能な競争優位は、スピードと低価格の延長線上にはありません。急成長を遂げたSHEINやTemuでさえ、規制強化や社会的批判に直面し、破壊的な成長モデルの限界が浮き彫りになりつつあります。今後の成長に必要なのは、「倫理性」「信頼性」「地域適合性」といった価値軸をいかに戦略に組み込むかという視点です。

グローバル市場は、もはや単一の成功モデルを受け入れる時代ではありません。多様な価値観と多層的な市場環境のなかで、日本企業が描くべきは、自らのアセットを起点とした「持続可能な勝ち筋」です。テクノロジーと人間中心設計、効率性と品質、スピードと信頼――これらを統合する新しい戦略が、次代の競争力を左右します。